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布団の中はカオスです。

 修学旅行二日目、今日は京都の神社仏閣の見学が予定されていた。

 午前中に仁和寺から龍安寺、そして金閣寺の一帯、午後からは銀閣寺と清水寺を回る事になっている。

 正直なところ、高校生にとっては退屈そうなルートだと思われた。

 しかし実際に行ってみると見知らぬ土地の名所は興味深く、それなりに楽しめるところが多かった。


 見学はつつがなく行われ、最後の目的地である清水寺に到着。

 俺達は長い坂を登り、有名な清水の舞台を訪れた。

 飛び降りるには覚悟が必要だと言われているが、確かにその高さはなかなかのもので、これが木造建築だと思うとへりから地上を覗き込むのにも勇気が必要だった。


 清水の舞台のすぐそばには縁結びの神社があり、希望者には参拝する時間が与えられることになった。

 我が班の女子達はそれほど乗り気ではなかったのだが、何故か柳原が異常に興味を示して俺達を強引に誘ってくる。俺達は仕方なく柳原に付き合うことになった。


 縁結びの神社だけあって、入り口に大きなウサギの置物があったり可愛らしいお守りを売っていたり、客層をよく理解した雰囲気になっている。

 参拝客は当然女の子が多く、柳原と隣り合って歩いている俺は変な汗をかいてしまう。本当に恥ずかしいから、俺を巻き込むのは止めて欲しい。

 班の女子達は参拝の前にお守りや、おみくじを見るために別行動をしていた。

 俺は柳原に引きずられるようにして本殿の賽銭箱の前に立った。


 さすがに賽銭箱の前に立って何もしないというわけにはいかない。

 財布の中にちょうど五円玉があったのでそれを投げ込む。

 何となく手を合わせてみたが、何を願っていいのかがわからない。そうか、縁結びの神様だったよな。奏お嬢様と奈緒の顔が脳裏に浮かんでしまう。

 ……これは、どうしたらいいんだろう?


 考えがまとまらず、早々に目を開けて隣を見てみると、柳原が分厚い財布の中から一万円札を取り出し、賽銭箱へ投げ入れるところだった。

 俺は目玉が飛び出そうなくらいに目を見開いてしまった。


「待て待て待てっ、それをどうするつもりだっ!?」


「どうするって、賽銭箱に入れるに決まってるでしょ」


 こっ、この富裕層が。そうまでして縁を結びたい相手でもいるのだろうか?

 柳原の恋愛事情には一片の興味もなかったが、こんな場面を見たからには気になってしまう。

 俺は願い事をする柳原に注目した。

 真剣にお祈りをする柳原の口から『妹』『幼女』『お兄ちゃん』などのキーワードが洩れ聞こえてくる。

 何だ、いつもの柳原か。

 神様その一万円は汚れています。早く俺の手元に寄越してください、お願いします。


 参拝を終えた俺達に他校の生徒達が声をかけてきた。柄の悪い、いかにも不良学生という雰囲気の集団で、奇妙に着崩した学生服がはっきり言ってダサかった。

 先程から俺達の様子を見ていたらしく、お金を持っていそうな会話をしていたのが良くなかったようだ。とても友好的とは言えない態度で、馴れ馴れしく話しかけてくる。

 不良学生の集団は十人ほどのグループで、一番手前にいるひときわ体の大きなリーダー格らしい男が一同を代表するように俺達と対峙していた。

 縁結びの神社に不良が参拝に来ているのは噴飯ものなのだが、彼らのお目当ては別にあるのだろう。この神社には他校の女子生徒が多く集まっており、彼女達を物色するのが目的ではないかと思われる。

