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外面だけは完璧なコミュ障冒険者、Sランクパーティーでリーダーになる  作者: 端桜了/とまとすぱげてぃ
最終章 外面だけは完璧だったコミュ障冒険者、Sランクパーティーでリーダーになる
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とある少年の夢

 醜悪な、臭いがする。

 

 軋むベッドの音、吐き気を催す口臭、汗で粘つく肌が張り付いてきて、一心不乱に愛をささやく“男”の臭いがした。


「…………」

 

 スカートを履いた少年は、うさぎのぬいぐるみの手をぎゅっと握って。天井にある汚らしいシミを追いかける。


「…………」

 

 そのシミの世界でだけ、彼は夢物語の英雄ヒーローでいられた。




「…………」


 はした金を握らされた彼は、客を見送ってから家路に着く。


 崩れかけた瓦礫、そして打ち捨てられたゴミの塊。それが、彼の家であり寝床であった。たまに地面から湧く幼虫は貴重なたんぱく質で、節足動物との同居にも慣れきっていた。


「どーん……ぴがー……ぴが、ぴがー……ぎゅーん……」


 仕事着を丁寧に畳んで、唯一の寝具の下に仕舞った彼は、いつものように楽しい楽しい夢物語に興じる。


「ぴが、ぴが、ぴがー……ぎゅん、ぎゅーん……どーん……わー、すごいぞー……英雄ヒーローだ……わー……」


 妄想だけが、彼の味方だった。


 その夢物語の中では、彼は人気者の英雄ヒーローだった。誰も彼のことをいじめたりはしないし、大嫌いなお仕事をする必要もなかった。皆が皆、彼のことを無条件で愛していて、可愛らしい女の子たちは黄色い声を上げ、すごい魔法で世界を救う彼のことを敬ってくれていた。


英雄ヒーローだぁ……すごいぞぉ……わぁ……」


 虚ろな瞳。横たわる彼は、ぎゅっと“夢”を握り込む。


「だれかー……だれかー、たすけてぇー……だいじょうぶだ……おれがきたぞ……わー……わー……すごいぞー……」


 彼の手に握り込まれていたのは、夢物語ライトノベルの切れ端だった。盗まれてしまうまでの間、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、暗誦あんしょうできるほどに読み込んだ夢そのものだった。


「無敵の英雄ヒーローだ……弱いものをたすける……無敵の……無敵の英雄ヒーローだぁ……」


 それは、とある異界の民(アンダー)が持ち込んだ大衆小説ライトノベルだった。


「わー……わー……すごいぞぉ……わー……」


 彼は知らないだろう。


 大衆小説ライトノベルは王都の民に『教養のないものが読む、くだらないもの』として打ち捨てられており、その作品だけではなく、作品の読者までをもバカにするような代物であること。


 彼が何度も読み込んだそれは、日本という国のweb小説から書籍化されたもので、ご都合主義と過剰なハーレム、作者の自己投影が透けて見える主人公最強でまみれ、世間一般からの評価は“ゴミ”とまで言われた代物であることを。


「つよいぞぉ……きゃー、すてき……すごーい……」


 彼は知らず。

 彼は知らない。

 彼は知りもしない。


 だが、コレは事実だ。


 たったひとりの少年の“夢”を生み出したのは。彼の日々を支え続けて、常に寄り添い続けていたのは。正気と狂気の間で少年を踏みとどまらせ、生きる力を与えた英雄ヒーローだったのは。


 紛れもなく、その“外面ゴミ”だった。


英雄ヒーロー……英雄ヒーロー……」


 その長ったらしい外面タイトルをバカにしただけで、まともに内面ものがたりを読みもしなかった人たちは知らなかっただろう。


「きっと……おれは……英雄ヒーローに……」


 その内面ものがたりが、世界のどこかで、ひとりの誰かを救っていることに。


英雄ヒーロー……に……」


 きっと、一生、気づくこともないだろう。




 少年は、一日に、約5人の客をとる。


 平均32分で、ワンプレイが終わる。悪質な客に当たると行為中に首を絞められたり、腹を殴られて反応を視られる。さすがに殺されることはないが、死の危険を感じたことは、両手の指では数え切れない。


