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傘色3years  作者: kotorino
第一章<四色の物語>
6/11

05:写真

***




「やったああ!」


 入学式の朝、1人の少女の叫び声が響いた。

 その場にいた者が反射的に振り返ると、そこには白いパーカーを着た叫び声の主―――希野空姫と、彼女のルームメイト達がいた。

 高等部の女子制服は本来、ヒダが灰色と桃色のスカート、そして金ボタンの灰色のブレザーを身に付けなければならない。胸元のリボンには、学園のマークである傘の刺繍がされている。アンブレラ学園の制服はフリルが多いのが特徴で、華やかな制服だ。

 しかし空姫はブレザーの代わりにパーカーを着て、明らかな校則違反をしていた。


「やったよ! みんなクラス一緒だよ!」


 校則など御構い無しの少女は、新しいクラスの紙が貼られている掲示板を指差しながら、先程よりも少し声のボリュームを下げ、さぞ嬉しそうに笑う。

 ルームメイトの他の3人も掲示板を確認すると、確かに同じ欄に全員の名前が記されていた。


「ほんとだ。4人とも1年A組だね!」


 由宇のテンションも一気に高まるが、契斗は若干不満げに息を吐いた。


「ソラと由宇と一緒にいると目立つんだよな。オレは空気でいたいのによ……。せめて高校は大人しくしろって言いたいとこだけど、お前らなんで初日から服装そんな自由なんだよ。……もうだめだ」


 空姫の白いパーカーと、由宇の青いトレーナーは、自然と人の目が集まる。

 中学生の頃から、契斗は何もせずとも、有名な2人のルームメイトというだけで名が広まっていた。


「だってブレザー動きにくいし、フリル多すぎだし……」


「うんうん。男子のブレザーにはさすがにレース付いてないけど、俺青が好きだしぃ」


 悪びれもなくケロっと答える少女達に、契斗は頭を抱える。


「まぁ今更お前達が優等生になるなんて、学園の誰一人として思っちゃいねーだろうけどよ……」


 ほとんどの生徒はエスカレーター式で中等部から高等部に上がるため、実際あまり環境は変わらない。

 例年と大きく違うことといえば、今年度からは愛がいるということだ。


「……愛は、あんな風になっちゃだめだぞ」


「え? あ、はい……?」


 少女は不思議そうに首を傾げているが、理解していないままコクンと頷いた。

 刹那。


「コラー! ソラ、由宇、あんた達なんでブレザー着てないのよ!?」


 突然、遠くから女性の怒鳴り声が響いた。

 呼ばれた本人達はビクリと肩を跳ね上げ、契斗の後ろに隠れた。そして由宇が控えめにぼそりと呟く。


「カ、カオルちゃん……。さすが親子なだけあって、契斗と似たようなこと言うんだね」


 声の主は、アンブレラ学園の理事長である九路瀬カオルだった。契斗の実の母親で、空姫や由宇とも付き合いが長い。


「登校時間中は理事長って呼びなさいって、いつも言ってるでしょう。あと契斗、あんたネクタイ曲がってるわよ、だらしない。それに比べて、愛。貴方は今日も可愛いわねえー」


