私の知らない世界
「お嬢ちゃん、あれが『ヒゾの森』だよ」
髭面のおじさんが私をよんだ。
今は、古びた馬車の中にいた。ゲーム開始して一時間位最初の村をブラブラしていたときだ。
それはピコ一ンと音を鳴らした。
一通の通知。
なんだろう?と恐る恐る内容を見た。
『明夏、初仕事調子どう?』
同じ課の先輩、明乃さんだ。
『明乃さん、もう仕事終わったんですか?』と私は返信する。
『何時だと思っているのよ』
そっか、もう九時頃…………一応、私は自宅にいるけど勤務中だからね。
自身を自己正当化し、勝手に納得した。
『ところでさ、今どの辺?』
先輩から新たな通知が来た。
『そうですね。始まりの村を散策中です』
そう、まだ一歩も出ていない。
おかげでダサい初期防具のままだ。
『何やってるのよ』
えっ⁉ どうして?
『職員が一般のプレイヤーと同じようにしてたら仕事終わんないわよ』
確かに…………
ずっと思っていた事だった。
このまま普通にレベル上げをしていって最終ボスがいる『ヒゾの森』まで辿り着くのはのはとても長く、辛い。
『設定のIDパスワ一ドってあるでしょう。そこで職員コ一ドを入力すれば目的地にすぐに飛んでいけるわ。因みに、装備だって好きなの物にカスタマイズ出来るんだからっ』
それを早く言ってほしかった。というか先に言ってよ、パパ。
明乃さんのアドバイス通りにしてみた。
すると、大きな地図が目の前に現れた。
「最終ボスがいるくらいだから、『ヒゾの森』ってもっと恐ろしい所かと思ってたのに案外明るい配色で描かれてる」
私はその場所をタップする。
そうすると、地図上に『しばらくお待ちください』の文字が出た。
これぞ職員権限。
私は、もうキャンペーンの終了している露出多めを選択した。
丈の短いパンツ、ショートブ一ツにへそだしTシャツ。
せっかくスタイルの良いキャラ設定をした。
だからやっぱり魅力を出すべき。
それに、少しスリーサイズを理想に近づけたし一一一一飽くまで少しだけね。
私は待ち時間を一人ファッションショーで存分楽しんだ。
わぁ一一一一、綺麗‼ なんてはしゃいでいる時、一つの乗り物が背後から来る。
それは、とても大きな音をたてていた。
これって、『ヒゾの森』まで連れてってくれる乗り物よね。
私は一人で飛行機かな、それともドラゴンとか…………などと期待を膨らませていた。
だが、それは期待を遥かに超えた物だ。
古びた馬車。
明乃さん、飛ぶって言ってたじゃん。
空飛ぶ系にしてよ、私のロマンを返せ一!
空を舞えるような素振りは全くない。
今にも壊れそうだ。
馬も老いているし、馬使いもどこにでもいそうな髭面のおじさん。
「おう、はよ乗らんかい」
喧しいわ。
私は、笑顔満点のおじさんと鼻息の荒い馬にガンを飛ばす。
もう心折れそう。
渋々と乗り込む。
ギシギシと軋む音が聞こえる。
時は戻り、現在私は『ヒゾの森』が見える位置まで来ていた。
軋み、揺れ動き、今にも壊れそうな馬車。
鼻から煙が出そうなくらいの息の荒い馬。
口笛と鼻歌を交互に使い分けるおじさん。
見れば見るほど、理想から遠のく。
現実を受け入れられずにいる私は一つため息をつく。
その時一一一一
ゴ一一一一ッと突風が馬車を襲った。
ナニ!? 何が起きたの?
その風は『ヒゾの森』からだった。
木々は激しく揺れ、鳥の集団がいっせいに飛び立っていく。
馬車を引っ張っていた老馬も驚いて前足をバタつかせる。
馬をなだめる髭面のおじさんが一言いった。
「こりゃあ、青嵐の剣士様が大暴れしとるな」
一一一一青嵐の…………剣士?……。
全く聞き覚えのない人物だった。
「おじさん、それ誰?」
「青嵐の剣士の事か? ヒゾ森に住む最強の剣士様だよ。 ほら、森の奥で暴れてるのがそうだ。見てみな」
おじさんはヒゾの森のほぼ中心にあたる所を指差した。
しかし、いくら何でも距離がありすぎる。
ここからヒゾの森の奥を見ようとしても木々が邪魔で見れるはずがない。
「そんなこと言っても、見るなんて無理………!?」
私は驚愕した。
雷が一ヶ所に集中的に落ちていたのだ。
空を見上げるとヒゾの森の中心に雲が集まり黒雲を築く。
徐々に青い雷を帯び次々と地上に降り注ぐ。
ヒゾの森から少し離れたここでは、空は晴れ、ピクニックをするにはもってこいだ。
なのにどうしてあそこだけ!?
「おじさん、あそこに剣士がいるの?」
「おうよ、ちょうど今、戦闘中だろうさ」
さすがにあの中を行くのは不可能だ。
チ一ト能力一一一一職員権限でステータスの底上げはしているが、それでも自殺行為になるだろうと直感で分かる。
「ところで…………」
そんなとき、このおじさんは最悪な選択に進ませようとする。
「お前さん、クレーム解決しに来たんだろ、なら話は早い。 今こそ職員の出番だ」
髭のおじさんは馬の尻を勢い良く鞭打ち駆けさせる。
どんどん森に近づくにつれ、風力が強くなっていく。
馬車が壊れそうだ
私はしがみつくことしかできなかった。
おじさんと馬はイキイキとした顔で黒雲が立ち上る森を目掛けて走る。
だんだん危険度は増し、雷の衝撃までも伝わってきた。体が感電したかのような錯覚に陥る。
ビリビリきてるのではと疑うくらいだ。
聞いてないわよ。こんな怖い思い、どうしてしないといけないわけ。
帰りたい…………ふかふかのベッドに入りたい。
弱音を吐いている最中に更なる不幸が‼
「すまんが、お嬢ちゃん、これ以上近づけねぇ。悪いが一人で行ってくれ」
何でそうなるのよ。
すでに私は半泣き状態だ。
少し先には、本当に戦いが繰り広げられているのだろう。
雄叫びやら、叫び声やら、様々だ。
耳を済ませば、剣と剣の交わる音が一一一一しない。
聞こえるのは攻撃を受けたと分かる悲鳴と大きな雷鳴。
「逃げろ!」だの「殺される!」なんて言葉が飛び交う。
奥で一体何が起きているの?
無性にそんな疑問と興味が湧いた。
でも行きたくない。
なのにおじさんは、私の思いを無視するように馬車を旋回した。
引き返してくれるのではない。
旋回した勢いで私を馬車から放り出す為だ。
瞬く間に私は馬車の外へ。
私の体は木々の間を見事にすり抜けて行く。
さすが、おじさん。思わず拍手したくなる。
私は森の木にぶつかる事なく綺麗に着地した。
「後は頑張れよ。お嬢ちゃん」
そういうと、森の外に向けて進んでいった。
私はこれで事実上一人。
私の頭上にはとても大きな黒雲が立ち込めていた。