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外面だけは完璧なコミュ障冒険者、Sランクパーティーでリーダーになる  作者: 端桜了/とまとすぱげてぃ
最終章 外面だけは完璧だったコミュ障冒険者、Sランクパーティーでリーダーになる
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リンチから始まる出会い

 まばたきした瞬間――景色は移り変わっていた。

 

 人、人、人、人の波。

 

 群集でごった返す中、軒を連ねた店店から活気づいた競りの声が響く。舶来の絹織物に土産物、肉の串売りが得も言われぬ匂いを醸し出し、果物を盗んだ子供が人の隙間を駆け走って、店主が真っ赤な顔で怒鳴っていた。


 驚愕と共に振り向き、そこにある雄大な王城を見上げる。


「……王都」

現在いまのじゃないけどねぇ」


 横に並ぶアーミラはにこりと笑い、こちらに向かってくる人群を避けきれなかった僕は――


「……!」


 自分の身体をすり抜けた女性に驚き、二度見してしまう。


「……コミュ障もココまで来たか」

「いや、コミュ障の極地が透明化って夢見過ぎ~!」


 行き交う人々の手や足が、頭や腹から突き出ている状態で、スカートをつまんだアーミラは微笑を浮かべる。


「ココはね、ユウリの過去なの。アーミラが選別した、アーミラコレクションってやつ? その一場面が今ココ、王都で再現されるんだよぉ」

「……僕の過去?」


 見覚えがな――強烈な頭痛。


 思わずうずくまると「よしよし」と背を撫でられ、蠱惑(こわく)的に笑む彼女に見つめられる。


「見覚えがなくても、しょうがないよぉ。ユウリはずーっと『完璧な外面(ユウリ・アルシフォン)』として生きてきたんだもん。記憶が混濁するのは当たり前だし、人は忘れたい過去は忘れるようになってるんだから」


 その割に黒歴史消えてないぞ!! 寝る前にジタバタして、必死で消えろと思うこと何個もあるけど!! 仕事してよ!!


「くふっ。ほら、視て」


 人混みを押しのけて走る黒い影、ぐんぐんと近づいてくる。


「走ってくるよ、“黒歴史”」


 髪の長い少年。


 黒髪の彼はボロを身にまとって、必死の形相で走っていた。それを追いかけるみっつの影は、息を切らしながらも彼の背を追い続ける。


「ほ~ら、なにぼさっとしてるのぉ? 追いかけよ?」

「…………」


 事態を把握しきれないまま、走り始める。


 路地から路地へ、ゴミ山をなぎ倒しながら、彼は必死に逃げ続けている。だが、いずれは、追いつかれることがわかっていた。


 『わかっていた』? なんで?


 黒ずんで汚れた壁。そこに追い詰められた長髪の少年は、その壁が登れないのを見て取ると、諦めたようにうつむいた。


「お前、追い詰めたぞ! 逃げられると思うなよっ!!」


 長髪少年を追いかけてきた三人組、リーダー格らしい男の子は、がっしりとした体格をアピールするかのように前に踏み出す。


「タダで済むと思うなよ……二度と見れない面にしてやる……」

「…………」

「ユウリ、ま・て。待てだよ、ワンちゃん?」


 不穏な空気を前に踏み込もうと思った僕は、アーミラに片腕で止められる。


「なんどもゆーけど、ココは過去でぇ~す。ユウリくんが踏み込んだところで、どうにもなりませ~ん。

 それに、あの子、本当に助けるに値するのかなぁ?」

「……どういう意味だ」


 いぶかしむ僕の前で、長髪の少年は髪を掻き上げ――


「……うるせぇ、死ね」


 “僕の声”で、暴言を吐いた。


「……うだうだうだうだうるせぇんだよとっとと死に腐れよボケ共が気色悪いお前らみたいな害虫が我が物顔で往来をうろつくから天罰を下してやっただけだろうが家の壁に落書きしたくらいで反吐みてぇにへばりつきやがって恥ずかしいとは思わねぇのかよそんなキモい面晒して生きててようらやましいよその害虫フェイスで道をうろついてへこへこガキっぽい笑みを浮かべて可愛がられてよとっとと早死にして目の前で無様な死に顔晒してくれやそうすりゃそのキモいクズ虫顔もちっとはまともに見えるかもしれないぞ」


 えっ。


 とてつもない早口。もごもごと聞こえるか聞こえないかの小声で、ひたすらに怨嗟えんさを吐き出す少年。


 隣でニコニコと笑うアーミラは、そんな彼を指差す。


「こっちが正しいコミュ障の極地。

 昔のユウリくんで~す」

「……えぇ」


 僕、こんなだった? こんな世界に唾を吐きかけて、ラブアンドピースをセックスアンドバイオレンスに上書きするようなやからだった? 髪長すぎてまともに前視えなそうだし、目玉ギョロギョロしてて怖いし、マジもんの殺意がめられてて引くんだけども。