「…………」


 だから、少年は、道化をきどる。


 危険な行為をされた際にはまともに反応を見せず、通常行為に戻れば艶めいた動作でびを売るようになっていた。


 それは、まるで、押されて動くだけの機械仕掛け(ハリボテ)だった。全自動で動く、哀れな道化人形。


 死なないために、彼は媚びへつらって、面白くもないことを面白いように過剰に飾り立てるようになっていた。それは彼にとって生きるためのすべであって、精一杯の現実に対する愛嬌あいきょうだった。


 うさぎのぬいぐるみに依存して、天井のシミに英雄ゆめをみる。


 そんな日々が永遠に続くかと思っていた頃、彼の家に一体の死骸が転がり込んでいた。獣人の民(エーミル)の老人だった。全身に矢が突き刺さっていて、大量の血を流しており、しわくちゃの手が赤色に濡れていた。


 ごうごうと降りしきる雨の中、死体がゆらりとうごめく。


「……え、獣人の民(エーミル)か」


 まだ、死んでいなかったらしい。


 どうやら、目がまともに視えていないらしく、うさぎのぬいぐるみを抱えた彼を獣人の民(エーミル)と勘違いしている。


「わ、私は、も、もう死ぬ……ど、どこの子どもかは知らないが……お、おなじ獣人の民(エーミル)同士……わ、私の意思を継いではくれないか……」

「…………」

「ち、ちからだ……シュヴェルツウェイン王家の隠し財産……『まことの王は死なず』の術式……わ、私の身体から……」


 バッと、男は外套マントごと衣服を脱ぎ捨てる。


 裸体には、赤黒い幾何学模様が描かれており、それは塗料で書き込まれたものではなく、肉に直接掘られるようにして刻まれたものだと識別できた。


「て、転写する……こ、この術式があれば……お、おまえの寿命を迎える瞬間は……幾億にも“増加”して……常に死に続ける……」

「…………」

「た、耐え難い痛みが……常におまえを襲うだろう……だ、だが、死に続けているのだから死ぬことはない……生と死の境目は曖昧になり……おまえもおまえ以外の何者も……おまえが生きているか死んでいるかすらわからないだろう……」

「……よくわかんない」

「じ、時間がないのだ……王家によって禁じられたこの術式……わ、私の魔力量では発現すらしなかった……だ、だが、おまえほどの魔力量であれば……きっと、起動する筈だ……た、頼む……この力を使って……憎き普遍の民(ノーマル)たちを……」

「……その力で」


 少年は、素朴な疑問を口にする。


英雄ヒーローになれる?」

「なれる……我々、獣人の民(エーミル)の希望に……きっと……!」


 英雄ヒーローに。憧れていた英雄ヒーローに。


 少年は頷いて、彼の指示に従って、いつものように服を脱いだ。


 降りしきる雨の中、一心不乱、男はひたすらに肌へと術式を書き付けていって――完成すると同時、事切れた。


 そして、少年が魔力を流し込んだ瞬間――世界が爆発する。


 全身という全身を酸で溶かし尽くしながら、筆舌に尽くしがたい責めで、脳みそを直接にいたぶられているかのような感覚。死が迫るかと思えば遠ざかり、また近づいてきて、恐怖で狂いそうになる。


