人魔大戦
蒼穹の下――血塗られた決丘に旗がたなびく。
ひび割れた雷神の横顔、三本足の烏、四方塔、死者で満ちる丘、流涙の王冠……名家の家紋が描かれた戦旗は、丘陵に吹き渡る微風にそよいで、静かな沈黙を保っていた。
壮観たる王護槍の櫛比兵。
王都を守護する槍騎兵たちによる隊列。隙も間もなく。ただ目の前の王敵を屠るための殺意が並べ立てられる。
鎧仮面に身を包んだ槍騎兵たちは、天から俯瞰すれば、豪奢たる銀玉にも視えたであろう。術式の刻まれた馬鎧、轡に蹄鉄……銀色の騎士の下には、銀塊たる屈強な征馬が屹立している。
そんな銀の騎士たちの先頭で、マルス・エウラシアンは叫び声を上げる。
「卿らに問おう!!」
馬首を巡らせ、高らかに声を響かせる。
「卿らに問おう!! 王の騎士たる卿らに問おう!! 我らが進むべき道はどこに!?」
一斉に、騎士たちは、槍先で“王都”を指す。
「我らが屠るべき敵はどこに!?」
誉れ高き騎士たちは、面頬を下ろし、再度、槍の先端を王都に向けた。彼らの槍の切っ先を長剣で叩きながら、マルス・エウラシアンは馬を走らせ、一迅の風と化しながら“戦音”を奏でる。
「敵はどこに!?」
足音を立てながら、一歩、馬列が前進する。
「我らが王に刃を立てた、憎き敵はどこに!?」
垂直に長槍を立て直し、再び、槍の先が美しく並び立てられる。その協調動作によって周辺魔力の共有化が行われ、騎士たちは一塊たる槍騎へと至っていく。
「我らの護りし王都を害した、怨敵はどこに!?」
純白の槍列は完成し、マルスは高々と剣を掲げる。
「卿らに問おう!! 真の騎士たる卿らに問おう!!」
白銀の鎧を纏った騎士は――叫んだ。
「我らが敵はどこにいるっ!?」
地を揺るがすような「王都に!!」という合唱の後、反転したマルス・エウラシアンは、真っ直ぐに長剣で王都を指し、
「我らが王のためにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」
絶叫し、駆け――地面が、揺れた。
揺るがす、咆哮、咆哮、咆哮!!
地面が揺れるというのは比喩でもなんでもなく、一斉に地を踏み抜いた騎馬によって地揺れが起きていた。
真っ直ぐに槍先を整えた槍騎兵は、黒銀の集塊と化して、猛烈に巻き起こった砂埃の只中に凄まじい勢いで突っ込んでいく。その勢いの異常さたるや、彼らの通り過ぎた野原が一瞬で荒野に変わるほどだった。
騎馬一体と化した騎士。術式で結び付けられた魔力は人と馬の間で共有され、騎兵たちは碧色の燐光を纏う。魔力膜による無慈悲たる重装鎧と、金属鎧程度であれば容易に貫く槍先、最大限にまで強化された馬足による瞬間最大速度は時速180キロメートルにも及ぶ。
最早、吶喊する砲弾と言っても過言ではない。
そんな槍騎兵による突撃を受け止めた生物がどうなるか――子どもであろうとも、簡単に想像がつく。
進行する暴虐無道に巻き込まれた天災害獣は、肉片を撒き散らしながらこの世から消失する。抵抗できるわけもない。唐突に時速180キロメートルもの速度で迫ってきた“面”に対して、“点”たる彼らが立ち向かえるわけもなく、あっという間に肉の塊となっていく。
赤、赤、赤。
ご丁寧に敷かれた真っ赤な絨毯の上を、慈悲の仮面を脱ぎ捨てた騎兵たちが駆け抜ける。
死で飾られし花道を、絢爛たる騎兵は踏みしめる。
ぱっ、ぱっ、ぱっ。
赤黒い花が地面に咲いては、後列の騎馬たちが踏みにじる。生命散りて誇った血花は、観花される間もなく、死化粧まとって落花する。
来りて、狂咲。
迎えて、繚乱
去りて、徒花。
人馬一体による騎兵突撃、咲き誇ったのは死屍百花、亡骸に捧げられし献花は実を結ぶことはない。
一方的な蹂躙に視えた。
だがしかし、天災害獣たちは、どこからともなく湧いてくる。一度目の突撃から死を免れた彼らは、既に止まっている騎兵たちに飛びかかり、血みどろの戦闘が始まった。
人か魔か。
奇しくも、二度目の人魔大戦もまた、血塗られた決丘にて始まりを告げた。
そんな血みどろの戦場の後方……黒霞解析のために集められた実験台こと、厳しい面構えの犯罪者たちの中、似つかわしくない顔がちらほら。
「おじじ」
「……ん?」
「帰ろうじぇ」
「…………」
「おじさん」
「……ん?」
「帰ろうよ」
「……そろそろ、現実、みよっか?」
犯罪者で固められた歩兵部隊、その最前列にいる若木蕾の三人組は、所在なさげに立ち尽くしていた。
「なんで!? なんで、こうなったの!? おじさんの加齢臭か!? おじさんの加齢臭を、この世界が消臭しようとしてるのか!?」