「かわいぃ……こっちのユウリも捨てがたいよねぇ。だからこそ、ユウリを選んだんだけどっ」


 恍惚とした表情で、己の指を噛むアーミラ。怖い。


「……死ね死ね死ね死ね死――」


 昔の僕の腹に、拳が食い込む。痩せこけた身体は見た目通りなのか、身体を半分に折りたたんだ彼はげぇげぇと地面に嘔吐する。


 そこからは、ひたすら暴行。暴行に次ぐ暴行。さすがはこの世界と言うべきか、彼らの暴力は手慣れている上に、容赦や躊躇ちゅうちょといったものが見当たらない。


「すんごいねぇ! 前歯、なくなっちゃうんじゃない?」

「…………」


 やり過ぎだ。あの独り言の内容からしても、昔の僕の自業自得だろうが、それにしたって酷すぎる


 まともな人間が、視ていたら止め――壁の上に、少女が座っていた。


「…………」


 壁の上。しゃがみ込んだ状態。無言で私刑リンチを眺めている少女は、長い黒髪を風で揺らしながらじっと推移を見守っている。


 茶色のブーツ、腰には長剣をぶら下げており、灰色の革鎧を身に着けている。銀色の胸当てが陽光に艶めいていて、首元からは赤色の宝石がはめ込まれた首飾りが――英雄ヒーローの必須条件は――強烈な激痛。


 燃え盛る炎、笑う民衆、泣きわめく誰か。


 ――もう、誰も恨むな


 燃える、燃える、燃える。


 ――格好つけろよ、少年


 消えていく、彼女の微笑み。


 ――後は頼んだ、英雄ヒーロー


「……り? ゆうりぃ?」


 正気に戻った時、僕は脂汗でまみれていて、神託の巫女(アーミラ)はいーっと歯を見せて笑った。


「おもいだしたぁ?」

「…………」


 答えず、目の前の現実を直視する。


 手元でぷらぷらと木の枝を揺らしながら、私刑リンチを見学している少女。彼女は時折あくびをしながら、目の前の悪行を見過ごしていた。


「オラッ! オラッ! まともに魔法も使えない異界の民(アンダー)ごときがっ!! ふざけやがって!!」


 未だになぶられている過去の僕。


 鼻はへし折れて涙と鼻水が血混じりで流れ出し、顔が腫れ上がってまともに目も開かないようだった。なかなかにエグい。


「……俺、最近、新しい魔法覚えたんだよね」

「へー、いいじゃん。こいつで試してみれば?」

「あぁ、大丈夫大丈夫。どーせ、後で治せば問題ないでしょ」


 人数が増えて気が大きくなっているのか、少年たちは周囲から魔力をかき集め始め――背後に下り立った彼女に気づかなかった。


「ふむ。なかなか良い仕上がりだ」


 急に後ろから声が聞こえ驚いたのか、三人組はぎょっとして飛び上がる。


「な、なんだよ、お前!? じゃ、邪魔しに来たのか? い、言っとくけど、こいつが悪いんだか――」

「いぇ~い! ナイスリンチ~!!」

「……は?」


 呆けている三人組の手を寄せて、無理矢理にハイタッチを繰り返す少女。愛らしい美形を満面の笑みで包み込み、本当に嬉しそうに手を叩き合う。


「やったぜ、いぇ~い! 魔術投影する? 魔術投影して、記念残しちゃう? ふざけたヤツ、ぶちのめした記念として、ココに私刑象リンチスタチューでも立てちゃおうか?」


 少年たちと肩を組み、笑いながらふざけた提案をしている。当の被害者が、無様に倒れ伏しているのに気にも留めない。


「な、なんなんだよ、お前……頭、おかしいのかよ……」

「あはは、なにを言ってるんだい。わたしは、君たちに混ぜてもらおうと思ったんだよ。こう視えてもあまりにハッピーな光景を視ると、自分の中の幸福指数が限界突破して脳内麻薬ドバドバガールでね。

 ほら、続きをやろうじゃないか。これから魔法を使ってコイツの腕をねじきって、目玉をほじくり返すんだろう?」

「は、はぁ!? そ、そんなことするわけないだろ!?」

「え?」


 ニコニコと笑っている少女は、三人組に詰め寄る。


「なんで? さっきまで、楽しくやってただろ?」

「そ、それは……」


 彼女の乱入によって、既に空気は一変している。


 少年たちは呑まれていた流れから脱して、まともな思考能力を取り戻している。殴り続けて痛んだ自分の拳や、目の前に飛び散っている血や歯、嘔吐の痕を見つけて自分たちが仕出かしたことを客観視する。


「ほら、視ろよ。あの情けない面。前歯が殆ど抜け落ちてるじゃないか。君たちがあんまりにも引っ張るから、髪の毛が抜け落ちて頭皮が剥がれている。顔面が青紫色に腫れ上がって奇妙に変形し、吐瀉物と血反吐が混じって醜悪に汚れきってる」


 三人組に目線を合わせ、笑ってない目で彼女は言った。


「全部、お前らがやった“楽しいこと”だろ? なんで、今更、やめるんだい? もっともっと、これから笑えるようなことをしてくれるんだろう?」

「し、しない……も、もうしない……だ、だから……」

「あはは。こらこら、逃げるなよ。目玉ほじくり検定一級のわたしが、これからお手本を見せてあげるからね。かくいうお父様も、長年の疲れ目で悩んでいたが、わたしの目玉ほじくりで視力が百倍になった気がする」

「い、行こう……も、もうやだよ……」


 涙目になった三人は逃げ出し、取り残された彼女はかつての僕を見つめる。


「やぁ、少年。はじめまして。目玉ほじくりはいかがかな?」

「……でゅめ」

「ふむ、まともに口が利けてない。推察するに『死ね』と言いたいのかな。

 あはは。お断りだバカ野郎、死にかけの癖に調子乗るなよ君。わたしが本気出したら、君から百個くらい目玉ほじくれるぞ」


 過去の僕をお姫様抱っこした少女は、悠々とした足取りで去っていく。そんな彼女を見つめていた僕は、アーミラに目線を移す。


「……なにあれ」

「かつてのユウリと」


 流し目のアーミラは――


「神託の巫女」


 なんてことないようにささやいた。

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