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外面だけは完璧なコミュ障冒険者、Sランクパーティーでリーダーになる  作者: 端桜了/とまとすぱげてぃ
最終章 外面だけは完璧だったコミュ障冒険者、Sランクパーティーでリーダーになる
129/156

ばいばい

「過去は変わらないよ」

 

 誰かがささやいた時、リーナの喉元に刃が触れる。

 

 悠里の動きが止まった瞬間、騎馬の男は荒々しい手付きで切っ先を掴み、腕力に任せて彼を転がす。

 

 それから、容赦なく過去ぼくの顔を踏み抜いた。


「悠里っ!! よせっ!! 子どもだぞっ!?」

「子どもが騎士の顔を砕いて、戦争を止めたりするものか」

 

 普遍の民(ノーマル)の騎士は、鼻血をダラダラと流しながら失神した悠里の足を掴み、ずるずると引きずって乱暴に投げる。


 投げ出された少年を抱きかかえ、リーナは頭上の騎士を見上げた。


「エカテリーナ姫……神託の巫女の生まれ変わり……なぜ、俺の村を救わなかった……あの力をもっていたというのに……なぜ、救わなかった……?」


 顔を砕かれた男は、赤黒い血の詰まった鼻から息を吸う。悲鳴に似た音を奏でながら、彼女の肩を掴んで揺さぶる。


「なぜだ!? お前には力があった!? なのに、なぜ俺の母さんを救わなかった!? 父さんを!? リリーは、なぜ、死ななければならなかった!? 鍛冶屋の親父さんは、頭を割られて死ぬような目に遭うような人だったか!? なぜ!? なぜだ!?」


 その声に釣られるようにして、獣人の民(エーミル)猩々緋の民(クレアドル)が、争っていたのを忘れたかのように怨嗟えんさを上げ始める。


「そうだ!! ふざけるな!! 私の故郷は天災害獣モンスターの群れに襲われて滅んだっ!! その間にお前は、普遍の民(ノーマル)なんぞの村を救って、我々、獣人の民(エーミル)を見捨てたっ!!」

「我々が精霊に見捨てられ、紋様が身体に現れなかったのは貴様のせいだ!! 各地に現れては、天災害獣モンスターを狩る貴様のせいで、魔族の血を継いだ我々にまで精霊の怒りが及んだのだっ!! 貴様のせいで!! 我々、一族はっ!!」


 悪態、罵倒、誹謗(ひぼう)


 ありとあらゆる呪いが集まったかのように、人の醜さで集成された呪詛じゅそがリーナをくるんだ。石礫いしつぶてがあちこちから飛び交い、彼女の顔面に当たって肉が削げて、血がてらてらと流れる。


「ごめんなさい」


 ささやくような謝罪の声。


 組み伏せられているアーサーは、藻掻きながら叫んでいたが言葉になっていなかった。遠く離れた箇所から、懸命にリーナへと飛ぶ石を転移魔法で退けようとしていたトリスタンは、一刻の猶予もないと崖を滑り降りてくる。


「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 虚ろな瞳で、血まみれになった英雄はこうべを垂れる。

 

 呪、呪、呪……憎しみの連鎖。


 彼女の髪が投石による出血で真っ赤に染まって、その涙さえも赤々と色づいた頃――呪いが止まった。


 粛静――音が、消える。


 リーナは、顔を上げ、彼を視たはずだった。


 ふらふらと身体を揺らしながら、血に塗れた片手を広げ、たったひとり。たったひとりだけで、その“理不尽”に対する英雄しょうねんがいた。


「……ふざけるな」


 彼はささやき、喉が張り裂けんばかりに――吠えた。


「ふざけるんじゃねぇえっ!! お前らみたいなヤツらがいるからっ!! お前らのようなヤツがいるから、英雄コイツが戦わなきゃいけないんだっ!! たったひとりで!! 誰にも打ち明けられず!! 痛くて辛くて醜い世界を、コイツひとりが背負うことになるんだよっ!!」