 死、死、死、死、死……死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで。


 足先から染み入るような恐怖の最中、彼は正気を保てず、自分が現実世界でなにをしているのかすらわからなかった。


 こわくてこわくてこわくて、だれかに助けて欲しかった。


 英雄ヒーローに助けを求めても、誰も来てはくれなかった。彼の夢物語にひびが入って、世界が崩壊してしまいそうに感じた。


 たすけて。


 彼は思う。


 たすけて。


 彼は乞う。


 たすけて。


 彼は願う。


 そんな、そんな、そんな、永劫の地獄を感じながら、少年がなにもかもを諦めかけた時、やわらかなあたたかさに包み込まれる。


 抱きしめられている。


 それは、おとこに抱かれている時とは、まったく異なる意味合いをもっていた。


 ひたすらに一方的な欲求をぶつけてくる彼らとは違って、ひなたの中にある慈しみのような“なにか”があった。


 少年は、正気を取り戻す。


 雨が、上がっていた。


 太陽が差し込む――今まで、地獄に見えていた貧民窟スラムの様相が変わる。


 雨上がりにきらめく露草、みずたまりには虹が映り込んでいて、雲の切れ目から覗く太陽は慈愛の眼差しを向けている。


 美しい世界の中、雨露に濡れる少女は微笑する。


「やぁ」


 少年を抱きしめている少女は、完璧な外面をもっていて。


「今日も良い天気だね」


 はじめての世間話に、彼はこくりと頷いた。




 少女の首元で揺れる、赤色の宝石が嵌め込まれた首飾り。


 どうやら、少年を助けた少女は、神託の巫女の生まれ変わりとささやかれるシュヴェルツウェイン王家の一人娘……エカテリーナ・フォン・シュヴェルツウェインそのひとのようだった。


「えっ!? キミ、男の子だったのか!? こんなにも髪型をいじって遊んでしまったのに!?」


 可愛らしい桃色のドレスを着せられた彼は、長い金色と黒の髪の毛を編み込まれた状態で首を縦に振る。


「本当だ!! おっぱいがない!! ノーおっぱいだ!! じい、大変だっ!! ノーおっぱい!! ノーおっぱい確認!!」

「なんですと!? ノーおっぱい!?」


 白銀の鎧を着込んだ禿頭とくとうの老人が、部屋に飛び込んでくるや否や、自分の胸を鷲掴みにして叫ぶ。


「ノーおっぱい!! ものども、出会えーっ!! ノーおっぱいじゃぞぉおお!!」

「って、ハゲジジイにおっぱいあってたまるかーい!」


 ぺしりと、平手が老人の胸に入る。


 静まり返る室内。真剣な様相で少年の反応をうかがっていたふたりは、肩を組んで、部屋の隅のほうによる。


「……やっぱり、下ネタはダメだじい。滑った時、心が死にそうになる」

「……おかしいですのう。酒宴の席でやった時は、王都が爆発したみたいに、盛り上がった儂のイチオシネタにも関わらず」

「……それは、昔のお硬いじいを知る奴らが多いからだろう? 身内ネタも下ネタも、大体は滑るものだと心得よう」


 どうやら、彼を笑わせようとしていたらしい。


 少年は、察する。


 うさぎのぬいぐるみを抱き込んでいた彼は、道化をきどって、けたたましい声で笑い始める。


 その作り笑いを視て――少女は、哀しそうに笑んだ。


「……しかし、まさか、あんな年端も行かぬ子どもに術式を転写するとはのう」

「……既にお父様の手で、追手は差し向けられていた。わたしたちは、一歩遅れてしまったという形になったな」

「……王を、父親を、信じていたらこうはならなかったのでは?」

「……信じてくれなかったのはあちらだ。今回の事件も、引き起こしたのはお父様のようなものだ。お母様を殺した獣人の民(エーミル)猩々緋の民(クレアドル)たちを卑下して、差別問題にまともに取り組まなかったあの人の責任だ。魔族復権派を生み出したのは、王の傲慢そのものだよ」

「……妻を殺されて、ゆるせる者がいるでしょうか?」

「…………」

「……姫様は、母殺しを赦せるのですかな?」

「わたしは、英雄ヒーローだからな。だから、赦さないといけないんだ」


 老騎士の顔が、苦しげに歪んで――目の前にまで近づいてきていた少年の、かがやくまなこを視てぎょっとする。


「……英雄ヒーローなの?」


 エカテリーナ姫は、興奮で身体を揺らす彼を見つめる。


「お、おねーさん、英雄ヒーローなの?」

「……あぁ」


 彼が無意識的に浮かべている笑顔を視て、彼女は自信満々に言い切った。


「わたしが、英雄ヒーローだ!!」

「うわぁ……!」


 本物を見つけた少年の心が、あっという間に膨れ上がる。


 嘘じゃなかった嘘じゃなかった!! 本当にいた!! あの物語ライトノベルは、本当にあったことだったんだ!! いつか絶対、誰かが助けに来てくれるって、教えてくれてたんだっ!!


