血塗られた決丘でぽっぽー
粗末な護送車に載せられ、僕はゆったりとした揺れに身を任せていた。
「ねー? 言ったとおりでしょー? コレで王都に行けるって! イルたちの知恵は、最早、人智の及ぶ範囲ではないのだ!」
「今、王都を覆っている黒霞の解析のために……領主たちは“人手”を求めてる……人殺しや大逆者は……問答無用で王都行き……」
つまり、実験材料ってことね。急に手錠を嵌められて何事かと思ったけど、こういう王都の行き方だとは思わなかったよ。というか、このままいくと、丸腰で黒霞にぶち込まれることになるんじゃないかな。泣きそう。
「お兄さんってさ、冒険者だよね? しかも、大して強くなさそうだけど、個人ランクはどれくらいなの?」
「……Sランクだ」
顔を見合わせ、二人は同時に噴き出す。
「嘘っ子はダメ……Sランクなんて、ユウリ様以外視たことない……お兄さんの魔力流出量からしても『E』が関の山……」
「コレでも、イルたちはCランクだからねー! いっぱい、他の冒険者たちと関わってきたし、相手のランクくらいは見分けがつくんだよー!」
双子にからかわれて、頬をつんつんと突かれる。一応は確保者らしいが、犯罪者に対して、こんなにもフレンドリーでいいんだろうか。
「でも、お兄さん、大逆罪を犯した人なんだよね? なにやらかしたの? 王様の似顔絵に落書きとか?」
「イルはアホ……それくらいで、大逆者として扱われるわけがない……たぶん、王様に百回くらい平手打ちしてる……つまり、平手打ちのプロの方……」
「なるほどー! その道を極めるが余り、農家の娘の頬では物足りなくなったのか! 最初はありんこ一匹から始めた平手打ちが、犬、牛、娘、そしてついには王へと至って、王に至る平手打ちへと完成したんだね!」
キャッキャッと騒ぐ二人に、左右から平手打ちを喰らう。手錠で動きが制限されているのを良いことに、やりたい放題の子猫たちである。昔の僕ならば嘔吐で反撃できたが、今の僕には飛び道具がない。悲しい。
「まぁ……外面なんて関係ない……大事なのは、人としての本質……真実の愛……」
「後半の発言には身震いするけど、ミルの言うとおりだよー! Eだろうがなんだろうが、必要なのは心意気! そんなところで人を差別したりすると、本当に大事なものを見過ごしちゃうからねー!」
「ふっ……クソ雑魚Cランクが、偉そうになにか言ってる……」
「お前もCランクだろがーっ!! 同じ顔しくさりやがってーっ!!」
またも、取っ組み合いを始める二匹。周囲の犯罪者たちも最初は面白がってからかっていたのに、今では慣れきってしまって反応すら示さない。
しかし、外面に囚われないか。良いことを言うなぁ。王都に住んでた頃は、僕が顔を出しただけで、皆が何事かと身構えちゃってたし。今みたいな僕のほうが、きちんと、相手と向き合えてる気がするよ。
そんなやり取りを経た後、護送車が軋み音を立てながら止まる。
「下りろ」
手錠で繋がれた僕たちは、一列になって車から下り――数々の徽章をつけた騎士たちが集う、大規模な野営地に下り立つ。
王都の前に存在する血塗られた決丘には、軍事拠点地としてのテントや塹壕、各領主たちの家名を掲げた旗がたなびいている。布陣が長引いているのが目に見えるように、自炊の白煙がもくもくと上がり、酒に酔った兵士たちが魔力弾きに興じて笑い声を上げていた。
「うっわー! すごい人ー! 左からゴミ、ゴミ、ゴミ! おっと、コレは大きな粗大ゴミ……って、ごっめーん! ミルだったー!」
「死ね……!」
どうにも、鎧兜を身につけてる人のほうが少ないなぁ。黒霞が発生してから、ずっと、この前で待ちぼうけしてるんだろうね。まるで、ラノベの新刊待機列に並ぶ僕みたいだぁ。
「また罪人集めか、精の出ること……って、あら?」
見覚えのある顔立ちに、ウェーブのかかった黒髪。極めつけに、エウラシアン家の家紋である『ひび割れた雷神の横顔』。
「ユウリお兄様のニセモノ。なんで、こんなところに?」
シルヴィ・エウラシアンは、僕を見つめて顔をしかめる。
「失礼ながら、デイム・シルヴィ。その男は、アダント家の管轄のものだ。手出ししないで頂きたい」
護送車に僕たちを乗せてきた騎士が、釘を刺すかのように、冷ややかな声音を鳴らした。
「三本足の烏……はん、アダント家の田舎騎士か。声からしてただの若輩だし、よくもまぁ天下一の絢爛豪華たるシルヴィに声をかけられたこと。この世でシルヴィに声をかけていい男は、お父様と二人のお兄様だけよ」
「田舎騎士とは、侮辱なさるおつもりかっ!!」
威嚇のつもりで、剣柄に手を走らせた騎士の兜が――左右に分かたれる。
半面がぽとりと地面に落ち、若い彼は呆けた。
「侮辱なんてしてないわ」
ニコリと笑ったシルヴィは、彼の頭をぽんぽんと叩く。
「からかってるのよ」
顔を真っ赤にした若き騎士は、今にも声を荒げて飛びかかりそうだったが、シルヴィが柄頭を指先で叩くと押し黙る。
「名誉ある騎士を名乗るのであれば、身の程を知って人体実験なんてやめることね。成果を出しているならともかく、ただ失敗を繰り返すおまえたちは、人道を違えた豚に過ぎないわ。華麗なる美少女、シルヴィとは大違い」
悔しそうに歯を食いしばった彼を無視して、シルヴィは僕の方へと振り向きながら抜刀――剣先を突き出した。
「わっ!!」
「うっ……!」
悲鳴を上げて飛び退る獣人の民の双子を他所に、自分が格好良く無法騎士たちをなぎ倒す妄想をしていた僕は反応すらできない。
左胸に到達する直前で、止まっていた刃先……シルヴィ・エウラシアンは、見事な手付きで納刀して、僕のことをじっと見つめる。
「……まさかね」
どこか、憧憬の入り混じる目をした彼女は、僕の手をぎゅっと握ってささやく。
「ついてきなさい、人型奴隷。エウラシアンの拠点に案内するから。
嫌だって言っても、引きずってい――本当に引きずらせるな!! 自分で歩け!!」
「…………」
「なんか言いなさいよぉ!! なにその『やれやれ』みたいな目ぇ!!」
「わー! おもしろそー!! のっちゃえー!!」
「新種の……乗り物……ぽっぽー……」
なんか怖いので、同行を拒否したかった僕は、寝そべった体勢のままで双子を腹に乗せ、無言で引きずられていった。