 ――背負える人間を、英雄ヒーローと呼ぶ。誰も見捨てないことを選んだ瞬間、地獄を辿ることになるんだよ


「視ろ、コイツを!? たったひとりで、世界を背負ってきたコイツを!? なにに視える!? お前らには、なにに視えるんだっ!? コイツは神託の巫女なんかじゃない!! エカテリーナ・フォン・シュヴェルツウェインっていう名前の、ただの女の子なんだよ!! お前らが背負わしたから!! お前らがそんな風に視るから!! コイツは……コイツはっ!!」


 ――あはは。英雄ヒーロー失格だね


「笑えないんだよ……!」


 すすり泣く悠里を、よろめきながら近寄ったリーナが、倒れかかるようにしてそっと抱き締める。


「悠里……泣くなよ……キミの泣き顔はブサイクだぞ……」

「お、お前のほうがブスだ……」


 ぱちぱちぱち、拍手の音。


 ニコリともしない騎士の男は、双眼に憤怒をめてふたりを見下げる。


「感動したよ。だから、チャンスをやる。俺と賭けをしよう

「……賭け?」

「あぁ、こんなところでかたきに出くわした時は、神に初めての感謝を願った俺だが……この賭けに勝てば、神託の巫女は殺さない。約束する」

「……本当か?」

「あぁ」


 満面の笑顔で、騎士は言った。


「今から、お前らをひとつの小屋に閉じ込める。敷居を立てて背中合わせだ。幾らでも、話してもいい。身の上話でも、甘い恋の話でも結構だ。

 だが、お前らのどちらかが、ひとつの結論に至るまでは決して外には出さない」

「ひとつの結論?」

「自分ではなく、相手を殺して欲しいと願え」

「ふざけ――」


 容赦なく悠里の顔面を殴り飛ばし、リーナが庇うようにして彼を抱きかかえる。


「わかった、その賭けを呑もう」

「……り、リーナ、やめろ。さ、最初から、殺すつもりだ」

「大丈夫」


 リーナは、微笑む。


英雄ヒーローを信じろ。絶対にふたりで生きて帰れるさ」

「そいつは楽しみだね……おら、戦争は終わりだ!! コイツらを小屋に入れろっ!! 奇跡の目撃者になれるかもしれないぞ!!」


 分かち合う憎しみ。


 皮肉にも、戦争を止めて彼らを協力させたのは、神託の巫女という名の共通のかたきだった。


「おいっ!! ざけんじゃねぇぞ!! 俺も入れろっ!! 俺も同じ小屋に入れて、賭けに参加させ――」


 頭を蹴り飛ばされ、アーサーは失神する。悠里たちを助け出すために身を隠すことにしたのか、トリスタンはその姿を見せようとはしなかった。


「楽しみだよ、いつまでもつのか。せいぜい、足掻いて、その聖人みたいな面が歪むところを見せてくれ」


 その騎士の言葉を最後に――ふたりは、闇へと落ちていった。


 小屋の中は薄暗く敷居が立てられていて、そこを境に魔力封じの縄で縛られたふたりが座らされる。


 背中合わせ。


 力をもたない少年と力を失った少女は、まともに傷の治療も受けさせてもらえず、暗闇の中で互いの体温だけを感じている。


「悠里」

「……なんだ」

「すまない。恐らく、助けは来ない。この村の周囲は、謎の黒霧で覆われていて、誰も出入りできないようだ」

「……お前も謝れるんだな」

「昔から素直で真面目、あまりの実直さにじいがハゲたくらいでね」

「……フッ」

「相変わらず、キミの笑い方はキザで面白いな。好きだよ」

「……惚れるなよ」

「ガキに惚れてたまるか。むしろ、お姉さんの魅力に惑わされるなよ」

「……今は大した美人でもないだろ」

「あはは。ぶん投げて、空を散歩させてやろうか」

「…………」

「…………」

「……なぁ」

「ん?」

「……俺は死んでもい――」

「二度と言うな」

「…………」

「…………」

「…………」

「昔話をしてもいいかな?」

「……あぁ」

