水槽
四話目
「死因は溺死みたいです」
「知ってました」
カチンとくる。教えろって言ったのはそっちだろ。
今朝、大学から少し離れた港から死体が上がった。死んでいたのは大学生で、警察がその学生の所属していた研究室を調べていた。
「で、あなたは死んだ彼の担当教授なんですよね」
「ええ、そうです」
わたしはちらちらと研究室の中を気にした。水槽を覗き込む刑事らしき人に、「研究中なんです。明日なら結果が出ますから、明日にしていただけませんか」とお願いする。彼は笑って「私は話を聞きに来ただけですよ」と言った。言い含めるようなその口調に、自分の表情が不自然であったかを疑った。
「生物学、でしたっけね」
さっきからわたしの側を離れようとしないこの男は、確か大学図書館の司書だったはずだ。どうしてこんなところにいるのだろう。
「そうですけど」
部屋の中には大きな水槽が三つある。その中にはたっぷり水が入っていて、目には見えない大きさのプランクトンがおびただしい数生息している。
「さっき耳にしたんですが、死んだ学生の肺には大学の脇にある湖の水が入っていたらしいですよ」
思わずどきりとする。変な顔になってはいないだろうか。司書の男は手をグー、パー、にしたり、んんー、と鼻歌のような音を出していた。
「おかしいですよね。海で死んでたのに、肺の中には湖の水。本当に死んだのは、湖だったということでしょうか」
湖、というか、アレは貯水池で、自然にできたものではない。しかしわざわざ訂正することもないだろう。
わたしは少し余裕ができた。一回か二回話をしたことがあるだけだったが、知り合いが近くにいて心強くなったのかもしれない。
「どうなんでしょうね」
「ところで、死んだ彼は成績はどうだったんですか?」
わたしは真実を話した。
「院に進みたがっていましたね。どうしてもこの学校で続けたい研究があったそうです」
「で、進めそうでしたか?」
答えに詰まる。まさか、その研究のことで彼ともめたことなど話せるわけがない。
「え、ええ、何とか」
「どんな研究ですか?」
話したくないことを問われていらいらする。放っておいてほしい。
「一言じゃ言えませんよ。どうしてそんなことを気にするんです? あなた、司書の癖に何様のつもりですか?」
彼は手を相変わらずグー、パー、としている。彼は水槽から目を離さずに言った。
「もしかして、学校の前の湖の研究じゃないですか?」
「し、司書っていうのは、つまらないことに首を突っ込むのが仕事なんですか?」
「だとしたら、その水槽の中は湖の水なわけだ」
思わず振り返る。大きな水槽。濁った水の中にいる、小さな命たち。
「もし水槽の中に頭を入れられて、水を飲んだら、湖の水で溺死したことになりますよね」
「さ、さあ……」
「そのまま海に捨てられたらどうでしょう。警察はこう考えるはずです。『死体は海に捨てられていたが、もしかしたら本当は湖で殺されたのかもしれない』と。『海か湖か』という問題に焦点を当てさせるための行動だったんじゃないですかね」
荒い息が、誰のものかわからなかった。もしかして、これは、わたしの息か?
まるで水の中のように、苦しい。酸素が足りない。
「先生、水槽の中、調べさせてもらってもいいですよね?」