探偵Aへの依頼
「さぁ、座るがいい。今、コーヒーを入れてあげよう。菅原も飲んでいくだろう?」
蒼夜は立ち上がり、近くの食器棚からコーヒーカップを取りだした。
「いや、俺はいい。そろそろ俺も署長に目をつけられている。長居はできそうにない」
「だからこそだ。お前はもうあそこに戻らない方がいい。お前も少しは勘付いてるんだろう?あそこの胡散臭さに」
「あぁ、確かに胡散臭い。だが、胡散臭さならお前も負けてはないぞ」
「連れない奴め。後悔しても知らんぞ」
何を大げさな、と菅原実は笑う。すると菅原は私をソファに座らせた。そして軽く手をあげ菅原は「後は任せた。」と言い帰って行った。
最後の言葉は本気だったんだがな、と蒼夜は呟くように言った。
「君は砂糖とミルクはいるか?」
「ブラックで大丈夫です」
「その年でコーヒーの良さがわかるとは、なかなか」
感心したように蒼夜はお湯を注ぐ。
しばらくするとコーヒーを入れた蒼夜が2人分を持ってテーブルを挟んだ向かいのソファに腰をかけた。
「さぁ、君の分だ」
飲みたまえとコーヒーを差し出される。私は「いただきます。」といい、カップを持ちコーヒーを一口いれた。
「美味しい…」
思わず口に出ていた。それほど美味しかった。そう言えば昨日から何も口に入れてなかったことを思い出した。
「そうだろう、そうだろう。これまで味を理解してくれたのは君くらいだ」
蒼夜は頷きながら言った。よほど嬉しかったのだろう、蒼夜は上機嫌だ。
「ま、これは客を落ち着かせるために出しているものなんだが、よほど焦っていたのだろう。みんなよく味わってくれなくてね。君には必要は無さそうだったが、出して正解だったな」
ここに来る客はこのコーヒーを味わう余裕がないほど焦っている客が多いらしい。
「あなたはどんな依頼を受けているの?」
その質問に蒼夜は一瞬動きを止めた。コーヒーに向けていた視線を私に向ける。その視線は品定めをするように私を探るものだった。
「もう少し和やかな話をしようと思ったんだがね。君は別の意味で焦っているな?」
「質問を質問で返さないで。質問をしてるのは私。私がここに連れてこられたってことはあなたはただの探偵じゃないんでしょ?」
私の言葉に蒼夜は目を丸めた。そして、ハハハと笑う。
「あれを見た後でそこまで頭が回るとは大したものだ。いいだろう、答えてあげよう。」
蒼夜はコーヒーカップをテーブルに置き、改めて私と向き合った。少し前傾姿勢になり手を組み直し、目はこちらをまっすぐに見つめている。
「俺は化け物専門の探偵だ。まぁ、探偵なんていうのはお飾りだ。化け物に関わってしまった人物を日常に帰したり、化け物退治が俺の仕事だ。表向きは警察の代わりに対応しているということにしてるがね。」
「そんなこと私に話してもいいの?」
「君たち以外に話しても信じないだろう?実際に化け物を見た君たちしか信じない。だから大丈夫だ。」
「そう」
私は息するように短く言った。そして私は考えていた。警察は頼れない。私1人では到底できることではない。そう、奈緒を連れ戻すのは。だから私は、
「私はあなたに依頼するわ。奈緒を捜して出して」
この探偵を雇おうと思う。私の親友を連れ戻すために。そして知りたい。美奈子は私の敵か、味方か。どっちにしろ許さないんだけどね。
「それは君の友達か?残念だが、先に依頼を受けている、君を日常に帰すというな」
蒼夜はコーヒーカップに手を伸ばした。まるでお前の話は聞いてやれないと言っているようだった。
「私は頼んでない。奈緒がいなかったら帰られなくていい」
「君はそうでも俺がスポンサーに怒られんだよ。それに君は賢い。だからわかってはいるんだろう彼女の生死が…」
ガチャン、と音がなる。それは私の腕がテーブルを叩いた音だ。私は無言で蒼夜を睨む。
「絶望的であるということが」
それでも蒼夜は続けた。
わかっている。あんな化け物が夢ではないことも。そしてそれは奈緒が化け物に何をされているか、わからないということも。
「あなたが受けてくれないというなら私は」
私はテーブルの上の鉛筆立てに入っていたハサミを抜き出して刃を自分の首に当てる。蒼夜は驚いた表情を見せたが、すぐにため息を吐き無関心な表情に変わる。
「冷静に見えて、君も実は正気を失っていたか」
「お金はないけど、なんだってする。私の体も好きにしていい。だから私の依頼を受けて。」
「悪いが俺にそういう趣味はない」
「じゃあ、死ぬ。さようなら」
私は本気だ。だから本気で力を入れた。ハサミの刃が私の動脈に触れる。どうせ死ぬんだったら奈緒と一緒に入ればよかった、そんなことを考えていた。
しかし、いつまで経っても動脈は吹き出さなかった。身を乗り出した蒼夜の左手によってハサミの刃が掴まれていたのだ。ハサミの刃は私の首に触れているが食い込みまではしてない。そして今気がついたが、蒼夜の左手は指先からおそらく腕までが包帯で包まれていた。蒼夜は長袖のワイシャツをきているので肩まで巻かれているかも知れないが。
「まったく、命は粗末にするもんじゃない」
蒼夜の左手の包帯の下から血が滲み出ていた。しかし、私は力を緩める気はない。
「私の依頼を受けて」
「……」
蒼夜は無言で睨む。
「……わかった。受けよう」
諦めたように蒼夜は目を伏せる。それを見て私も力を緩めた。
「君のような奴は初めてだよ。狂気の方向が違う」
「そう、お金は必ず用意するわ」
「別に報酬は期待していない。君に死なれたほうが困る」
蒼夜はハサミの刃を握った左手を開いたり、閉じたりしている。血は出ているが、これぐらいは大丈夫だと判断したようだ。
「さっそく俺は君のお友達を捜しに行く準備をさせてもらうが、君はおとなしく家に帰ってもらう。いいな?」
「いいえ、私も行くわ」
「はぁ?」
それはこれまで聞いた声で1番滑稽な声だった。蒼夜の顔は軽くひきつっている。自分が今どんな顔をしているのか気づいたのだろう、コホンと咳をすると、
「君はそれがどういうことか分かっているのか?それに君は顔が知られている」
「奈緒のいない日常なんていらない。それに印象を変えればなんとでもなる」
私は先ほどのハサミにもう一度力を入れる。それを見て蒼夜が再び警戒するが、それは杞憂だ。私はそのハサミを髪の毛に当てた。
バサリと私の髪を切る。背中にまで届いていた髪が首があたりまでの長さになる。
「これで眼鏡でもかければいいでしょ」
蒼夜はまた目を丸くしている。もういい加減にしてくれという諦めが目に見えるようだ。
そして蒼夜は呟くように言った。
「よくもこんなじゃじゃ馬を連れてきてくれたな菅原」
ため息まじりだったが、蒼夜の口角は少し上がっていた。