黒幕、顔を晒される
なんで、誰もアーサー君を憶えていないんだろう?
アレだけ目立つような子なのに、ルポールの街を聞き回っても(受付嬢による介護あり)、彼のことを知っている人は誰もいない。
「ユウリ様、そろそろ帰りましょう!」
休日、僕に付き合ってくれていた受付嬢さんは、フリルの付いた白いスカートをはためかし、10メートル先にいる僕へと声を張り上げる。
「昨夜、この辺りで行方不明になった冒険者もいることですし! 捜索隊が組まれて、物々しいんですよ!!」
「……探す必要がある」
「もしかして……敵なんですか!?」
レイアさん、ノリノリだなぁ。やっぱり、可愛いからかな。アレだもんね、可愛い子って、意外とノリが良かったりするもんなんだよね。そういうの恥ずかしがってやらなそうなのに、やったりするもんなんだよ。それがいい。
「……ルポールを滅ぼそうとしている」
とかいう設定を、付け加えちゃおう。身近に潜む脅威……いいんじゃない?
「ま、まさか、今回の行方不明事件も!?」
「……アーサーの仕業だ」
なんつってー(笑)。
「そ、そんな、一大事じゃないですか! そのアーサーとかいう男を、冒険者ギルドで指名手配しなけれ――」
「その必要はありません」
最近、僕の後をつけてくるファンの人――笑う悪魔の仮面をつけた、黒装束の人影が僕たちの前に現れる。
「ユウリ・アルシフォン。お初にお目にかかります。
私は『王裏の仮面』。表舞台には決して姿を明かさない、闇にのみ生きる存在。王が隠し持つ〝短剣〟です」
「……一週間前」
から、僕の後をつけてたよね? なんで? やっぱり、サインが欲しいのかな? 構わないよ。僕お手製のサイン、あげる。精霊文字と勘違いされちゃったけど、改善したからね。今度こそは、間違いないよ。
と言いたいんだけど、口から出てこない。コレがコミュ障の辛いとこよね。
「尾行に気づいておられたのですか。さすがは、一年前の飛竜災害を一人で鎮めた御方ですね」
「さすが、ユウリ様!! さすユウ!! さすユウ!!」
「レイアさん。目立ちますので、旗を振るのは止めてくださいますか?」
良い笑顔で僕の顔が描かれた手旗を振っていたレイアさんは、素直に懐に仕舞い込んで、拗ねるように顔をしかめる。
「ユウリ・アルシフォン殿。愚問だと思いますが、魔術投影のことを知っていますか?」
「……知らな――」
「知ってるに決まってるでしょうが!! そんな当たり前の質問、ユウリ様をバカにしているんですか!?」
ブチ切れたレイアさんは、仮面の人に勢いよくタックルを仕掛け、見事にいなされて地面に滑り込む。
「確かに、子供でも知っているようなことだ。話を進めましょう」
「…………」
なんで、コミュ障って、わからない時にわからないって言えないんだろう。聞かないと後々困るのに、『今、助かればいい』と思って、発言することをやめてしまうんだ。
そんなのダメだ!! 僕は変わってみせる!
質問があることを示すために、勢いよく手を上げた瞬間、王裏の仮面は、僕の指の先を見つめて「ま、まさか……!」と驚愕の声を漏らした。
「あ、あなたは……空に魔術投影を行うことができるのですか……!?」
おいおい、マズい流れになってきやがったぜ!!
「……フッ」
危ない!! その『フッ』は、使い勝手がいいけど危ない!! 素直に『質問しようとしただけだ』って言うんだ!!
「……質問しよ――」
「出来らぁ!!」
僕の隣にいたレイアさんは、怒りで顔を赤く染めて叫んだ。
「今、なんと言いましたか?」
「空に魔術投影を行うことができるって言ったのよ!!」
間にいる僕を差し置いて、二人は睨み合う。
「それなら、実際に、空に魔術投影を行って頂こうではないですか」
「え!? 空に魔術投影を!?」
驚愕の表情で、レイアさんが僕のことを見つめてくる。
なんなんだろう、この茶番的な追い詰められ方。新しい。
「説明するまでもありませんが、魔術投影とは、己の姿や自分の知っている誰かの姿を〝影〟として出力する魔法技術です。
普通は紙にその影を投影して〝写真〟としたり、遠方に影を出現させて遠隔会話に用いたりします。高度な魔術の一種であり、綿密なイメージと細かな魔力操作が要求され、普通の人間では影の断片すら出すことはできないでしょう」
「……フッ」
レイアさんは、僕の真似をして笑い、笑う悪魔にサムズアップを示す。
「ベリーイージー」
どうして、レイアさんは、こんな無茶を――そうか! コレが伝説の〝フリ〟ってやつか!! 誰かのボケを誘発させるための論理、それこそがフリ!! レイアさんは、この仮面の人に、僕が如何に面白い人間なのかを教えて、コミュ障を脱却させるための足がかりにさせようとしてるに違いない!
「アーサーです。アーサーの顔を空に魔術投影して頂きたい。そうして頂ければ、後は我々の方でなんとかします」
とりあえず、アレかな、適当に魔力を凝縮させるイメージで――
「あっ」
ルポールの街のどこからでも視えるくらい、夕焼け空いっぱいに、満面の笑顔を浮かべるアーサーが映し出された。
「さすユウ!! さすユウです、ユウリ様!!」
普通にできちゃった。
夕方、外を眺めていたアーサーは、自身の笑顔が空に映し出されているのを視て、思わず口に含んでいた飲み物を吹き出した。
「アーサー」
後ろに立っていたトリスタンは、死んだ目で空を見上げる。
「どうすんの、コレ? 記憶削除、されてないみたいだけど?」
「……計画変更」
徐々にいやらしい顔へと変わっていく自分を眺めながら、アーサーはどうしたものかと考えていた。