最近、王都でスライムスイミングってのが流行ってるらしいよ
Aランク冒険者である『オージス・ナプタ』は、パーティーを組まなかったからこそ、自身の実力に絶対的な自信を抱いていた。
抱いていたからこそ――
「どうした? もう終わりなのか?」
目の前の〝アーサー〟と名乗った男に、全身全霊で放った己の斬撃が通用していないことに驚きを隠せなかった。
金と黒の髪をもった青年は、装飾過多な剣を抜き放ち、つまらなそうに自分の頭に突き刺して欠伸をした。
その光景を視たオージスは、息を詰まらせて、驚愕から後ずさりをする。
「悪いな。こうしないと、欠伸が出ない体質なんだよね」
「な、なぜ、死なない!?」
戦斧を両手で握り締め、戦慄いた大柄のオージスは、目の前の華奢な若造に追い込まれていくのを実感していた。
「いや、死んでる。死んでるが、死に続けてるだけだ」
「な、何を言っている!? お前はなんなんだ!?」
「アーサー。家名はないから、ただのアーサーだ。
よろしくな」
人畜無害そうな顔つきで、彼は右手をオージスへと伸ばしながら笑顔で歩み寄る。
彼との距離が近づく度に、オージスは恐怖で雁字搦めにされ、悪夢の中で走っている時のように、動かない両足を懸命に動かして背後へと逃げようとする。
「Aランクは、お前みたいに全員弱いのかな? それとも、その中でも、お前は一番弱いのかな? なぁ、教えてくれよ」
「うわっ、うわぁ!!」
オージスの戦斧が、空気を凪ぐようにして振るわれ――目の前の青年は四つに分割されて、何事もなかったかのように元通りになる。
「悪いが、触らせてくれ」
袖から突き出たアーサーの右手は、後光のように神々しく光り輝き、オージスはそれが膨大な魔力で形成された〝死〟であることを看破した。
そして、指先が触れ――牛のような体躯をしたオージスの全身から力が抜け落ち、絶命した彼は夢見心地の表情でぽかんと空を見上げる。
「アーサー」
昼間のルポールの街、喧騒が広がる表通りから少し離れた路地で、白昼堂々と殺害を行った彼に、全身を〝細切れになった紙〟で覆い隠した小柄な少女が話しかけた。
「おかえりなさい」
「よう、トリスたん。元気にしてた? 相変わらず、ファッションセンスがどうかしてるなお前」
「ファッションじゃない。れっきとした、神秘装束。
今度、トリスたんって呼んだら、ぶん殴るからね」
さもどうでもいいかのように、アーサーは聖剣の柄を弄くり回して、足元にある屍体を見下げる。
「で、密偵に使った俺人形は、死んだのか?」
「死んだ。フィオール・エウラシアンに真っ二つにされて。やばいよ、あの子。ユウリ・アルシフォンに命じられれば、即座に王の首さえ刎ねるでしょーね。
ユウリ・アルシフォンは〝黒〟。真っ黒。計画の全容を知ってるどころか、アナタをリーダーとまで言い当てた。化物だよ、アレ。間違いなく、神託の巫女が中に入ってる。どこから情報を入手してるのか、検討さえつかないもん」
アーサーは、当然だと言わんばかりに鼻を鳴らす。
「たりめーよ。俺とのタイマンで勝った男だぞ? 円卓の血族、七人の心をへし折って、引退にまで追い込んだ強者だ。
間違いなく、英雄の血筋だろうな」
「なにが円卓の血族なんだか……私たち以外は、場の空気に流された騎士共でしょ」
どこか自慢するかのような彼に対して、少女は呆れたかのように嘆息を吐いた。
「アナタ、聖剣もってなかったでしょーが。聖剣もってないアーサーなんて、そこらの子供にも喧嘩で負けるよ」
「へへん!」
「褒めてない。で、その大男から、情報は抜き取れたの?」
地面に寝そべる大男に顔を向けた彼女をちらりと視た後、アーサーは壁に背を預けて苦笑する。