「昔、英雄ヒーローになりたい女の子がいた」

「……名前はエカテリーナ?」

「正解。彼女の名前は、エカテリーナ。とある王家に生まれながらも、正義をこよなく女の子だった」

「…………」

「彼女が幼い頃、母親が死んだ。たったひとつの石礫だった。誕生祭の一日目のことでね、誰かが投げた石が額に当たったんだ。それで死んだ。あっけなく」

「……辛かった?」

「愛してたんだ、本当に。優しい人でね。毎朝、毎朝、王女であるにも関わらず、優しい手付きでわたしの髪をいてくれた」

「…………」

「三日三晩、泣き続けた。目元は腫れ上がり、泣き声は掠れて、体力を失って気を失った。そして、起きた次の日、もうお母様のような犠牲は出したくないと想った」

「……それで努力したのか」

「あぁ。剣を振るって、学を身に着け、知で見抜いた。本当の限界を迎えた人間が努力を続けると、血反吐を吐いて血尿を垂れ流すと知った」

「…………」

「この世から、不幸な死をなくそうと思ったんだ」

「……無理だ」

「あぁ、そうだね。でも、当時も、今でも、わたしはわからなかった。だから、今ココで、こうしている」

「…………」

「ただ、英雄ヒーローになりたかったんだ……物語に出てくるような、誰も見捨てない誠実な人間に……お母様にもらった優しさを……忘れたくなかったんだ……」

「……お前は」

「ん?」

「……お前は、僕の英雄ヒーローだよ」

「……ん」

「……クラスメイトに生ゴミを食わされた時」

「うん」

「……母親は教育を間違えたと泣きわめいて、父親は特訓だと言って俺のことを殴ったよ」

「そうか」

「……アイツらを全員殺したかった」

「うん」

「……でも、お前はアイツらも救うんだろうな」

「ごめん」

「……だから、もう殺そうとは思わないよ」

「…………」

「……お前だけだ、僕を助けてくれたのは」

「…………」

「……壁につまづいた僕を、助けてくれたのはお前だけだ」

「…………」

「……だから、僕が継ぐよ」

「う、ん……」

「……もう、戦わなくていい」

「いいの……わ、わたし……でも……」

「……もう、いいんだ」

「わ、わた、し……英雄ヒーローに……英雄ヒーローに、な、なりたくて……」

「……僕がなるよ」

「で、でも……悠里が……や、やだよ……悠里が……」

「僕はもう弱くない」

「ぅ……ぅ……」

「お前が教えてくれたんだ……他でもない英雄おまえが……だから……」

「ぅん……」

「僕が英雄ヒーローになる」



 

 三週間が経った。


「…………」

「…………」


 腐りかけたパンがひとかけら、そして水がコップに半分。


 まともな食事も与えられないような状況下で、ふたりの衰弱はどんどん進んでいき、やせ細った少年と少女は虚ろな目で宙を見つめるだけになった。


「…………」

「…………」


 こんな状態になっても、ふたりは決して互いを殺そうとはしない。地獄のような飢餓の苦しみを覚えてもなお、絶対に相手を傷つけるような言葉を発しなかった。


「…………」

「…………」


 敷居越しに繋がれた手。


 骨に皮がへばりついたような手が、そっと重ねられていた。


「……ゅ、ゅり」

「…………」

「……ゅ、ゅぅり」

「……ぁ」

「……る、る、れっとしない、か?」

「……る、れっ、と?」


 最初に閉じ込められた時、リーナの懐からこぼれ落ちていた“ルーレット”。


 ――かわいらしくもじもじしながら『お、教えてくれよ……』って言うなら、三回のルーレットチャンスを与えてやってもいいがね


 ふたりの間で、なにかを“賭け”をする時に使われる遊び道具のひとつだった。


 ――そんな君に、ルーレットチャーンスッ!!


