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外面だけは完璧なコミュ障冒険者、Sランクパーティーでリーダーになる  作者: 端桜了/とまとすぱげてぃ
最終章 外面だけは完璧だったコミュ障冒険者、Sランクパーティーでリーダーになる
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この世で、最も簡単な

「おいおい、視ない面がいるぜ……紹介、遅れてない?」

 

 アーサーと過去の僕が――見つめ合う。


「……死ね」

「え、なに? 初対面の相手に『死ね』? オタクの脳内教育、どうなってんの? 喧嘩売ってんのか? 買ってやろうか、無料の拳だ受け取れや!!」

「やめなさい」

 

 少女に首根っこを掴まれて、引き剥がされるふたり。


 初対面からして最悪の印象を受けたのか、互いが互いに敵意をもっているようだ。今にも服を引き破って、取っ組み合いを始めてもおかしくない。


「くふっ。なんだか、ふたりとも、とーっても仲が悪いみたいだね。まるで、将来、殺し合うって誓いあったみたい」

「…………」


 アーサーも僕も、互いのことを憶えていなかった。当たり前と言えば当たり前だ。僕は完璧な外面(ユウリ・アルシフォン)という別人となり、声も顔も記憶も、抱いている魔力さえも異なっている。


 ――じゃあな、完璧な外面(ユウリ・アルシフォン)


 元の姿に戻った僕を視て、彼は哀しそうに笑っていた。あの時のアーサーは、もしかしたら、僕のことを思い出していたのかもしれない。


「アーサー、トリスタン。先に帰っていてくれるかい? わたしは、もう少し、彼と青春を謳歌してから帰路に着くよ」

「……また、拾うんじゃないでしょうね?」

「人は拾えない」


 少女は、小首を傾げて微笑む。


じいによろしく」


 わーわー文句を言いながらも、アーサーとトリスタンは去っていく。


 そんなふたりの背中を見守ってから、少女はくるりと振り向いて、愛らしい顔立ちで過去ぼくに向き直った。


「……お前がすごいことはわかった。魔法を教えろ」

「魔法を教えたら、君はなにに使うんだい?」

「……決まってるだろ」


 笑いながら、彼は言った。


「……殺すんだ」

「誰を?」

「……全部だ全部に決まってるだろ僕をバカにしたアイツらもあのクソ女子どももお父さんもお母さんも僕を笑ったあの大人どももふざけた面した校長先生も知らん顔したクラスメイトのクソ野郎どももこの世界にいる腐ったクズどもも全員殺しきって僕以外のヤツらを全滅させてやる」


 過剰なまでの殺意。溢れている。憎しみが溢れて溢れて、彼の口端から垂れ落ちていくようだった。


 夢を――思い出す。


 僕が逃げている夢だ。いつも、壁に追い詰められる。それから、酷いことが行われる。その壁は教室であったり、トイレであったり、見慣れた家のものであったり、薄汚れた廃屋のものだったりした。


 誰も助けてはくれない。せせら笑っている。


 人の顔が、誰かの顔が、愉しそうな笑顔が、ひたすらに気持ちが悪い。


「…………」

「ん? 吐く?」


 久々に感じた、強烈な吐き気。幻にしか過ぎないアーミラの手が、僕の背を擦ろうとしたのを察して飛び退る。


「あらら、同調してきてるねぇ。現在いまのユウリと過去むかし悠里ユウリが、入り混じってひとつになろうとしてるみたい」

「……やめろ」


 やばい、引っ張られる。負の感情が引きずり出される。小さな僕のあの黒ずんだ、救いのない瞳を視る度に嘔吐しそうになる。周囲のものをぐちゃぐちゃに壊して、なにもかもを台無しにしたい。


「……よせ」


 呪言を吐き続ける、過去ぼくの口を塞ごうとして――両手がすり抜け、よつん這いになる。


 ひざまづいた僕の目が、遠巻きにこちらを見つめる“人”を見つける。


 気色が悪い。気色が。気色が悪い。なんなんだ、コイツら。全員、気色が悪い。なに勝手に視てる。また、アイツらみたいに僕を変な目で視るのか。追い詰めるのか。笑うのか。ふざけやがって。殺してやる。殺してやるぞお前ら。今の僕は強い。神託の巫女(アーミラ)の力さえあれば、お前らみたいな雑魚は全員消し炭に――頭に手が置かれた。


