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外面だけは完璧なコミュ障冒険者、Sランクパーティーでリーダーになる  作者: 端桜了/とまとすぱげてぃ
最終章 外面だけは完璧だったコミュ障冒険者、Sランクパーティーでリーダーになる
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英雄の必須条件

「う、うん……わ、わかってるよ……うん……じ、自分の仕事は理解してる……」

 

 まどろみの中、パーシヴァルの声が聞こえた。


「や、やれるよ……だ、大丈夫……し、信じて……ぼ、ぼくにだって、それくらいできる……か、簡単だよ……」

 

 誰かと会話しているのか、ささやき声が耳朶じだをそっと叩く。


「う、うん……“役目”は果たすよ……」

 

 音が、消える。

 

 再び、静寂に満たされた室内で、パーシヴァルの声が響いた。


「……いやだ」

 

 すすり泣きが部屋に満ちていき、なにもかもが暗中に沈んだ。




「……ユウリ・アルシフォン?」


 明くる日の朝――あの中で、唯一、詳しい話が聞きたいと言った僕は(伝えるのに、長時間を要した)、王都から来たと言う冒険者と向かい合っていた。


「ユウリ・アルシフォン!? ユウリ・アルシフォンって、あのユウリ・アルシフォンですか!? あの伝説的な冒険者の!? 地面をひたすらに掘り進んで、地獄すらも破壊したと云われるあの!?」


 どうやら、彼は、元々の僕の顔を知らないらしい。名前だけで、かの高名たるユウリ・アルシフォンだと思い込んでいる。


「に、認識齟齬……神託の巫女(アーミラ)の仕業だ……や、やっぱり、この男も仕込み……」


 彼と接触して以来、まともに喋らなかったパーシヴァルがささやく。


 眠気を感じていたところを付き合わせてしまったせいで、機嫌を損ねてしまったんだろう。ココらへんも、コミュニケーション力不足だなぁ。


「……そのユウリ・アルシフォンだ」


 嘘をついてはいないし、都合は良いので話は合わせておく。ちなみに、元の僕だとしても、さすがに地獄には行ったことがない。反対側に出たことがあるくらいだ。


「あ、有り難い!! オレの話を聞いてくれたのは、あんただけだよ!! さすがは、ユウリ・アルシフォンだ!!」


 感激で声を震わせる彼に、手をぎゅっと握られる。


 きゅん――このトキメキは、吐き気。


 オダさんやパーちゃんみたいな友人に触れられるのはまだ我慢できるけど、初対面の他人に接触されるとダメみたいだ。コミュ精進が足りない。


「今、王都では、ヴェルナ・ウェルシュタインが主導して――」


 村の人たちに妄言扱いされていた話を聞き、僕は王都が現在、どんな状況下に立たされているのかを把握する。


 王都が謎の黒霞に覆われて、誰も立ち入ることも立ち去ることもできない。黒霞の脱出方法を探すために決死の覚悟で、霞の中に踏み込んだものの、中身は“自分の映像”で埋め尽くされていて気を失った。気がついた瞬間には、王都の外で倒れ伏していて、共に黒霞に突入した仲間の行方がわからない。


「……自分の映像?」

「よ、よく憶えてはいないんですが……異界の民(アンダー)で言うところの“走馬灯”のようなものが視えました……いや、視えたというか“体感”したというか……アレがなんだったのか、未だによくわかってません……」


 唐突に腕を引っ張られて、僕は酒場の外に引っ張り出される。


 砂状から人型に戻ったパーちゃんは、今までに視たこともないくらいに真剣な顔をして、僕のことをめつけていた。


「ユウリ」


 彼は言った。


「ちゅ、忠告する……もう、あの話を聞くのはやめて……あ、あの男は神託の巫女(アーミラ)の仕込みだ……き、君を王都におびき寄せて……も、物語を完結させる……つまり、君を殺すつもりなんだよ……」

「…………」


 まぁ、そうなんだろうなとは思う。


 さすがに、都合良く話が運びすぎてるもんな。当てもなく飛び出した僕たちの前に、王都から消えた冒険者のひとりが現れるなんて。あまりにも物語めいていて、現実味とやらが薄れている。


 行くべきじゃない。今の僕が行ったところで、パーちゃんの言う通り、無駄死にするだけなんだろう。下手したら、足手まといになる。ただの一般人に戻った僕は、大人しく、端役モブとして座っているべきだ。


「……でも」


 でも――


「……仲間ヴェルナが中にいる」


 今さら、急に『ユウリ・アルシフォン』をやめられない。


「そ、それは、昔の話でしょ……!? ゔぇ、ヴェルナ・ウェルシュタインは、昔のユウリ・アルシフォンの仲間だよ……!? き、君の仲間なんかじゃない……か、勝手に君の外面ニセモノに憧れてきた愚か者だよ……! か、彼女は、君を待ってなんかいない……ま、待っているのは、神託の巫女(アーミラ)が創り上げた贋物ユウリだ……!」

「……それでも」


 僕は、言った。


「僕は、燈の剣閃(Sランクパーティー)のリーダーだ」


 なにも言わず、彼は項垂うなだれた。


 酒場に戻ろうとして――背中を、温かい感触が包み込む。


 全身を震わせているパーちゃんが、背後から僕のことを抱きしめていた。両腕の指が腹に食い込んで、服を突き破って肉をえぐらんばかりだった。くぐもった声と共に温い吐息が染み渡り、彼の悲観が伝わってくる。


「こ、こんなに……こんなにも、一緒にいて、楽しかったのは……ぼ、ぼくのことを変な目で視ない人は始めてだったんだよ……」


 振り向かなくても、彼が泣いているのはわかった。


「は、始めてだったんだ……ぼ、ぼくのことを必要としてないのに……一緒にいてくれる人は……ゆ、ユウリは、一度もぼくの“力”を頼らなかった……じ、自分の力だけで切り抜けてきた……ゆ、友人として視てくれてたんだ……」

「…………」

「も、もうやめようよ……ど、どこか、遠くで一緒に暮らそうよ……ふ、船に乗ってさ……ふ、ふたりで船旅をするんだ……み、水切りのコツだって教えられるよ……さ、サンドウィッチ以外も作れるようになるから……だ、だから……だからさ……!」


 僕は、振り向く。


 その顔を視た彼の表情が、失意に沈んでいくのがわかった。


 暗雲立ち込める世界の中で、だらりと力なく両腕が下がる。振り切った僕は歩き出し、ぽつぽつと降り始めた雨中から逃げ出す。


「……なんで」

 

 本格的に降り出した雨、水を吸った重みで垂れ下がる前髪、身体中をぐっしょりと濡らした彼は――髪の切れ目から、眼を向ける。


「なんで……そこまで……」

「……英雄(ユウリ・アルシフォン)は」


 ――英雄ヒーローの必須条件は


「……誰も見捨てない」


 ――誰も見捨てないことだよ


 夢で見た誰かの言葉が重なって、僕は彼に離別を告げる。

 

 天から降りしきる雨……透明な線の只中に取り残されたパーシヴァルは、いつまでも立ち尽くしていた。

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