「あのさぁ!! 死んだところで、おじさんの加齢臭が消えるわけないじゃん!! 死臭と合わせてダブルコンボが関の山!! 現実、視ようよ!!」
「中年虐待規則違反で逮捕するよ?」
原因はオダの加齢臭ではなく、自らをユウリ・アルシフォンと名乗った少年を、大立ち回りの後、街の外へと逃してしまったからである。
指名手配犯を逃した後、ものの見事に捕縛されたオダたちは、泣き落としからの色仕掛けと賄賂でどうにかしようとしたものの、色仕掛けは鼻で笑われた上に賄賂(水切り用の石ころ)は窓から捨てられいい歳したおっさんはガチ泣きした。
そして、点数稼ぎのため、あっという間に王都に送られて今に至る。
「おじじ!! おじじ!! なんか、後ろにいるおじじの顔面をかなり格好よく改善した男が!! ヴィヴィを押してきちぇりゅ!!」
「なんだと、どんなイケメンが――とんでもねぇブサイクじゃねぇか!! 殺すぞ、クソガキッ!!」
「…………」
「無言で俺を押すんじゃねぇ!! やめろオーロ――なんなの、その媚びへつらってる笑顔!? 初めて見るからやめて!?」
周囲から聞こえてくる噂話。
どうやら、一定の戦果を上げれば、自由の身を約束されているらしく、犯罪者連中がやる気を出しているようだった。
「オラ!! なにちんたらしてんだ!! とっとこ、すすめや、加齢臭!!」
「す・す・め!! す・す・め!! か・れ・い・しゅ・う!!」
「リズム感良く、罵倒するのはやめろこの悪人どもがっ!! おっさんのメンタルは、長引いた社畜人生のせいで常にギリギリ、死と生の狭間で心の綱引きをしてるんだぞっ!!」
「え、あれー!? アレって、オダのおじちゃんじゃないのぉ!? やっほー!!」
「ホントだ……この酸味のある中年感……オダおじ……」
聞き覚えのある声、振り向く。
視線の先。寄り集まった群集の上であぐらをかいて、のんきな顔つきでこちらに手を振っている獣人の民の双子……共に大規模探索にも挑んだことのある、猫の宴のイルとミルだ。
「お、おふたりさん!! なんで、こんなところにいんだ!? 仲良し詐欺罪でお縄になっちまったのか!?」
「あはは、ちがうよー! いまから、ユウリをたすけにいくんだー!」
「ユウリ“様”じゃなくてユウリ……ユウリってあの……自分を『ユウリ・アルシフォン』って名乗ってる、あのユウリか……?」
ふたりは、同時にこくりと頷く。
肯定、思わず、オダは叫んでいる。
「ユウリが!? ユウリが王都にいるのか!? なんで、そんなところに!? アイツは、安全なところに向かった筈だ!!」
「情報が古い……その凝り固まった頭は、年齢特有の化石さん……ユウリは、イルとミルを振り切って……王都にいった……」
「そんなバカな、一体全体、どうなったらそんなことに――」
――……手は貸す
そんなバカなことをやりそうな顔が浮かび、オダは思わず微笑んでいる。
「……やっぱり、あんたなのか、ユウリさ――」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「って、おい!? 人がシリアスやってるうちに、なんで駆け出してんのあの子は!?」
「いまいきゅぞ、ゆうりぃいいいいいいいいっ!! おみゃえは、ヴィヴィの、舎弟じゃきゃらなぁあああああああああああああ!!」
「オーロラ、止め――」
「ユウリィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!」
「お前もかーいっ!!」
さっきまでの抵抗はなんだったのか、全速力で駆けていくふたりを視て、オダもまた覚悟を決める。
「ゆ、ユウリ・アルシフォンのためにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」
知らない王のために戦えないオダは、そう叫んで走り出し、後方からひそひそとしたささやきが場を満たす。
「ユウリ・アルシフォン? あのユウリ・アルシフォンが来てるのか? なら、コレはもう勝ち戦じゃねぇか! 俺らも便乗するしかないだろっ!!」
槍騎兵による、一斉突撃に負けるとも劣らぬ雄叫びが――上がった。
「ユウリ・アルシフォンのためにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」
天地をひっくり返すような地響き、団子状になった人間の塊、異常なまでの熱気をもって丘を駆け下る。
オダの後ろに続いた歩兵たちは、地面をえぐらんばかりの勢いで疾走し――王都決戦が始まった。