二名のアドバイザー
「ライトノベル……?」
机の中央に置かれた『Sランク冒険者に求婚されてみた』を視て、王都の騎士団を統べている彼女は首を傾げた。
「過去に、異界の民が流通させた娯楽品よねぇ? キャッチーな設定と可愛らしい挿絵があるヤツ」
「いや、コレは預言書ですよ」
「預言書ぉ?」
トマリの言葉が信じられないのか、騎士団長はぺらぺらとページをめくり……除々に表情筋が引き締まっていく。
「……黒霞のことが書いてある。王が床に伏せることも」
「コレは、ユウリ先輩……いえ、ユウリ・アルシフォンが“主人公”として書かれた預言書で、ほぼ100%の確率で的中している。出てくる登場人物たちも多少の誤差はあるけれど、現実に存在している人物と性格や容姿が酷似しているの」
「えー!? このコーヒー中毒ってわたしぃ!? 酷いじゃない酷いじゃない!! アルコール様とドブ水を同位に扱うなんてぇ!!」
「脳みそがアルコール消毒されると、人はこんな風になるんですね。あまりに綺麗な環境で育つと、抵抗がつかずに早死にするようなもんでしょうか?」
「ほら、最後のページを視て」
揉み合いを始めたふたりを気精で引き剥がしつつ、ヴェルナは指先で最終ページを指さした。
「この巻の最終ページ、王都が襲撃されて終わるのよ」
「ライトノベルの記述では、黒霞が出現してから一週間後の出来事とありますね」
「黒霞が出てから一週間後って……三日後じゃない!?」
椅子を跳ね飛ばすようにして、シア騎士団長が立ち上がる。倒れそうで倒れない椅子の行く末を見守りながら、ヴェルナはささやいた。
「だからこそ、黒霞の調査に焦点を置いた。この預言書には、王都襲撃について書かれていても、“脱出”の件については一切触れられていなかったから……全員、逃げられる手もあると思っていたのよ」
「に、逃げるなんてダメダメ!! 王都を放棄なんてしたら、この国の中枢が揺らぐことになるのよ!? そ、そもそも、そんなことを許したら、聯盟騎士団の立場がないじゃない!!」
だからこそ。だからこそ、聯盟騎士団との結束を考えるまでに、時間を要してしまった。
王都防衛の要である聯盟騎士団が、王都を放棄するのを由とはしないことは目に視えていた。彼らは戦争屋だ。金をもらって剣を振るのだから、その権利を主張するのは当然。
そのことを踏まえ、敢えて情報共有を行わずに動いた。彼らには内密で王を抱え、王都外に逃げる手はずも考えていたからだ。人死になんて、出したくはない。
内心、ヴェルナは舌打ちをする。
王都に着いた後、衰弱しきっていた私が寝込んでいたのが一日。この預言書の内容を、王都内の権力者と王に納得させるのに一日。急ピッチで冒険者たちをまとめ上げて、黒霞の解析に乗り出すまでに一日……黒霞解析の危険性が判明した今、騎士団との融和策を考えて、王都防衛に走るのが最適解。
最適解。最適解だとわかっているのに――もっと上手くやれたんじゃないかと、後悔ばかりが頭を過ぎる。
「時間がない。だからこそ、仲違いなんてしたくないの。そちら側からしたら面白くないかもしれないけれど、預言書提供の功労者として、作戦の立案を私たちに任せて欲しい」
「え、えぇ、任せるわ。さ、さすがに、アルコールで鈍った頭でもわかる。冒険者だの騎士団だの、立場にこだわってる場合じゃないわよねぇ。
で、どうするの?」
「騎士団には、王都内の本屋を巡って、この預言書の新刊を捜索して欲しい」
ヴェルナの提案に、シアは大袈裟な身振りで応える。
「え、えぇ!? ちょ、ちょっと!! 普通は騎士団が防衛準備を執り行って――」
「あーた、『任せるわ』と言ったじゃないですか。
はい、言質。はい、論破。はい、阿呆」
シアとトマリは、真顔で見つめ合い――無言で、互いにタックルを仕掛ける。
「はいはい、お願いだから、殴り合いは後にしてね。
私たち冒険者は、王都内の地理にも事情にも策謀にも精通してない。本来の発売日よりも前倒しして、入荷されているかもしれない新刊を探すに当たって、権威ある聯盟騎士団の名が役に立つのよ」
「で、でもでもぉ……ら、ライトノベルなんて探してる場合? まずは協力して、目の前の危機に備えるべきじゃない?」
「暫定対策にリソース百パー振ってたら、間違いなく詰むって仰ってんだよ? 預言書の有用性わかる? 言葉の意味、おわかり? 子宮の中から、ママの言語でやり直す?」
「おぎゃあおぎゃあ(殺す)!!」
この人たち、本当に仲悪いわね……武人と学者なんて、正反対で水と油だから、なにかと気に障るのはわかるけども。
「もちろん、素人の冒険者に、防衛戦の準備なんて任せられないのはわかる。だからこそ、そちらから、数人の助言者をよこしてもらって構わないわ」
つまりは、聯盟騎士団による監視を許容するということだが……そこまで勘ぐっていたら、戦おうにも戦えない。
「ヴェルナさんに可能な、最大限の譲歩ですよ。コレでもまだ文句を飲み込めないなら、一生離乳食でも食っててくださいよ。
おわかりでちゅかぁ~? ばぶばぶぅ~?」
トマリにチョップを食らわせると、彼女はうずくまって痛みに悶える。
「……わかった。選出のために、少し相談させて」
念話石を通した、数十分の談合が続き……評議室の中に、控えめなノックの音が響き渡った。
「来たみたい! 入って~!!」
扉を開けて、入ってきたのは――
「どーも、助言者のアーサーです。家名はないから、ただのアーサー。よろしくお願いしまーす!!」
「副助言者のガラハッドじゃ。ハゲてないからただのガラハッド。よろしく頼むわい」
なぜか、嫌な感じのする二人組だった。