癖
五話目
大学のキャンパスの真ん中は、ちょっとした広いスペースになっている。芝生が植えてあるわけでも、ベンチが置いてあるわけでもないそこは、棟と棟の間の空き地というだけだ。固まった赤土がのっぺりと広がる中庭は、普段は人が突っ切るだけの場所に過ぎないのだが、今朝は違った。たくさんの人が足跡を残してあちこち地面にはいつくばっていた。一時間前に発見された、死体のせいだった。鍵を開けて周っていた警備員がたまたま見つけたのだという。
「なんでまた、あんなところで死んでたんだろうね」
私は黙って首を振った。
死んだのは身長が190センチある大男で、私と同じゼミの学生だった。明るくていい人だったけど、酔うと女の子にやたらと絡むし、その体格もあってか誰も止められなくなる。彼より40センチ近く小さい私はただおびえて固まるしかなかった。
「撲殺かあ。赤土に血って、なんだか不気味だね」
「……赤土じゃなくたって、不気味です」
にしても、この人誰だろう。野次馬は追い払うくせに、どうして警察の人は何も言わないのだろう?
そういう私の疑問が顔に出ていたらしい。彼は自己紹介してくれた。
「図書館にはあんまり来ないみたいだね。お、その顔は何か思い出してくれたのかな? そうだよ、私はただのしがない図書館司書さ」
また内心を読み取られた。動揺して、目頭に指をやりかけた。しまった、今はしてないんだった。
彼は右手をぐっと握りしめたり、ぱっと開いたりした。何かを考え込んでいるようだった。
「身長が190センチある男の頭を殴るなんて大変だよねえ。君なんか、ジャンプしても届かなそうだ」
大きなお世話だ。いつもの癖で、また目頭をちょんと触ってしまった。
「しかも、この空き地のど真ん中で。立ち止まるようなものはないし、歩いてるところを殴るにしてはちょっと標的が高い位置にありすぎる」
彼が話しているあいだ、三回も目頭を触ってしまった。そのたびに手を下したが、さすがにばれたか……?
ああもう、どうして家に置いてきてしまったんだろう!
彼は手の開閉を早めつつ、私にむかってもう片方の手の指を私に突き付けてきた。
「いや、彼は立ち止まったはずだ。脳天に一撃だったと聞いたし、だとすると……」
司書と名乗った男は私に、不思議そうに聞いた。
「君、さっきからやけに目頭に手をやるけど、普段はもしかして眼鏡かい?」
はっとした。また手をやったらしい。
「殺された彼は、背がとても高かったね。その脳天に何かたたきつけるためには、彼より高い位置にいないといけない。でも、目の前にそんな大きいのがいたらさすがに気が付くよね。彼は、その場にしゃがみこんだんじゃないかな。たとえば、コンタクトレンズを探してくれって頼まれたとか」
司書の目の中に、目頭に手を当てる私の姿が映った。ああ、またやってしまった。癖はどうにも治らない。