「所詮はただの街だな。少なくとも、このおデブちゃんが知ってる冒険者の程度は低い。俺一人でも、30分で制圧できる。
だが、この街には――」
「ユウリ・アルシフォンがいる」
アーサーは、頷いた。
「だから、計画は変更だ。ユウリ・アルシフォンという名のジョーカーに触れたくないなら、別の方法をとればいい」
誰からも好印象をもたれるであろう、爽やかな顔立ちをした青年は、満面の笑顔で楽しそうに言った。
「とりあえず、ルポールの住人全員、皆殺しにしよう。
ユウリ・アルシフォンには、暫く、あのパーティーで遊んでてもらう」
「了解、王様」
「そのあだ名、やめろ。〝アイツ〟を思い出す」
「……ねぇ、『ユウリ・アルシフォン』って、あの『悠里』を思い出さない?」
「ねーよ、バーカ。あのクソバカアホ野郎がどんな間抜けでも、神託の巫女と契約を結ぶわけがない。目の前で、末路を“視た”んだぞ」
高速で飛んできたナイフを指二本で受け止めた彼は、ソレをノールックで投げ返し、後をつけてきていた冒険者の息の根を止める。
「ユウリ・アルシフォンが、全てを知ってるなら、おふざけは終わりだ。
俺たちで、〝準備〟を始める。これ以上、時間をかけられない。アイツを救うためには、〝天秤〟が必要だ」
過去の思い出に縋るかのように、アーサーは自分の掌を見つめてから握り込む。
「……今度は、救ってやるよ」
紙切れの塊のように視える少女が、指で複雑な印を描くと、アーサーの目の前に歪んだ空間が現れる。
彼は、そこに、一歩踏み出し――
「噂通り、世界を救えるものなら救ってみろよ……英雄の血筋をもつ、ユウリ〝様〟」
少女と共に一瞬で消え去った。
「ユウリ先輩の両親って、なにやってる人? やっぱり、英雄か何か?」
ただの農民。
僕たちは、『大量発生した原生スライム』の討伐依頼を受け、ルポールの街の裏通りで、どす黒い色をした粘液体を無心でぶん殴っていた。
「う、うわぁ。ゆ、ユウリ様、たすけてー。食べられちゃいますよー」
そんな中、地面に転がったフィオールは、こちらをちらちらと視ながら、必死の形相で自分の身体にスライムをぶっかけていた。
「た、たすけてー」
え、なんなの? 新しい遊び? 全く危機感がないのに、なんで僕に助けを求めてくるんだろう?
「……きゃあ」
その様を凝視していたヴェルナが、急にすっ転んで、頭からスライムに突っ込む。
「た、たすけてー、ユウリ先輩、たすけてー」
美少女二人が、息継ぎをしながら、スライムに自ら捕食されにいく光景は奇妙を通り越して狂気的だ。正気な人間がやることとは思えない。
だとしたら、なにか理由が――僕の明晰な頭脳が、一瞬で答えを導き出し、思わず心中でニヤけてしまった。
コレ、王都で流行ってるんでしょ!?
僕は、一番大きなスライムに頭から突っ込んで、二人にアピールするかのように天高く伸ばした両足をバタバタと動かした。
「フィオ」
真剣な顔で、ヴェルナはささやく。
「説明して」
「……私にだって、わからないことくらいあります!」
心底、悔しそうな顔をしているフィオールは、こちらを視ながらブツブツとつぶやき、唐突に壁を殴りつけて「閃きが! 閃きが足りないのですよ!!」と大声を上げた。
王都の人たちって、変な遊び方するんだなぁ。コミュ障には理解できないや。
あ、コミュニティ能力! コミュニティ能力と言えば、アーサー君は!? フィオールに斬られたアーサー君はどうなったんだっけ!?
「……おい」
唐突に彼のことを思い出した僕は、スライムプールから上がって、ねちょねちょになっているお口を懸命に動かす。
「……アーサーはどうした?」
「はい?」
フィオールとヴェルナは、顔を見合わせて――
「誰ですか、それ?」
不思議そうな顔で言った。