「す、すごい!! すっごい!! だ、だれにも負けないんでしょ!? い、いっぱい、かわいくて、やさしい女の子にかこまれてるの!? だ、だれかが困ってたら、すぐに助けにいくんだよね!? びゅーんって!! そ、そうでしょ!?」

「びゅーんじゃない!! どばーんだっ!! シュババババっていって、ドゴーンっと一発!! ほら!! 吹き飛べ、じい!!」

「うぎゃぁあああああああああああああああああああああああっ!!」


 迫真の演技で、吹き飛ぶ老体。それを視た少年は、うさぎのぬいぐるみを振り回す勢いで、歓声を上げて跳ね回る。


「お、おれのことも助けに来てくれたの!?」

「あぁ、もちろん! 困っている人のところに駆けつける! 英雄ヒーローは、誰も見捨てたりはしない!!」


 老人を踏みつけるフリをして、華麗にポーズを決める。


英雄ヒーローが問おう!! キミの名は!?」


 考え込んでいた少年は、パッと頭に浮かんだ“呼び名”を口に出す。


「500円!!」

「……え?」

「おれを買った異界の民(アンダー)が、笑いながらそう呼んでくれた!!」


 少年は、満面の笑顔で言った。


「お前は、500円だって!!」


 少女は、下唇を噛み締めながら顔を伏せる。握り込んだ彼女の手から、ぽたぽたと血が垂れ落ちた。


「ど、どうしたの……だいじょうぶ、英雄ヒーロー……?」

「……大丈夫だよ。キミは、やさしいね」


 顔を上げた彼女は、元通りの微笑を浮かべている。


「キミにその名前は相応しくないな……キミのように優しい子は、きっと立派な王様になれる……だから……」


 手渡された本。新しい物語。彼を支える骨肉。


 本につけられた外面タイトルは、アーサー王と円卓の騎士。


 受け取った彼は、笑いながら問いかける。


「おれも、英雄ヒーローになれるかな?」

「……あぁ」


 微笑んだ少女は、彼の頭を優しく撫でる。


「なれるよ、キミなら」


 それは、少年と少女の――誓いだった。




「“アーサー”!」


 樹上で眠りこけていた彼は、下から呼ぶ大切な人に呼応する。


 跳び下りた彼は、わざと着地の時に転んでみせて「あはは! あいも変わらず、ドジなヤツだ!」と笑う彼女に満足をした。


「なんだよ、リーナ。俺、こう視えても、樹の上で眠りこけることで忙しいんだぜ?」


 この数年で身長も伸びて、一気に青年へと近づいた彼は、宝石で過剰に飾られた“聖剣”を揺らしながら笑う。


「こう視えなくてもそうだな。

 なに、ちょっと、英雄活動、略してエィ~でもしようと思っていてな。キミも一緒にジョイナスしないかと思って、爽やかに叩き起こしに来てやったんだ」

「なんで、そんな略し方しようと思ったか聞いていい?」

「そんなことよりも! 来るのか!? 目玉ほじくられるのか!? 選ばなくても、無理矢理、連れて行く!!」

「ただの宣言~、俺の意思は関係なし~、今までの会話の流れムダ~!!」

「ところで、その玩具おもちゃ


 彼が“聖剣”と自称するソレを指差し、リーナは目を細める。


「なんで、ぶら下げてる? 術式が書き込まれているわけでもない、魔力を増幅させてくれる意味合いもない。

 本物の玩具おもちゃをぶら下げて、どうしようと言うんだ?」

「俺なりの“秘策”ってヤツだよ」


 ぽんぽんと腰を叩きながら、彼はけらけらと笑う。


「いずれ、この玩具おもちゃで、リーナのことを救ってやるよ。英雄ヒーローの必殺技みてぇなもんだからさ」


 肩を竦めたリーナの後に続き――彼女の殺戮を眺める。


 神託の巫女の生まれ変わりなどではなく、神託の巫女そのものであるリーナ。彼女の数秒足らずの皆殺しを、彼はぼーっと観察しているだけで終わる。


 いつも。


 終わった後の彼女は、血まみれで、死体の上に立っている。


「…………」


 空を仰いで、全身をだらんと弛緩しかんさせ、ただただ立ち尽くしている。


 たぶん、この寂寞せきばくを誤魔化すために、俺を連れてきているんだろうなとアーサーは思う。前よりかは大人になった彼は、英雄ヒーローが、びゅーんと行ってばーんと敵を倒すだけでは世界を救えないことを知っている。


