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外面だけは完璧なコミュ障冒険者、Sランクパーティーでリーダーになる  作者: 端桜了/とまとすぱげてぃ
最終章 外面だけは完璧だったコミュ障冒険者、Sランクパーティーでリーダーになる
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語られない英雄と語られる英雄

 例えばこの現実で、物語が語られるのは、“主役”だけであるとしよう。

 

 そう考えた時、名もない兵士役Aである彼は、ろくな描写もされずに死んでいくことになる。当たり前の話だが、この世界に住むすべての人物を描写していたら、物語は陳腐でつまらなくまとまりがなくなる。


 だから、語らない。語られない。


 当然だ。


 平凡な人生を過ごして起伏のない時を過ごし、なにも成し遂げずに無駄死にする彼を、誰が視たいと思うだろうか。誰が書こうと思うだろうか。


 読者にとっても作者にとっても、メリットひとつ見当たらない。脚光を浴びずに幕裏に下がるのには、それなりの理由が存在している。


 彼らは、いや、自分は、主役の目の端にすら、かかることはないだろう。


「…………」


 己を兵士役Aであると認める彼は――そんなことを考えながら、死を待ち受けていた。


 血みどろの彼の顔は失血で青ざめて、下半身が吹き飛んだせいで立ち上がれず、城壁に背を預けて息をしていた。


 もう助からない。彼は理解している。血を失い過ぎていて、治療したところで、最早手遅れだろう。


「…………」


 なぜ、前線に戻ってきてしまったんだろう。彼は思う。


「シア騎士団長は、どこに行った!? おい!? どこに行ったんだ!?」

「俺が知ると思うか!? それよりも剣を振れっ!!」


 剣戟の音と断末魔を聞きながら、燃え盛る城壁の上、死を待つだけの彼は微笑んだ。


 ――あの女性と赤ん坊を運べ!! 城内に!! その剣で、あのふたりを守れ!! いいか、正しいことをしろっ!! 返事っ!!


 自分よりも一回りも小さな少女。彼女に発破をかけられて、城内に女性と赤ん坊を招き入れ避難民たちに託した。


 ――あの女性と赤ん坊を運べ!! 城内に!! その剣で、あのふたりを守れ!! いいか、正しいことをしろっ!! 返事っ!!


 耳から。彼女の声が離れなかった。離れてくれなかった。


 だから、怖くてたまらないのに、もう戦いたくないから逃げてきたのに、またこの地獄に舞い戻ることを選んだ。


「…………」


 彼は、故郷を思い出す。


 青々とした野原が近くにある街で、子供の頃は、友人たちと一緒に野を駆け回った。誰が一番上手く剣を振れるか、そればかりに夢中で、広い街の中で2番か3番だったのが自慢だった。


 家の暖炉を思い出す。北部にあるあの街では、冬の寒さが難敵だった。あかぎれした手の母親が、魔法を用いて火を起こすのを視ていた。優しい人だった。女手ひとつで、ここまで自分を育ててくれた。


「…………」


 きっと、自分が死んだら、母は泣くだろう。心配してくれるのは彼女くらいのもので、あの人にとっては、兵士役Aではなく『アダム・ブラウン』の筈だ。


 ――あなたは、優しくて誠実な子よ


 頬を撫でながら、そう言ってくれた母を思い出す。


 ――あの女性と赤ん坊を運べ!! 城内に!! その剣で、あのふたりを守れ!! いいか、正しいことをしろっ!! 返事っ!!


 正しいことをしたかった。いつだって。


 でも、上手くいかなかった。街では2,3番だった剣の腕は、王城の衛兵の中に入ってみれば、下から数えたほうが早かった。実際に戦場に立ってみると、死が間近に迫ってきて、足が震え歯の根が合わなくなり、ただただ今まで忘れていた“生”を感じた。


 死にたくなかった。大好きな母親の泣き顔が浮かんだ。


 ――あなたは、優しくて誠実な子よ


 だから、逃げた。怖くて怖くて怖くて、直ぐに死んでしまいそうで。自分の存在が頼りなくて、弱さを認めてみっともなく逃げた。


 ――あなたは、優しくて誠実な子よ


 本当は守りたかった。この王都に住む人たちを。


 ――あなたは、優しくて誠実な子よ


 信じてくれる母のためにも。王都の兵士として務めることになったと言った時、病床で涙を流しながら喜んでくれた母のためにも。


 ――あなたは、優しくて誠実な子よ


 あの日、剣を携えたあの日、同僚たちと誓い合ったあの日のように。


 ――あの女性と赤ん坊を運べ!! 城内に!! その剣で、あのふたりを守れ!! いいか、正しいことをしろっ!! 返事っ!!


 正しいことが、したかった。


「…………」


 冷たくなっていく身体。数分くらいは、誰かが逃げる時間を稼げただろうか。


 あぁ、なんで。なんで、戻ってきてしまったんだろう。


 たぶん、きっと。いや、きっと。


 ――ありがとう……ありがとうございます……ありがとうございます……!


 赤ん坊を抱えていた女性が、泣きながらお礼を言ってくれたから。


 ――あの女性と赤ん坊を運べ!! 城内に!! その剣で、あのふたりを守れ!! いいか、正しいことをしろっ!! 返事っ!!


