ふたりの道化
「……お前、右利きだったっけ?」
僕の前で、アーサーが反転する。
ブレる視界、色を端に捉えた瞬間に回避行動、遅かったらしく顔面で回し蹴りを受け止める。
「…………」
下がる、お互いに硬直。
いった!! めたくそ痛ぃい!! なんで、コイツ、回し蹴りとかテクニカルなことしてくんだよ!! 僕たち、お互いに旧友の仲なんだから、もうちょっと手加減してくれてもいいと思いますよ!! ホントに!!
「……手加減しろ」
痛すぎて、言っちゃった……やだ、恥ずかしい……
呆れ気味に後頭部を掻いたアーサーは、これみよがしに、腰の聖剣を揺らしてみせた。
「いい加減、道化を演じるのも飽きただろ。やめろよ。
まさか、あんなにも世界を呪ってたヤツが、お前みたいな無言イカレ野郎になってるとは思いもしなかったぜ」
「……どんなに辛い時でも、ユーモアを忘れるな」
アーサーは、目を見開いて――微笑した。
「お互い、厄介な女と関わっちまったな」
「…………」
「なぁ、悠里。俺はさ、本当に、お前にはココに来て欲しくなかったんだ。お前はリーナのお気に入りで、アイツの最期を看取ってくれたヤツだ。誰よりもアイツを救いたくて、無茶ばかり仕出かした男だ。
だから、笑顔で終わって欲しかった」
「……来ないと思ったか?」
「いや」
アーサーの苦しみに歪みきった顔は、最早、完璧な外面と至り、微笑みとして完成されていた。
「来ると思ってたよ、お前は」
なにも言えず、ただ立ち尽くす。
「つーか、お前、なんでこんなに来るの遅かったんだよ。本気の本気で、そこにいるお前のハーレムメンバー、殺しちまうところだったぞ?」
「……野暮用だ」
「野暮用、ねぇ」
秘策中の秘策を仕込むのに、思ったよりも時間がかかったからなぁ。製本所の人たちが快く協力してくれて助かったよ。
――悠里、人は美しいよ
なぁ、リーナ。
――お前だけは、忘れないでくれ
僕は、言葉を信じてみるよ。
「知ってたか、悠里。俺たちの物語って、お前主観の勘違いモノらしいぜ。道理でお前の動きが意味不明だったわけだ」
「……あぁ、だから」
僕は、口端を曲げる。
「……物語は、『勘違い』で終わらせる」
「どういう意――」
ヴェルナの放った気弾が、アーサーの胸に穴を空ける。鼻血を垂れ流している彼女は、目玉をあらぬ方向に向けて「ゆ、ゆぅりせんぱ……あ、あいちゅ……し、死にゃにゃ……」とささやく。
「……ヴェルナ」
僕は、つぶやく。
「……後は任せろ」
立ち上がりかけていたフィオールにも目線で訴え、僕は黒焦げてまともに動かない右腕をだらしなく垂れ下げる。
いつの間にか、復元しているアーサー。聖剣の柄をトントンと叩いて、余裕げに笑う。
「ひゅー、かっくいーっ! ユウリくんに惚れちゃうーっ!! やだやだ、最終決戦っぽーいっ!!」
「……いい加減、道化を演じるのも飽きただろ。やめろよ」
アーサーの笑顔が――掻き消える。
「お前、なんで来た?」
「……救いに来た」
「誰を?」
「……誰もを」
「英雄は、誰も見捨てないとか言うつもりか?」
「……それが、彼女と僕の願いだ」
「お前、死ぬぞ。間違いなく。決定事項なんだ」
「……知ってる」
「お前には、ココで苦しみ抜いて死んで欲しくなかった」
「……そうか」
「だから、機会をやった」
「……お陰で、友達が増えたよ」
「ふたりで、リーナを救えないか?」
「……お前に、リーナは救えないんだよ」
「違うね、お前に、リーナは、救えない」
「…………」
「英雄なんていねぇよ」
笑いながら、アーサーは聖剣を引き抜く。
「いたのは、英雄の皮をかぶらされた哀れな小娘だった……俺もお前も、加害者なんだよ悠里……俺たちは、救われちゃいけなかった……だから、全部の罪は俺がかぶって、この世界を犠牲にしてでもリーナを幸せにしてみせる……」
「……それは」
リーナを。
――悠里。わたしは、救いたいと思うよ
リーナの笑顔を思い出す。
――だって、わたしは英雄だから
彼女の柔らかい笑顔とその決意、それらを踏みにじって、彼女の愛した営みを消そうとするヤツがいる。
――忘れるなよ、悠里
忘れるかよ。
――忘れるなよ、悠里
忘れてたまるか。
――お前だけは、忘れないでくれ
忘れて、たまるかよ。
――わたしは、このすべてを救いたいと思う
お前の守ったモノ、救ったモノ、大切なモノ、全部、僕が抱えて救ってやる。
――たすけて
大丈夫だ、約束しただろ。
――たすけて
お前だけは。
――たすけて
英雄が、救ってやる。
「お前の……お前のワガママだろうが……リーナのためと称して、アイツの守ったものを踏みにじるって言うなら……アイツの誇ったものをないがしろにするなら……アイツの笑顔を信じられないなら……」
絶対に、僕が。
「今、ココで、僕が……ブチのめす……っ!!」
救ってやる。お前の英雄に、僕がなってやる。
――約束だ、悠里。笑って終われよ
「……来いよ、贋作英雄」
だから、だから、だから――
「来いッ!!」
約束だ。