「…………」


 だから。


 そんな無茶をやり遂げようとしている彼女が、このクソッタレな現実に存在している、唯一の英雄ヒーローに視えた。


 そう視えていたからこそ、野花の咲く丘(カムラン)で、白いワンピースを纏って花かんむりを作っている彼女を見かけた時――見間違いかと思った。


「…………」

「…………」


 申し訳無さそうな顔つきで、リーナは顔を伏せる。


「……すまない。英雄ヒーローにあるまじき姿だな」


 恐る恐る、彼女は顔を上げる。


「が、がっかりしたか?」


 正直言って、落胆していた。


 彼の思う英雄ヒーローは、常に毅然きぜんとしているものだ。こんなところで花かんむりを作るなんて、彼にとっての英雄ヒーローだったらやらないだろう。いつもいつでも、誰かを助けるために邁進まいしんしている筈だ。


 だが。


 ――わたしが、英雄ヒーローだ!!


 だが、それでも、彼女は少年にとって最高の英雄ヒーローだった。


 紛れもなく、あの地獄から救い上げてくれたのは、この無敵の力をもつ英雄かのじょなんだから。


「……花、好きなの?」

「あぁ……お母様が好きでな……時間がある時、この丘で、よく花かんむりを作ってくれたんだ……昔、ここで大きな大戦があったにも関わらず……こんなにも綺麗な花が咲く……」


 愛おしそうに、真っ白な花を撫で付ける。


「リーナはさ」


 座り込んだ彼は、優しい手付きで花を手折って、不器用にも関わらず懸命けんめいに手先を動かして作業を始める。


「きっと、誰にも負けたりしないよな」

「あぁ」

英雄ヒーローは、負けたりしないもんな」

「もちろんだ」

「じゃあさ」


 アーサーは、ぐちゃぐちゃになって完成した花かんむりを――そっと、彼女の頭にせる。


「コレ、お守り……ずっと、英雄ヒーローでいられるように……きっと、お前のこと、守ってくれるから……」


 驚いたように、おずおずとそのぶきっちょなかんむりに触れた彼女は、花開くようにして笑いかける。


「ありがとう、アーサー」


 本当に嬉しそうに、目の端に涙さえ浮かべて。


「一生、大切にするから……一生……大切にするよ……」


 そう、約束してくれた。




 雨がふる。一輪の白い花が揺れていた。


 悠里ユウリと決別した後、残された黒焦げの英雄リーナを見下げ、赤い宝石が嵌め込まれた首飾りを見つめる。


「……約束」


 豪雨に濡れた彼は、宝石の中で眠る“白色の花びら”を見つめる。


「……守って、くれたんだな」


 誰かのために戦い続けて、誰かのためを想い続けて、誰もを救おうと必死に尽力した彼女は――その誰かの手で、無残な死を強要された。


「くっ……くくっ……くっくっくっ……」


 笑いながら、アーサーは天を仰ぐ。


英雄ヒーローなんて……英雄ヒーローなんていねぇじゃねぇか……なんで……なんで、勘違いさせた……なんで、俺とコイツに勘違いさせたんだよ……どうして……こんなに頑張ったヤツを……自分の幸せを犠牲にしてまで、誰もを救おうとしたヤツを……殺しちまうんだよ……」


 雨粒が彼の笑顔を叩き、病的に大笑いをする“道化”に称賛を送る。


 虚しい、雨音の拍手を。


 まるで、バカにするみたいにして。


英雄ヒーローなんていねぇ……誰もコイツを助けてくれなかった……俺もコイツを救えなかった……」


 膝をついたアーサーは、泥だらけになりながら、地面を殴りつける。


 何度も何度も何度も何度も何度も。


 拳の皮が引き破れて、血が地面ににじみ込んでも。


 彼は殴り続ける。


 この現実クソッタレを、殴り続ける。


「あんな夢物語ゴミを信じた俺がバカだった……英雄ヒーローなんて……英雄ヒーローなんて……」


 喉から――絶望の嗚咽が漏れる。


「いねぇじゃ……ねぇか、よぉ……ぉお……ぉおお……っ!」


 道化は、藻掻き続ける。


 誰も笑ってくれないとわかっているのに。


 哀れに。悲しくも。


 ただただ、藻掻き続けていた。

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