「……ま、まわ、せ」

「……なん、で」


 徐々に慣れてきた喉から、声が漏れる。


「……み、みずを賭けよう」


 お互いに遠慮し合って、いざという時のために残されていた、コップいっぱい分の水。それが中央に置かれていた。


「……ぃ、いいぞ」


 悠里は、恐らく、リーナのいかさまを見抜いている。


 魔力封じの紐で縛られていても、微弱な魔力は放出できるだろうから、リーナはあのいかさまを起こすことができるだろう。


 ルーレットの底をすくうようにもって、下から魔力を流せば、魔力流入量が高い針を自在に止めることができる。逆に下からもたなければ、リーナもハズレを引く可能性があるということだ。


「…………」


 リーナは、すくうように下からもった。いかさまをする気だ。


「…………」


 それを見抜いている悠里は、彼女に失望した様子を見せようともせず、微笑を浮かべてルーレットを回す。


 ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり。


 針が回って――当たった。


「……ぇ?」

「……ど、どうやら」


 リーナは、笑った。


「……きみの勝ちだ」

「……り、りぃな、わざ――」


 リーナは、コップ一杯分の水を一気にあおって――うるおった喉で叫んだ。


「彼が言ったぞ!! わたしを殺せとっ!! おい聞こえてるんだろ!? わたしを殺せと彼が言ったぞ!!」

「……っ!?」


 待っていたと言わんばかりに、外に立っていた見張り番、実に嬉しそうな顔をした騎士が飛び込んでくる。


「ついに言ったか! ハハ、所詮は畜生だな!! 三週間も待たせやがって!!

 準備は整ってる!! 薪の上にはりつけにしろっ!!」

「……っ……っな……ちが……っ!」


 両脇を抱えられて、引きずられていくリーナ。悠里の乾ききった喉、急激に大声を張り上げようとして出血し、ものの見事に使い物にならなくなる。


「悠里」


 綺麗な笑顔で、リーナはささやく。


「お前といれて、本当に楽しかった」


 役立たずの喉を掻きむしったせいで、削げ落ちた肉がこびりついた指先を、必死に必死に必死に伸ばす。


「ばいばい」


 扉が閉じられる。


「…………っ!! っ!!」


 悠里は地面を掻きむしるようにして這って移動し、僅かに開いている隙間から外へ。懸命に懸命に、少しずつ前進していく。


 彼の命を賭した前進、また前進、その間に刻一刻と時間は進む。


 辿り着いた時――十字架にはりつけられた彼女の周りで、民衆が笑いながら炎を待ち望んでいた。


「……めろ……めろぉ……た、たの……たのむ……やめ……やめろ……やめ……お、おねが…やめ……っ!」


 伸ばされる手を、彼女だけが見つめていた。


「悠里」


 はりつけにされた十字架の下、薪へと火が灯される。


 足下からめらめらと火柱が上がり、ゆっくりと舐めるようにして、彼女の体躯を炎が犯していく。


「悠里、聞け」


 ――やぁ、少年。はじめまして。目玉ほじくりはいかがかな?


「もう、誰も恨むな」


 ――君は弱いな


「格好つけろよ、少年」


 ――君には、箱を開く側の人間でいて欲しい


「泣かないでいい、悠里。泣くなよ。ブサイクだぞ」


 ――今なら、顔を赤らめてそっぽ向きながら『お、お前に、教わりたいんだよ……』と言えば、ルーレットチャンス五回をプレゼント!


「笑えよ、笑ってろ。ほら、笑って」


 ――悠里、笑って生きろよ。どんなに辛い時でも、ユーモアを忘れるな


「後は頼んだ、英雄ヒーロー


 いつものはにかみ笑顔。


 その笑顔が崩れて、彼女本来の弱々しい笑い顔に変わる。


「ねぇ、悠里……昨日、夢を見たんだよ……普通の女の子になって、キミと一緒の学校に通う夢……」


 火の中で震える彼女は、そっと涙を流した。


「こ、こんど……こんど、生まれるときは……」


 嗚咽おえつを漏らしながら、彼女はささやいた。


「普通の女の子に……生まれたいな……」


 火に包まれる。


 すべてが見えなくなって、悠里は呆然とそれを見送る。


 ――約束だ、悠里。笑って終われよ


 少年の喉から――絶叫がほとばしった。

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