「君は弱いな」


 過去の僕の頭、そして現在の僕の頭。


 重なり合った僕の頭に、微笑んだ彼女がそっと手をのせていた。


「あまりにも弱い。脆弱で軟弱でひ弱で、そして、なによりも惰弱だじゃくだ」

「……お前に僕のなにが――」

「わかるかよ。わかるわけがない。君とわたしは、別個の個体だ。外面上では繋がってるが、内面上では徹底的に他人だよ。

 だから、わたしは、君を否定しないし理解しない。魔法を憶えて元の世界に戻り、君をしいたげた者を殺せばいい」

「……なら、黙って魔法を教えろっ!」

「魔法なんて必要ない」


 腰に挿していた長剣を抜き放ち、剣呑けんのんな輝きを放つソレを、躊躇ためらいもなく彼に手渡す。


「コレで殺せ」

「………」


 重なった僕は、手の内にある長剣を見つめて呆然とする。


「人を殺すのに魔法なんて必要ない。寝ている最中に、石を頭に落とすだけでいい。生まれ落ちさえすれば、どんな人間だって人を殺す許可が与えられる」


 少女は、笑った。


「手始めに、わたしを殺してみなさい」


 銀色の胸当てを外し、革鎧を剥ぎ取った少女は、内衣姿(インナーウェア)になって立ち尽くす。


「……ぇ」

「どうした、全員、殺したいんだろう? その一にわたしも入っている筈だ。遠慮は要らない。殺しなさい」

「……でも」

「いいから、殺せ」


 笑顔――衝動的に、彼女の腹を突き刺していた。


 ニコニコと笑う少女。肺を傷つけているのか、口端から血が垂れ落ちている。


「どうしたんだい、まだ死んでないぞ。もっと深く刺せ。肝臓、脾臓、膵臓、腎臓。腹部血管を切れば、大量出血を起こして直ぐに死ぬ」


 大量の血液が、音を立てて地面に落ちる。滑らかな白銀の剣腹を伝わり、赤黒い血が流れ込んできて手元を汚した。


 本能的に感じた恐怖で、剣を取り落とす。


「……弱いな」


 血を吐き零しながら、少女は剣を拾って鞘に収める。ゆったりとした動作で胸当て、革鎧を着け直し微笑した。


「この世で、最も簡単な解決方法(コミュニケーション)は殺害だ。

 二人の人間がいて意見がわかれた時、片方がもう片方を殺せば、数秒足らずで問題は解決する」


 笑いながら語る彼女は、あまりにも美しく――完璧だった。


「だからこそ、わたしは殺さないよ。

 だが、ありとあらゆる可能性を敷き詰めてもなお、どうしようもならなくなったら――」


 両手を広げて、大量の死骸イモムシが積もる墓場を見せつける。


「わたしは殺す」


 いつの間にか、完治している傷跡。


 夢から覚めたみたいに意識がはっきりして、僕は過去の自分から離れる。


「わたしは、誰も見捨てない。いつの日か、この芋虫たちだって救ってみせる。それまでは、偽善パンチで世を治める所存だ」


 彼女は、取り出したハンカチで、丁寧に悠里の手を拭った。


「殺したいなら、一緒に来なさい。君にその強さを教えてあげよう」


 付いて来るも来ないも君次第――そう言わんばかりに、少女は歩き出して、振り向こうとはしなかった。


 距離がどんどんと開いていき、彼は始めて大声を出した。


「……名前っ!!」

「え?」

「……名前はっ!?」


 天の光に照らされて、少女は綺麗に振り向いた。


「リーナ」


 完璧な外面は言った。


「リーナでいいよ、悠里(ユウリ)


 数秒、硬直していた悠里は、歩き出した彼女を追いかけていった。

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