 空姫と由宇にチョップを落とし、息子の着衣を直してから、愛の頬を優しく突っついた。嫌な顔一つせずに、愛はほわほわと微笑んだ。


「んもう、なにこの可愛い生き物。契斗もこのくらいのプリティーさが欲しいわ」


「いや、オレがほっぺツンツンされてニコニコしてたら気持ち悪いだろ」


「うん。きもい」


「一人息子になんてこと言うんだよ! それでも母親か!」


 喧嘩するほど仲の良い親子を見て、愛はまたふふっと笑った。彼女の親は既に他界し、これからの始まる式にも、1人も身内は来ない。

 それでも、寂しさに溺れないのは、間違いなくルームメイトや気遣ってくれるカオルがいてくれるからだろう。


「さーってと、愛。式に遅れちゃうから、そろそろ行こ? んで、終わったら4人で約束してた写真を撮ろーう!」


 空姫はるんるんと鼻歌を歌いながら、愛の背中を押していく。男子2人も、後ろに続いて会場に向かった。

 楽しそうな後ろ姿を見送るカオルの眼差しは、誰よりも暖かく、そして安心したように顔の筋肉が緩んでいた。


「もうあんなに仲良くなれたのね、愛。うん、やっぱり若者は元気が1番! 三年間、存分に謳歌しなさい」


 そう独り言を溢してから、カオルも学園長である夫の元へと足を進めた。

 ふわり、私立アンブレラ学園に、爽やかな春風が吹く。




***




「あー、学園長話長かったー。ねぇ契斗、自分の父親なんだから、挨拶長すぎだって注意してよ。このままじゃ、俺のお尻がいつかペチャンコになっちゃうじゃん」


「オレだって昔から言ってるけど、効果ないんだよ。てか由宇のケツ事情なんか知るか」


 長い入学式と始業式が終わり、生徒達に本日の予定はもう無い。

 それぞれ寮に戻ったり、式を見に来ていた保護者と過ごす中、208号室の四人は中庭で休憩していた。由宇はごろりと芝生に寝転がり、契斗に文句を投げる。


「あーもうお尻痛いよー。契斗のせいだ」


「なんでだよ! まったくこいつは……」


 新品の制服だろうがお構いなく外で横になり、まるで子猫のように落ち着きがない由宇。

 契斗と空姫は呆れた顔をしつつも、起こそうとはしなかった。

 しかし、突如何者かによって由宇の腕が引っ張られ、身体が浮く。気づいた時には、しっかりと二本の足で立たされていた。


「おいコラ、由宇。村咲家の人間でもあろう奴が、何こんな所で寝そべってんだ」


「あれ、紫苑(しおん)……。やっぱ来てたの?」


 紫苑と呼ばれた長身の男は、掴んでいた由宇の腕を離し、「まあな」と短く答えた。

 突然の来訪者だが、愛のルームメイト達は騒ぐどころか、その青年を歓迎しているようだった。


「紫苑! 中学の卒業式ぶりかな? 相変わらず、マメによく来るわねー」


「よぉソラ。由宇が全然家に帰ってこないから、こっちから行くしかないだろ」


 和気藹々と話す空姫と紫苑。

 契斗とも顔見知りのようで、友人に会った時のような挨拶を交わす。

 由宇を見に来たということは、紫苑は7歳ほど上の兄だとも考えられるが、容姿に共通点が見当たらない。

 どうにか1つに束ねられる程度の長さをした黒髪で、瞳はルビーのように赤く、由宇のそれとは違う。目の形もキリリとしていて、どちらかといえば契斗に似ていた。


「ん? なんか見ない顔がいるな」


 紫苑はそう言って、初対面の愛をじっと見つめる。

 彼女は反射的に一歩後ろに下がってしまったが、少なくとも友人の知人であることは間違いない。失礼がないように、深々とお辞儀をした。


「こここんにちは! 今年度から由宇くん達のルームメイトになりました、明橋と申します」


「へえ、208号室に新入りが入ったのか。どこのお嬢様か知らないけど、由宇が世話になってるな。―――俺は村咲家の使用人で、こいつの側近の咲屋紫苑さくや しおん。よろしくな」


