視えている死
「エカテリーナ」
早朝、謁見の間。
実父である王に呼び出されたリーナは、革鎧に銀の胸当てと、およそ姫らしくない格好で拝謁を賜っていた。
「おはようございます、父上。今日はお髭の調子が良さそうだ」
「……儂になにか言うことはないか?」
「ガラハッドの髪の毛がゼロ本でした」
脇に控えていたガラハッドお爺さんが、なにか言いたげに目を細めていたが、頭を撫でるに留める。
「近頃、従者たちから、王城内に見知らぬ子供が出入りしていると聞いたぞ」
「あぁ、問題ありません。わたしは見知っているので」
よくもまぁ、王様相手にそこまでズケズケ言えるなぁ。僕なんか一般人相手にも、まともに喋れた試しないのに。
「貧民窟の件、勝手に動いているようだな。なぜ、王たる儂になんの相談もなく、手前勝手に動じるのだ」
「王冠を見るのも飽きましてね」
ダンッ――肘置きに拳が叩きつけられ、王の皺くちゃな顔が歪む。
「もうよい、下がれ」
「よいのですか? こんな短時間で謁見が終わるなら、朝食を辞退すべきではありませんでしたね」
皮肉気に笑いながら、王に背を向ける。
「……お前は」
この国の王様は、もの哀しそうな声でぼそりとささやいた。
「……本当にあのエカテリーナなのか」
リーナの正面にいた僕だけが、彼女の苦しそうに歪んだ表情を視ていた。
「では、失礼」
今一度、王へと振り返ったリーナは、既に笑顔に立ち戻っている。堂々たる立ち振舞いで扉を開けて出ていき、大きなため息が場を支配した。
「王」
「わかっておる。言い過ぎた」
忠言をしたガラハッドに対し、目頭に手を置いた王が、うっとおうしそうにもう片方の手を振った。
「だがな、騎士団長。儂の気持ちも慮れ。今までよく見知った我が子が、急に顔も声も立ち振舞いも変わったのだ。赤ん坊の頃から大事に育ててきた一子が、あのようになるとは思いもよるまい」
「はて。儂には、あの子はなにも変わっていないように思えますがのう」
「別人であろうが! あの顔!! まるで、儂に似ておらん!!」
「元々、奥方様に似ておらっしゃった。ジーク王に似なくて良かったと、ふたりで肩を組んで笑いあったではありませんか」
「笑っとったのはお前だけだ!! この不忠者がっ!! 昔は儂がからかう方であったのに、いつの間にか逆転しおって!! カーティス如きが調子にのるなよっ!!」
口角泡を飛ばしながら、ガラハッドに食ってかかる王。ここまで親しげだということは、旧知の仲なんだろう。うらやましい。
「それで。神託の巫女を、エカテリーナから引き剥がす方法は見つかったのか?」
「励んではおりますが……残念ながら」
「超然と宣っているが、わかっておるのか!? 歴代の神託の巫女たちは、巫女として選ばれた後、5年以内に死んでおるのだぞ!?
エカテリーナに残された時は、一月もない!!」
一月。想像以上に早い。
僕もアーミラに殺す殺す言われているので、とっくの昔に死ぬ死ぬ思っているが、もちろん死ぬつもりなんてない。なぜなら、最新巻を読んでないから(Q.E.D)。なんて簡単な論理だ、頭良くなった気分だよ。
だがしかし、本当にリーナは死ぬことになるのかな? 僕みたいに力を失って、元の姿に戻ることが“死の前兆”だとしたら。それは彼女が、王の望むエカテリーナ姫に戻ることを意味している。
現在でも存続している、王家のお姫様が死ぬ? 元の姿に戻って、王の庇護下に置かれるというのに? どうやって? 昔の僕は、その場面を目にしているんだろうか?
「…………」
疑問しかないが、答え合わせをしてくれる人がいな――いるぅ!!
全速力で部屋に戻って、アーミラの耳元でクチャ音を立てていると、寝起きの彼女が目を眇めて「なぁにぃ?」と声を上げる。
「……問題です」
「あとにしてよぉ、ゆうりぃ……過去にいるって言っても、アミィ、眠くなったりするんだからぁ……」
「……問題です」
「有無を言わせない、ストロングスタイルなのねぇ?」
「……どうして、リーナは死ぬでしょうか?」
「神託の巫女だからでしょぉ?」
ジャブとして打ち出した問いに、アーミラが簡単な答えを提示する。
「ぴんぽん」とささやいてあげると身体をよじって、愉しげに含み笑いをした。なんだかえっちだ。
「……リーナは、いつ死ぬでしょうか?」
「あー、もうちょいさきぃ。たぶん、二週間とちょっと」
「……どうやって死ぬ?」
くふっ、と笑って、アーミラは枕を抱えたまま紅い舌を突き出した。
「ネタバレがぁ、おこのみぃ?」
「…………」
「ユウリは、いっかい視てるんだもんね? ネタバレ上等って感じなのかな? あらら、そんなかわいい顔しないでよぉ」
「……どうやって死ぬ?」
「ぴんぽん」
なぜか、アーミラは正解音を出して――
「その記憶で、合ってるよ」
僕の頭が急激に膨れ上がって捻じ曲がり、視界が真っ赤に燃え上がって、目の前で少女が炎に包まれていく。
燃え盛る炎、笑う民衆、泣きわめく誰か。
――もう、誰も恨むな
燃える、燃える、燃える。
――格好つけろよ、少年
消えていく、彼女の微笑み。
――後は頼んだ、英雄
記憶が――噛み合う。
「……火あぶりか」
アーミラは、薄く笑った。




