英雄牧場
「シュヴェルツウェイン王家は、天災害獣が、かつて魔族と呼ばれる一種であったことを秘匿しています」
「は!?」
階段、階段、階段。駆け上がる。
魔力封じ。個々人のもつ魔力の波長に正反対の周波を流し込み、混信を引き起こす魔術の一種……手錠の形をしたソレを懐にしまい込み、手首のあざをさすりながら、ヴェルナは問いかける。
「ヴェルナさんが捕まっている間に暇だったので、戦争準備で忙しい見張り番の隙を縫って、片っ端から王城内の“禁書”を読み漁ったんですけどもね。
まぁ出るわ出るわの大騒ぎで、王家がひた隠しにしてきた“真実”がわんさかでしたよ」
「なんで、今、そんな話……当代のシュヴェルツウェイン王は、そのことを知りながらも、公表をしていなかったってこと!?」
「寝込むほど反応するってことは、少なからずはそうでしょうね。ただ、あの禁書の山は、古エーミル語を基本とした暗号で書かれていました。恐らく、王家に親しい人物が書き遺した“罪”なのではないかなと」
「親しい人物……」
なぜか、地下に存在していた王家の地下墓所。古エーミル語で『エカテリーナ』と刻まれた墓を思い出す。
「ヴェルナさん。たぶん、それで正解ですよ。彼女でしょうね。
そもそも、仮にも王家の皇女たる彼女が、あんなひっそりと、地下にしまい込まれるわけがない。アレは、王家にとって隠したい徴。となると、狂った民意に焼き殺され、シュヴェルツウェイン王家に真っ向から歯向かったと言われるお姫様の仕業と視て間違いない」
「古エーミル語が刻まれていたのは、彼女の母親、王女様が獣人の民だったからか……獣人の民の墓記名は、古エーミル語で刻まれると聞いたことが――あぶなっ!!」
唐突に城壁が弾け飛び、のしかかってきた瓦礫から、トマリを引っ張り込むことで救う。数発の魔力弾が飛んできて、慌てて階段を上がる。
「あー、どうも」
「というか、なんで、あたしたち走ってんの!? あの手なづけた龍種に乗って、天高く空に羽ばたけばよかったじゃない!?」
「いや、無理ですね。無理無理。手なづけたわけではなく、攻め込んできた龍種の魔力波長を乱して不快指数を跳ね上げただけですから。で、颯爽と現れた私が、『その不快を取り除きましょうかー?』てな次第で。
あの龍種からしてみれば、全身で感じていた不快を一匹の小蝿が取り除いてくれた。その礼に一度くらいは火球吹いてやるか、みたいなものなので」
「なんて自作自演……でも、天災害獣とまともにコミュニケーションがとれるなんてすごいわね。龍種にも言語があったなんて」
「そこですよ」
息を荒げながらも、興奮で眼を爛々と輝かせているトマリは言う。
「数年前から、天災害獣研究機関では、天災害獣のブローカー野やウェルニッケ野といった言語野に注目してきました。彼らの言語中枢、コミュニケーションに用いる脳の部位はヒトに近似していて、例を挙げれば、上級魔族なんかは――」
「あー、ストップストップ! 要点!!」
「つまり、天災害獣は、ヒトと同じ進化を辿ってきた可能性が高い。脳の進化過程における近似性が高く、普遍の民と獣人の民、猩猩緋の民のように、進化の過程で“枝分かれ”した別種であると考えられる。
コレがどういうことかわかりますか?」
ヴェルナがその“展望”に気づいた時、既に答えはもたらされていた。
「天災害獣は、元々、この世界の住人だったということですよ」
「はぁん!?」
階段を上がりきった瞬間、驚くべき真実――思わず立ち止まると、廊下の真正面から兵士たちが武器を抱えてやって来る。直ぐ傍にある部屋に身を滑り込ませ、ヴェルナは扉を思い切り引き閉じた。
「い、いやいやいや! ありえないわよ!? 急に現れて突然に人を襲う、防ぎようのない天災みたいなものだから天災害獣っていう名前なんでしょ!? なんで、この世界で暮らしてたのに、別世界の住人になっちゃったのよ!?」
「ですから、飛ばされたんですよ。超常的な力をもって。ある瞬間から、別世界に。そして、その出来事は、“おとぎ話”として語り継がれている。滅んだと言い伝えられている魔族が、英雄の手によってこの世界から消えた出来事を、私たちはなんと呼んでいるか……よくよくご存知では?」
「……神の採択」
腑に落ちる。一度辿り着いてみれば、そうとしか考えられなかった。
「なぜ、シュヴェルツウェイン王家が、必須とも言える天災害獣の研究機関の設置を渋っていたのか、どこからともなく現れる特異建造物が過去の遺産として持て囃されるのか、特異建造物から産出される生体核から魔族の反応があるのか……理論的に考えても、異界の民という実例を鑑みても、既につじつま合わせは済んでいる。
すべてに、“理由”は存在しているんですよ」
「だとしたら、異界の民の役割は? 異界の民の役割はなんなの?」
異界の民であるとささやかれていたユウリの顔が浮かび、逼迫する状況下でつい疑念を口にしてしまう。
「恐らく……コレ」
トマリは、懐から“ライトノベル”を取り出す。
「預言書?」
「過去、神託の巫女の生まれ変わり、または英雄として語り継がれた人物の多くは異界の民でした。約9割。あまりにも多すぎる。まるで、その中から作為的に選んだと思うような」
「まさか……」
息を呑んだ瞬間、トマリ・アダントは頷く。
「恐らく、彼らは英雄として選ばれるために、意図的にこの世界に運ばれてきている。まるで、家畜を出荷するみたいにして。つまり、超常的な力をもった何者かが、作為的に“英雄の畜産”をしているんだ」
なにか。なにか強大な力が、裏にいてすべてを操っている。その恐ろしさに薄ら寒くなって、呼吸が詰まるような感覚がした。
「そもそも、おかしな話なんですよ。異界の民がこの世界に持ち込むのは娯楽や文化ばかりで、外世界の技術や知識が、この世界には流入されることがない。まるで、弁をつけられたみたいにして……この世界が、ご都合主義で、バランス調整されてるみたいに」
娯楽小説。娯楽小説だ。この世界が異界の民の世界とあまりにも似ていると、新鮮さに欠けて面白みがなくなるから。娯楽としての価値が下がるから、“調節”しているんだ。
「だとしたら、ユウリ先輩は」
不自然に扉が開いて、隙間から廊下を横切る影が見え――その姿に見覚えがあって、思わずヴェルナは声を張り上げる。
「レイアさんっ!!」
その人影は足を止めることなく、廊下を曲がって消えてしまう。
イルとミルから、レイアさんがユウリ先輩のために、王都に向かったことは聞いていたけれど……まさか、まだ王都に残っていたなんて!
駆け寄ろうとしたヴェルナは、トマリに腕を引かれて立ち止まる。
「ヴェルナさん! そっちには、さっき、兵たちがわっせわっせと武器を担いで、向かっていったでしょうが! 外に出る前に捕まるか殺されちゃいますって!」
「で、でも、レイアさんが……」
「ひとまず、外に出ましょう。話し込んでいるうちに気配もなくなっているし、今のうちに脱出すべきかと」
トマリの言うとおりだ。今は外に出て現況を把握しなければ、救える人が救えなくなるかもしれない。
戦時中の混乱のせいか、赤い絨毯がめくれて泥だらけになった廊下に出て、ヴェルナとトマリは走って走って走って。
開きっぱなしの大扉から王城の外へと、体当たりするかのように飛び出し――地獄をみた。