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コミュ障冒険者、Sランクパーティーからお誘いを受ける

 開かれた大口は、地獄へと続く門を思わせた。

 

 胃の内燃機関で発生した業火は、目の前の人影を黒ずみへと変えるために、口中から吐き出され周囲を灼熱の地獄とする。

 

 火炎を吐いた主、劫炎の火竜(フレイムドラグーン)は、己の行った所業に満足するかのように口を閉じ、自身を待つ光り輝く財宝の山へと舞い戻ろうとして――この世に生を受けてから初めて、〝死神〟を見た。

 

 その死神は、人の形をとっていた。

 

 錆びて刃先は欠け、握り手には襤褸を纏っている雑な長剣ロングソード……焦げ茶色のローブを身に着けた男は、人間業とは思えない高さまで跳躍して、龍である彼に向け己の太刀を振り下ろした。

 

 一閃――赤龍の首は落ち、男は口元を覆うマスクを外す。


「……危なかった」

 

 彼は、ちらりと時間を確認して呟く。


「後、三分で、他のパーティーが来るところだった……通り過ぎる時に、会釈をするべきなのか、挨拶だけはしておくべきなのか……迷って、心臓が痛くなるからな……顔を合わせないように、裏ルートを通って帰ろうっと……」

 

 冒険者ギルドから〝Sランク〟指定を受けており、龍種すらたった一人で打倒する化物のような男は――人に会いたくないという理由だけで、気高い山頂から、垂直に走り下りていった。




「信じられません! 龍種の《赤》を、もう倒してしまったのですか!?」

 

 目の前の受付嬢さん(可愛い)は、僕が報告した瞬間にそう大声を上げて、冒険者ギルドの待合室に座っている冒険者たちがざわついた。


「……えぇ」

 

 正直、こういうのやめて欲しい。顔、赤くなるし、恥ずかしいだけで嬉しくないんだよな。早くお家に帰って、王都で話題の小説を読みたい。『Sランク冒険者に、求婚されてみた』、すごい面白いし。ヒロインのアーミラちゃん、ホント可愛いし。


「さ、さすがは、Sランク冒険者である『ユウリ・アルシフォン』様ですね。そのお手並みには、惚れ惚れとしてしまいます」


 しかも、主人公の姓が、僕と同じ『アルシフォン』!! もう運命感じちゃうよね!!


「…………」

 

 え、惚れ惚れとしてるって、惚れてるってこと? ホントに? デートとかしちゃいますか? 僕、休日とか、小説を読むくらいで、やること何もないんだよな。受付嬢さんとだったら、是非ともデートしたいな。勇気を出して、誘ってみようかな? なーんて、嘘。コミュ障には、女の子をデートに誘う勇気なんてないのだ。残念賞!


「ユウリ様は、自分の功績を決してひけらかしたりはしないのですね」

 

 うっとりとした表情で、受付嬢さんは僕を見つめて、視線恐怖症である僕が目線を逸らすと「あ……すみません……」と謝ってくる。


「ユウリ様は、私のような女性を傷つけないために、決して受け入れようとはしないのですよね。わかっています。それがユウリ様のお優しさだということも、何もかも、私にはわかっていますから。

 だから、私、迷惑になるようなこと……お食事に誘ったりなんてしませんから。安心して下さい」

 

 いや、誘ってよ! 受付嬢さんと食事行きたいよ! 大歓迎大歓迎! というか、なんで勘違いしてるの? 視線恐怖症だから目を逸しただけであって、受け入れないとかそういうのじゃないんだって!


「それで、ユウリ様。今までは、貴方様と実力が合致するパーティーがいないこともあって、敢えて孤高を貫いておられるようでしたが……実は、今回、ユウリ様宛てに新しいパーティー申請依頼が来ていまして」

 

 いや、コミュ障だから、パーティーを組めなかっただけだよ。本当は、一人で天災害獣モンスター討伐とか寂しかったよ。道中、喋り相手がいないせいで、精霊と語らうことを覚えちゃったよ。


「……申請?」

「はい、そうです。もちろん、Sランクのパーティーです。

 実は、今、ココに来ています」


 コレでも、僕は長年冒険者をやって来て、どの人が強くてどの人が弱いのかといった判断が一瞬でつくようになっている。この冒険者ギルドに足を踏み入れた瞬間から、〝一人〟の強者は見出しておいた。


「……入り口、隅のテーブル」

「さすが、ユウリ様……はぁ、かっこいい……」

 

 まじまじと僕を至近距離から見つめてくる受付嬢さんに対し、僕はそっと距離をとることで返事を返す。何時も、受付のカウンターから10メートルは離れているのは、僕のパーソナルスペースが極端に広いからである。


「し、失礼しました。それで、ユウリ様。貴方様と比べればただの雑魚だとは思いますが、一度、面接をしてみてはいかがでしょうか? 王都の方からの折り紙付きで『ユウリ・アルシフォンと同じパーティーだった』という触れ込みを欲しているようですよ」

「……はい」

 

 よし、帰ろう!


 面接? 無理無理! 正面から見られるだけでも吐き気がするのに、面と向かって喋れるわけないじゃん! 死ぬわ! 自宅で萌えるのが、僕の儚い望みなんだよね、うん。


「あ、あの」

 

 背後から声をかけられた瞬間、僕は一迅の風と化して、彼女の後ろをとっていた――正面から、目を合わせたくないからである。


「は、速い……ま、まるで視えなかった……コレがあの『ユウリ・アルシフォン』……何もかもが完璧な男……!」

 

 いや、コミュニケーション能力は底辺だよ。


「……なんだ?」

 

 基本的に受付嬢さんとしか会話しないので、僕の声は掠れていてドスが効いている。それを〝不機嫌〟の証だと受け取ったのか、後ろの女の子は最敬礼をして、泣きそうな声で叫んだ。


「ご、ご無礼、大変申し訳ありませんでした!! わ、わたしは、エウラシアン家の次女、『フィオール・エウラシアン』と申します!! ほ、本日は、滅多にお目にかかれないと噂のユウリ・アルシフォン様にお会いできて光栄です!!」

 

 人を全力で避けてるからね。レアモンスターみたいな扱い受けてるね、うん。


「あ、あの、ユウリ様」

 

 待って。今、深呼吸してるから。すごい注目が集まってるせいで、口の中が乾いちゃって、発声に支障が出ちゃいそうなんだよね。やっぱり、第一印象って大事だし、優しい冒険者の先輩として『やぁ、こんにちは! 僕はユウリ・アルシフォン! よろしくな!』みたいな気軽な挨拶をしよう。


「……あ、あの」

 

 よし、するぞ! 挨拶、するぞ!! ヤバい!! めちゃくちゃ、汗かいてきた!! 辛い!! 人と向かい合うの辛い!!


「そ、そうか……なるほど!」

 

 後ろにいる彼女は、ゆっくりとささやいた。


「今は、まだ、ユウリ様と語らうべき時ではないということですね……わかりました、出直します……必ず、戻ってきますから……!」

 

 僕の横を通っていこうとするフィオールに合わせて、僕はゆっくりと身体を回転させ、自分の背中を見せつけるようにする。


 コレが、コミュ障の見送り方だ。


 冒険者ギルドの扉が開いて閉まる音がして、僕はようやく普通に前を向くことができた。


「……帰ろ」


 もし、今度彼女と会ったら、ちゃんと向かい合って喋ろうと思った。

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