アーミラ・ペトロシフス・リリアナラ・ウェココロフ・ペチータ・アインドルフ
たくさんの冒険者でごった返している冒険者ギルドで、最も目立つ掲示板にアーサーのいやらしい顔が貼り出されていた。
「懸賞金が出るのは、珍しいわね。で、このアーサーって男、何をしたの?」
赤紫色の髪の毛をもつ猩猩緋の民の少女は、どことなくつまらなそうな顔で魔術投影されたその写真を見上げる。
「この顔を視る限り、わいせつ罪でしょうね」
何度も、ちらちらと冒険者ギルドの入り口を瞥見するフィオールを見つめ、ヴェルナは思わず嘆息を吐いた。
「そんなに早く、先輩が来たりしないわよ」
「別に、ユウリ様のお姿を、誰よりも早く確認したいというわけではありません」
そわそわと自身の髪の毛を撫で付けながら、今か今かと待ち望んでいる姿は、恋する乙女の恋慕に他ならないが、フィオールはソレを〝尊敬〟と呼んでいるようだった。
「……めんどくさい子」
「なにか言いましたか?」
「なにも。
でも、先輩って、何時も待ち合わせ場所に来るのが遅いのよね」
ヴェルナは、テーブルに腰を落ち着けて、軽食を注文してから首をひねる。
「あの人、家で何してるのかしら?」
「決まってるでしょう?」
整った眉をひそめて、金髪の令嬢は言った。
「鍛錬ですよ」
魔力とは、体内外に流れる〝空気〟のようなものだ。
この世界では、魔力反応と呼ばれる現象によって、物理法則を無視した事象が発生する。ありとあらゆる固体、液体、気体に対して、魔力を流し込むことで何らかの反応が現れ、それを意図的にコントロールすることで〝魔法〟という使い勝手の良い奇跡へと変じさせているのだ。
とは言え、その〝使い勝手〟の部分が問題だ。体内外に流れている空気を普段は感じ取ることができないように、魔力もまた集中して意識を向けなければ、その片鱗に触れることすら適わない。
「…………」
だからこそ、僕は日課の瞑想を行っていた。
所謂、魔力コントロールと呼ばれる、この世界の子供も大人も、群れをなして行う訓練のようなものである。
やり方は簡単。安全な場所で目を閉じて、内外に存在している魔力を五感で掴み取り、その感覚を身体に染み込ませるだけである。
「…………」
僕は座禅を組んで、長い間、瞑想を行い――
「ユウリ! こら! 集合場所に行かなきゃダメじゃない!」
アーミラちゃんを生み出した。
くるくるとカールした金髪、ぱっちりと開いた青色の瞳、肌は真っ白でありながらも朱が差しており、愛らしいピンク色のフリル付きのドレスを身にまとっている。
「……アーミラ」
すげぇ!! 魔力、スゴいよ!! ついにやった! やったぞ!! 瞑想によるトランス状態と魔力反応を組み合わせることで、意思疎通可能な〝アーミラちゃん〟を僕の中に作り上げることができたんだ!!
現実でちゅっちゅっできる!! アーミラちゃんとちゅっちゅっできるぞ!!
「ユウリ? どうしたの?」
いや、でも、出来ないな。うん、出来ない。いざ、現実に出てきちゃうと、普通の女の子なんだもん。そしたら、出来ないよ。出来るわけないよ。コミュ障だもん。普通に喋れないよ。
というか、アーミラちゃんとは、どういう原理で会話出来ているんだろう? もしかして、コレ、僕一人で会話してる感じ? うへー、きっつ。
「……僕の中にいるのか?」
「くふふ、当たり前じゃなぁい」
「……名は?」
「はぁ?」
小説の中の登場人物である彼女は、あの名シーンを彷彿とさせるような動きで立ち上がり、僕を指さして大声で名乗りを上げる。
「アーミラ・ペトロシフス・リリアナラ・ウェココロフ・ペチータ・アインドルフよ! 憶えておきなさい、下僕!!」
相変わらず、フルネーム長いなぁ。暗記するの大変だったもんな。作者の人、何を思って、ここまで長い名前にしたんだろう? あまりに名前が長すぎて、アーミラちゃんが実際に実在する人物だと思う人なんて、誰もいないんじゃないかな? リアリティがないよね、うん。
「……フッ、とんだじゃじゃ馬だ」
はい、素晴らしい。はい、コミュニティ能力満点。主人公の台詞、『とんだじゃじゃ馬だ』を引用して、完璧なやり取りを行いました。皆、ユウリくんに拍手!!
「……アーミラ・ペトロシフス・リリアナラ・ウェココロフ・ペチータ・アインドルフ」
僕は、片膝を立てた状態で、ニヒルに口の端を曲げる(全力)。
「……お前は、僕が守る」
「ば、バカ」
格好いい……まるで、僕、主人公みたい……自分で自分に惚れそう。
集中力が切れたせいか、目の前からアーミラが消え去って、ようやく僕はフィオールたちとの待ち合わせを思い出した。
「間違いない」
十三の席がある真紅の円卓で、トリスタンは口火を切った。
「『神託の巫女』が、ユウリ・アルシフォンと一緒にいる。この耳で聞いた。神託の巫女の予言があったからこそ、こちらの計画が全てバレていたし、アーサーの正体も看破されたんだよ」
小柄な影の言葉にどよめきが走り、特徴のない青年の影――アーサーは、円卓に肘をついて発言する。
「道理で情報源がわからんと思ってたよ。
で、巫女はどこにいるんだ?」
「彼の〝裡側〟。傍にいるだけで、威圧されそうな程に、強力な魔力を感じたもん。ユウリ・アルシフォンが独自に編み出した瞑想術で、己の裡側に神託の巫女を隠し通しているに違いないよ」
「やはり、もう、契約しとったか。道理で、幾ら探しても、見つからん筈じゃわい」
「え、えひ、か、考えたね、ユウリくんも。瞑想術で存在を隠し通されたら、こ、こちらでは、手が出せないもんね」
大柄な老人の影と長い頭をもった影は、次々と賛辞の言葉を口にした。
「神託の巫女は、彼のことを〝奴隷〟呼ばわりしてた。ユウリ・アルシフォンを奴隷と呼称するなんて……リーナの時とは違って、今代の巫女は、はっきりとした発言力をもってる」
「え、えひ、どうする、アーサー?」
アーサーは、頭の後ろに両手を回して、椅子を揺らす。
「その巫女の名前は?」
「アーミラ・ペトロシフス・リリアナラ・ウェココロフ・ペチータ・アインドルフ」
椅子を前後に揺らしていた影は、その名を聞いて口笛を吹いた。
「ランスロットとモードレッドに連絡しろ」
その言葉を聞いて、みっつの影は姿勢を正した。
「アレを解放しよう。
ユウリ・アルシフォンから、神託の巫女を炙り出す」
円卓から――影が消えた。