警察官Sは嘆く
俺は今、隣に女の子を助手席に乗せて山道を走っていた。目的地は町外れの外れ、もはやこの道の先に建物はあそこしかない。地元の人間でも知っているものは少ない場所だ。そこはまるで意図して隠されたかのような場所である。そんな場所に人を連れて行くのはこれが初めてではない。これまでに3度、人を連れて訪れている。もちろん、人攫いなどやましいことではない。俺は刑事だ。
何故、刑事が町外れの外れに人を連れていくのには理由がある。
その理由というのは、助手席に乗っている女の子が隣の漁村から逃げてきたからだ。彼女は俺たちの警察署に保護を求めてきた。「漁村から逃げてきた。あそこには魚人のような化け物がいる。」と言ってきたからだ。一般の警察署ならば、イタズラだと思い追い返すだろう。
しかし、そのような出来事がこれまでに3回うちの警察署では報告があった。さらに署長自らの圧力がかかったのだ。漁村への捜査や被害者保護は禁止され追い返すように指示された。
俺も化け物なんて信じてはいないが、隣の漁村に何かあるのではないかと疑念を募らせた。それに保護を求めて来た人たちは精神がとても不安定であり、放ってはおけなかった。
そこで俺は高校時代の友人で、探偵を生業とする人物に頼ることにした。名前は蒼夜透。彼なら警察に縛られることなく行動できる。それに彼はそういう事のプロだった。だから俺はこれまで逃げて来た人たちを彼に委ねている。これまでに彼は全員をすぐに家に返したそうだ。しかし、彼は全員にすぐに家を引っ越すようにと伝えた。彼のことだ、よほど懸念することがあるのだろう。
そうこうしていると、彼の探偵事務所に到着した。俺は車をすぐ前に止めてエンジンを切った。
「着きました。ここは自分が#最も信頼している友人がいます。彼ならあなたを保護してくれるはずだ。」
「信頼している…?」
どの言葉をかけても反応が薄かった彼女、≪佐々倉真帆≫は信頼という言葉に反応した。これまではただ遠くを見つめ心ここにあらず、という状態だった。
俺は思った。まずい地雷を踏んだ、と。
「…信頼ね、信頼。私が信じられるのはもう奈緒だけ。」
俺は彼女が大きく取り乱すと思っていたが、それは違ったようだ。しかし、彼女は呟くように言ったのは拒絶の言葉だった。それは彼女がこう言いたかったのだ。「誰も信ずるに値しない。」
警察官としての≪菅原実≫にこの言葉は胸に刺さった。だが、その評価は正しいものだった。警察は逃げて来た彼女を保護もせず、話も聞かない。あげくには探偵に丸投げときた。もし、自分がこの立場なら耐えられないだろう。
だが彼女は責めなかった。諦めていたのだ、頼ることを。そして彼女はこれまで連れてきた助けを求めてきた人達とは少し雰囲気が異なった。他の人達はみんな何かに怯え、あまり会話も出来なかった。
彼女は違う。どこか、割り切ったかのように冷静だ。その様子はどこかを見据えているかのようにも見えた。
「おい、蒼夜。さっき連絡を入れた彼女を連れてきた。」
事務所のドアを開けながら中に聞こえるように声に出す。中には来賓用のソファとテーブルが置かれており、左側には二階へ通ずる螺旋階段があった。そして、ソファとテーブルよりも奥にいかにもな机と椅子があり机の上にはコーヒーカップが置かれている。
そしてその椅子にある人物が腰掛けていた。
「ようこそ。我が探偵事務所へ。」
それは紛うことなき蒼夜透であった。