 ピアスが光り、一見怖そうにも見える紫苑だが、愛に対する物言いは優しい。


「い、いえ! 私は断じてお金持ちではないので、お嬢様だなんてとんでもない……。それよりも咲屋さんは、由宇くんの使用人さんだったのですか」


「ああ。由宇の両親は忙しいし、兄貴も跡取りだから多忙だしってことで、式とかイベントは俺が来ているんだよ。村咲家が代々受け継ぐ病院は、休みもまともに無いしな」


「わあ、ご実家は病院経営をしてらっしゃるんですね。それでは由宇くんもいつか、お医者さんに……」


「ならないよ」


 由宇はぴしゃりと否定し、余計なことを話すなとばかりに使用人を睨む。紫苑は適当に謝罪をしてその場をおさめた。

 その様子を見た愛は、深入りすることを止め、再び質問することはなかった。

 なんとなく気まずい雰囲気が流れる中、空姫が思い出したかのように、紫苑に話題を振る。


「……あ、そうだ紫苑。あたし達の写真撮ってくれる?」


「写真? 自分の使用人じゃないのに、遠慮なく俺を使うなソラは……。いいぜ、一眼レフ持ってきたし」


 おもむろに鞄からカメラを取り出し、四人を並ばせる。

 先程は一瞬不機嫌そうだった由宇も元通りになっていて、いつもの笑顔で空姫に抱きついた。


「わ、くっつかないでよ、バカ由宇。癖毛がうつる」


「失礼な! どうせなら仲睦まじい写真残したいじゃーん? ほらほら、契斗と愛ちゃんももっとくっついて」


 左から契斗、愛、空姫、由宇と並んだ。写真が苦手な契斗は照れながらも、それを悟られないように平然を装うのに必死だ。

 慣れた手つきで一眼レフを操作し、紫苑がレンズ越しに四人を眺める。


———でっかくなったなあ。


 呑気に主の成長に関心しながら、紫苑はふっと口角を上げる。

 同時に幼いころの由宇を思い出すが、怒られる前に再び記憶にしまう。


「……おーい契斗、お前もうちょっとナチュラルな微笑みしてくれや。ロボットみたいだぞ」


「これが限界なんだよ!」


 うまく表情をつくれず、毎回ぎこちない顔になる少年は、今回も仏頂面な仕上がりになるだろう。

 自覚はしていても解決法は浮かばず、とりあえずピースサインだけしておこうと思った時だった。


「ドーン!」


「きゃっ」


 不意に由宇が隣にいた空姫を思い切り押し、ドミノ倒しの要領で愛もよろける。当然最終的には契斗の方向に流れるわけで、咄嗟に愛を庇うように腕を広げた。

 パシャリ。紫苑の持つカメラから音が鳴ると、3人分の体重が契斗にかかり、彼を下敷きにして皆崩れた。


「くくっ、いい写真が撮れたぜ。契斗のこの顔、最高」


 自分の主が空姫に殴られているが無視し、画像を確認した紫苑が、不敵ににやけた。

 その画像データには、小さな子供のような顔をした由宇に押され、なんとかバランスを立て直そうと必死な空姫。そして、更に押された愛と契斗の目が、丁度合った場面が保存されていた。契斗はこれから起こる雪崩を一瞬で察知したようで、口を大きく開けている。


「じゃ、俺は用済んだし帰るから。写真は現像して、後日送っとく。明日から授業も始まるんだろ? ちゃんとみんな、服の汚れとっとけよー。寮には使用人なんかいないんだから、勿論自分達でな」


「ちょ、紫苑! せめてこの状況どうにかしてから帰ってよ。……ブッ、重さと愛ちゃんの近さにやられて、契斗がしんでる。あっははは」


「馬鹿言ってる暇あったら退きなさい、由宇! セクハラで訴えるわよ。……愛、ごめん大丈夫?」


「ふ、ふぁい……私は大丈夫です。それよりも契斗く……契斗くん!? わあ、大変です! 顔が青くなったり赤くなったりしてます!」


 既に紫苑は帰り、やっとのことで由宇と空姫は立ち上がる。

 混乱した愛は起き上がることも忘れ、契斗の上に倒れこんだまま、彼をゆさゆさゆさぶる。


「契斗くん、しっかりしてください……!」


「うーん……。って顔近! ぐはっ……」


 ただでさえ身体が触れているというのに、少女の顔の近さがとどめとなって、少年は気絶した。女性に免疫のない彼にとっては、あまりに刺激が強かったのだろう。

 頬がタコのように赤くなったまま、ぴくりとも動かない。


「ははは、ほんっと最高に面白いなあ。まぁそのうち目覚めるっしょ。あと愛ちゃん、あんまり男にくっついちゃだめだよー? 契斗はヘタレだから気絶しちゃったけど、他の野郎だったら食べられちゃうかもよっ」


 爽快に注意する由宇の足を、空姫が力一杯踏みつける。そのまま、きょとんとする愛の手を引いて、寮のある方向へ足を進めた。


「え、待ってソラ帰るの!?」


「あたしは愛とご飯食べてるから、由宇は契斗が起きるまでそこで待機ね。付いてきたらぶっ飛ばす」


「えー! そんなあ。俺もご飯食べたいー」


 愛が喚く由宇を心配して振り返ると、ふと視界に校舎や澄んだ青空、制服姿の生徒達が談笑する光景などが視界に入る。

 本来ならば、自分はいるはずのない世界だった。


———本当に、私高校生になれたんだ。


 この時間を噛み締めれば噛みしめるほど、きゅんと溢れる幸せ。

 当たり前のように友人がいる現実が、どうしようもないくらい幸福に思え、愛は泣きたい程嬉しくなった。


———こんな日々が永遠に続きますように。


 そう願わずにはいられなかった。




***

-continue-

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