 あの少女が、思い出させてくれたから。


 ――あなたは、優しくて誠実な子よ


 母の言葉が――まだ、胸に残っていたから。


 だから、僕は、守ろうと思ったんだ。誰かを。困っている人を、この王都の兵士として、守ろうと思ったんだ。


 城壁を上ってきた天災害獣モンスターが、牙を噛み合わせながら、目の前の兵を引き破って細切れにする。


 目と目が合う。


 興奮で息を荒くしている獣は、ゆっくりとこちらに向かってくる。


「…………」


 アダムは、微笑んだ。


「……お母さん」


 よだれでまみれた口が近づいてきて――


「……あなたの子として、恥じずに済みました」


 彼にむしゃぶりついた。






 いつまでも、痛みが来ない。


 アダムは、目を開ける。


 黒色の――輝きが視えた。


 ウェーブのかかった黒髪、血液のように赤々と艶めく目玉、そしてひび割れた雷神の横顔――エウラシアン家の家名を鎧に刻んだ少女は、天災害獣モンスターの下顎を切り落とした剣閃をひるがえし――上顎ごと首が飛んでいく。


 十三、四歳くらいにしか視えない少女は、くるりと振り向いてアダムを見つめる。


 そして、ひざまずき――そっと、頬に手を当てた。


「よく」


 彼女は、名も知らない兵士のために、静かに泣いていた。


「よく……がんばったね……」


 “主役”であろう彼女の目の中にいる自分、兵士役Aは薄れていく視界の中で、美しい彼女を見つめていた。


「…………」


 故郷が視える。


 友と駆け回った野原が、母の優しい笑顔が、温かくて安全だった家が、そしてはじめて剣をもった幼き日の自分が。


 ――僕は、困っている人を助けられる人になる!! 英雄ヒーローになるんだ!!


 母親が、笑いながら、自分の頬を優しく撫でる。


 ――きっと、なれるよ


「……ぼく……なれたの……かな……かあ、さん……」


 あたたかな手の感触を思い出しながら、微笑みをたたえたアダム・ブラウンは――そっと、安寧あんねいの眠りに落ちていった。











 飛びかかってきた飛竜ワイバーンの頭に――“膝”が食い込む。


 撃ち抜かれる頭、揺れる脳。


 交錯する――人の影。


 突如として飛び込んできた“五つ目”は、宙空で槍を回転させて龍の首を刈り、碧色の光を纏った褐色からだをトマリの前に着地させる。現れたもうひとつの影もまた、龍種を事も無げに切り裂いて、合わせ鏡のようにして同時に下り立つ。


「まるで、英雄(ユウリ)殿のような登場の仕方をしてしまいました」

「別にいいんじゃないっすか、パトちゃん。たぶん、傍から見れば、私たちチョー格好いいっすよ」


 上空。民家の上から降ってくる、五つ目の垂れ布、顔隠しの集団。


 あっという間にトマリたちの前で形成された槍衾やりぶすま、危機的状況に颯爽と現れた彼女たちは揃って槍を構える。


「あ、貴女たちは……」

「ルィズ・エラの五つ目」


 つやめいた動作で、リーダー格らしい女性が優雅に礼をする。


「ユウリ・アルシフォン殿とエウラシアン家に、借りを返しに参上いたしました。どうぞ、よしなに」

「パトちゃん、腰つきエッ――あだっ!!」


 トマリは呆然としながら、巧みな連携で飛竜ワイバーンを押し返していく、五つ目の集団を眺めていた。
















































 剣先が――止まっている。


「…………」


 アーサーが、一点を凝視していた。


 追う。ゆっくりと。瀕死のヴェルナは、ゆらめく景色を目線で追いかけ、そしてこちらに歩いてくる“影”を見つけた。


 一歩、また一歩、向かってくる。


 涙でゆらいでいくこの世界の中で、一歩一歩を踏みしめるようにして、ヴェルナたちの元へと進んでくる。


 右腕は焼き焦げて、左足もまた真っ黒に炭化している。


 全身は血みどろで左耳は欠けていて、胸の傷口は肺を傷つけているのか、口端からは血が垂れ落ちている。頬には傷跡が深々と残っていて、彼の普遍的な顔立ちを損なっていた。


 まともに歩けるような状態ではないことは、ひと目見るだけでもわかった。影は死人のような出で立ちで、ただただ意思の一念で歩き続けている。


 よろけながらも、ふらつきながらも、前を見据えて進み続ける。


 嗚咽が、漏れる。


 ヴェルナは、泣きながら、彼を見つめ続ける。ただただ、見つめ続ける。


 知らない外面かおだった。視たこともなかった。無残で醜くてみっともない、まるで英雄ヒーローとはほど遠い姿だった。誰もが彼が助けに来ただなんて思いもしない、死にかけの無様な外面すがただった。


 でも、わかる。


 ヴェルナには、わかる。


 そして、フィオールもわかっている筈だ。


 彼が、この場所に現れる彼が、何者であるかなんてわからないわけがない。


 だから――呼んだ。


「ユウリ……先輩……っ!」


 ヴェルナは、涙を流しながらささやく。


「ゆうり、せんぱ……ゆ、ゆうりせんぱぁあ……ぁ、ぁああ……っ!」


 現れたユウリは、無表情で立ち尽くす。


 そんな彼を見つめるアーサーは、心底嬉しそうな顔で微笑んだ。


「来たか、英雄ヒーロー

「…………」

「随分と遅れての登場だな。もう少しで、殺しちまうところだったぜ」

「……知らないのか」


 彼は口端を歪めて、


英雄ヒーローは、遅れてやって来る」


 拳が――アーサーを打ち抜いた。

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