暑い日は、スライムプールに限るね!
獣人の民の双子は、必死の形相で逃げていた。
ルポールからそう離れてはいない森の中、Cランクパーティーに属している彼女たちは、足元に絡まる葦や雑草を蹴りのけるようにして、獣人の民特有の小柄な身体を活かし猛然と逃走を図る。
「ミル!!」
唐突に足を止めた姉を視て、猫の尻尾を逆立たせたイルは叫んだ。
「早く!! 逃げなきゃ!!」
「ダメ……! 行って……ユウリ様に伝えて……!」
とうの昔に刃先が折れた短剣を構えたミルは、その場から動き出そうとせずに、泣きそうな顔で「でも」と発言した妹に笑いかけ――威嚇するかのように、獣じみた絶叫を喉からぶち撒ける。
「行けッ!!」
びくりと反応したイルは、泣きながら走り出し、取り残されたミルは疲れ切ったような顔で微笑んだ。
「ユウリ様……」
微笑する彼女へと――森を腐らせながら進み続ける、大量の〝黒いスライム〟が、木々や石を巻き込みながら、土石流のように猛烈な勢いで迫りくる。
妹の命運を左右する一投……全身全霊の力を籠めて、ミルは祈るような気持ちで短剣を投擲した。
ソレは一体のスライムの核に突き刺さり、ほんの束の間、ドス黒い津波の進行速度が落ちて――
「今日ね……ミル、頑張ったよ……」
一瞬で彼女を呑み込んだ黒色のスライムは、怒涛のごとく激しく揺れる海原のように、ルポールの街へと向かって行った。
ユウリの到着を待ちながら、サンドイッチを摘んでいたヴェルナは、外の騒ぎを聞きつけて目の前の幼馴染へと視線を向ける。
「なにかあったのかしら?」
「わかりません。どうやら、外で騒ぎになっているようですが……」
ギルドの外に出た二人は、想像以上の人だかりに驚いた。野次馬や住民でごった返した通りは、何時もの日常風景に緊張感を与えて、人々のざわめきが異常事態を伝えるように耳朶を強く叩く。
事態を把握しようと、人混みを掻き分けたヴェルナは、目の前の光景を視て息を呑んだ。
「ユウリ……さま……ユウリさまに……つたえて……ユウリさま……」
レイアに抱きかかえられた、傷だらけの獣人の民は、喘鳴を上げながら、半死人のようにぱくぱくと口を開いていた。
「落ち着いて。何を伝えればいいの?」
「黒い……スライム……街に……この、街に……迫ってて……ミルが……」
木々の枝で引っ掻いたらしい傷から出た血で、真っ赤になった手を伸ばし、イルは眼尻から涙を流した。
「ミルを……たすけて……!」
気を失った少女を抱き上げたレイアは、何時になく真剣な顔で、集まっている冒険者に呼びかける。
「ルポールを危険領域《参》に指定します。直ちに避難を行って下さい。また、余力のある冒険者の方々には、緊急任務を発令します。
住民の避難誘導、並びに街中で起こった異変への対応と報告。どんな些細なことであろうと、私に報告をして下さい」
「レイアさん!」
フィオールは、動き始めた冒険者の波に抗う形で、受付嬢の彼女へと呼びかける。
「ユウリ様は!? ユウリ様を呼ばな――」
「必要ないわよ」
心底の信頼を顔に刻み込んだレイアは、苦笑するかのように言った。
「あの御方は、もう向かってる」
青空を見上げた彼女の目には、既に現地へと辿り着いた彼が、映り込んでいるようにも思えた。
「だからこそ――ユウリ・アルシフォンなのよ」
オイオイオイオイ! 道に迷ったら、ルポールの外に出ちゃったよ!!
日課の瞑想を終えた僕は、次いでに街中の新規ルートを開拓して、冒険者ギルド内に華麗な登場を決めようとしていたのだが……地下を通ったのが悪かったのか、地上に出たら、ルポールの街から外へと出てしまっていた。
「ついてないなぁ……折角、準備してきたのに……」
受けた依頼をこなすのを楽しみにしていたにも関わらず、遅れに遅れている自分を不甲斐なく思っていると、前方から大量の原生スライムが雪崩のごとく迫ってくる。
長閑な高原を下るようにして突き進むスライムの群れは、中々に難しそうな流れと速度を併せ持っているようだ。
お、川みたいだな。上級者コースだ。
前回の依頼で、『スライムスイミング』をフィオールとヴェルナに習った僕は、早速、服を脱いで海パン姿になった。
前は服を汚しちゃったからね。海パンなら問題ない。このスタイルで、全力でスライムスイミングを楽しむ。今回の依頼内容を詳しくは確認してないけど、前回と同じ原生スライムだった筈だし、たぶんアレでいいんだろう。
海パン一丁で準備体操をしている間に、僕の両眼は、スライムの体内で泳いでいるミルを見つけ出していた。
「あ……いいなぁ……もう入ってる……やっぱり、流行ってるんだ……」
なぜか、イルはいないが、ミルはスライム内を漂うようにして目を瞑り、暑気払いの水泳を心から楽しんでいるようだ。
ああ視えて、スライムの体内は完全に密閉されているわけでもなく、普通に呼吸も出来るので何時までも入っていることができる。あの冷却水のような冷たさは、格別な感触を肌に伝えてくれるだろう。
「よーし……」
僕は真顔のままで、こちらに向かい来るスライムへと猛ダッシュする。
「僕も泳ぐぞぉ……!」
スライムプールへと飛び込んだ瞬間、なぜか、街の方から大きな悲鳴が聞こえてきたような気がした。