 女の子達からすると、参拝してお賽銭を払って、集まってくるのが柄の悪い不良学生では金を返せ!ってことになるのではないだろうか。


「なあなあ、神様だけじゃなく恵まれない俺達にも少し貸してくんねェかな?」


「いやあ、恵まれないって言っても借金まではないでしょ?俺んちなんて借金まみれだよ?」


 事実なのだが言ってて悲しくなってきた。辺りの様子を窺うと、隣にいたはずの柳原の姿がこつ然と消えていた。

 ……最初からあてにはしてないけどな。

 この場をどう切り抜けようかと考えていると、不良学生達の背後から遠慮がちな声がかけられた。


「どうしたんですか?会沢君」


 声をかけてきた諏訪部さんの後ろには奏お嬢様と奈緒の姿も見える。女子達が見物を終えて参拝に来てしまったようだ。

 不良達の集団から、ざわめく声やからかうような口笛がする。少しまずい事になるかもしれない。


 不良集団のリーダー格の男は女子達を見てニヤついたが、諏訪部さんの顔を確認すると一瞬で表情を凍り付かせた。

 慌てて直立不動の姿勢をとり、諏訪部さんに向かって深々と頭を下げる。


「たっ、大佐っ!お久しぶりでありますっ!!」


「あら、風間君じゃありませんか。偶然ですね」


「押忍!ご無沙汰しておりますっ!!」


「私のお友達に何か用事でもありましたか?」


「いえっ、そのっ」


「諏訪部さん、その人達、駅までの道が分からなくて聞いてきたんだよ。あの説明で分かった?」


「おっ、押忍!ありがとうございましたっ!!」


 風間君は俺に向かって完全に本気のお礼を言い残すと、早々に集団をまとめて去って行った。

 本来はとても礼儀正しい人なんだな、うん。

 どこからともなく現れた柳原が、不良学生達の背中に聞くに堪えない罵声を浴びせている。

 こいつには後で言いたいことが山ほどある。


「会沢君は本当に優しい人ですね」


「そ、そうかな?」


「ええ、皆が無事で本当に良かったです」


 穏やかに笑っている諏訪部さん。しかし、その背後に得体の知れないオーラが揺れているように見えるのは気のせいだろうか。

 さて、無事で良かったのは俺達のことなんだろうか、それとも……。俺は諏訪部さんが大佐と呼ばれていたことも含めて考えないことにした。


 旅館に帰った俺達は夕飯を済ませ、短い自由時間を満喫していた。

 自分たちの部屋で男だらけのトランプ大会に興じる俺達。いいじゃないか、楽しいんだから。

 そんな俺のケータイに魅惑の招待状が届いた。奏お嬢様から女子の部屋へ来ないかというお誘いのメールだった。

 決して他の男子達に気づかれてはいけない。俺は風呂に入るという独り言を何度も繰り返しながら部屋を抜け出した。


 踊りだしそうになる心を抑えながら女子の部屋へ。ここからは秘密のミッションだ。見回りの先生に俺が女子部屋にいることを気づかれるわけにはいかない。

 俺は細心の注意をはらって旅館の廊下を移動した。


 部屋にいたのは俺と同じ班の女子に加えて、意外な事に小宮山だった。


「何だ、お前も一緒だったのか?」


「……まあね、明日の相談もあったしさ」


 明日の自由行動の打ち合わせというわけか、こいつも熱心だな。

 俺達と同じく四人部屋だったが、小宮山が泊まっているのは別の部屋のようだ。

 この部屋は奏お嬢様と奈緒と諏訪部さん、それとあと一人クラスメイトが泊まっているのだが、その子は他の男子の部屋へ遊びに行っているらしい。


 奏お嬢様と奈緒が間にスペースを空けてくれたので、俺はその場所に座った。

 小宮山は修学旅行のしおりになにやら予定を書き込んでいる。


「お前さ、学校の勉強もそれくらい真面目にやったらどうだ?」


「うっさいわね、ちょっと黙ってて」


 小宮山があまりにも真剣なのでからかってしまった。

 奈緒がそんな俺達をジトッとした目で眺めている。

 諏訪部さんが明日のおまかな予定を俺に説明してくれた。


「思ったよりも人数が多くなりそうなので、少しルートを変更しようと思うんです」


「ああ、諏訪部さんに任せるよ。それが一番上手くいくだろうし」


 ここで聞いた予定を小宮山が田代に伝えるという段取りになっているらしい。

 それは気合いも入るだろう。

 その時、隣の部屋から壁を三回叩く音がした。

 これは隣の部屋に見回りの先生のチェックが入ったことの符丁である。

 次はこの部屋に先生が訪れることになる。急いで隠れなければ。


 予想外に先生の行動は早かった、ふすまの向こうのドアが開く音がする。

 奈緒が機転を利かせて、敷いてあった布団を俺にかぶせてくれる。

 間一髪、俺は布団の下に隠れることができたのだが……。


 布団の中で、俺は誰かの浴衣のすそに頭を突っ込んでいた。太股の間に頭が挟まっているのだ。滑らかな内股の感触を顔面に感じる。

 その誰かさんは上半身が布団の外に出ている状態で、外からはちょうどこたつに入っているように見えるだろう。


 その上、誰かが一緒に布団の中に巻き込まれて、俺の右手が浴衣の懐の中に入ってしまっている。俺は感触を確かめて、それが小宮山であることを確信した。奴は顔は綺麗なのだが、お胸が残念な女の子なのだ。


「おーい、大人しくしてるかあ?」


 三十四歳、新婚の担任教師がふすまを開けて声をかけてくる。

 ただでさえ、同じ布団の中に三人が入っている不自然な状態なのだ、下手に動いたりするとすぐにばれてしまうだろう。なので、右手はあえて浴衣の中に入れたままにしておく。うん、理に適っている。


「ああ、先生、お疲れ様です」


「先生、ノックくらいしてください」


 諏訪部さんと奈緒がごく自然に対応している。


「若宮、その布団どうした?」


「え?ええ、少し肌寒くて……何枚か使わせてもらってるんです」


 ……どうやら俺は奏お嬢様の浴衣の中に頭を突っ込んでいるようだ。

 大きく盛り上がっている布団の言い訳は苦しいものだったが、言ってしまったからにはそれで通すしかなかった。

 俺は太股の主に遠慮して呼吸を浅く静かにしていたのだが、さすがに息苦しくなってきたので、酸素を求めて何度か深呼吸をした。


「ふひゃぁあああああ!?」


 突然、奏お嬢様が奇妙な声を上げた。内股に俺の息が吹きかかり、くすぐったかったようだ。俺は慌てて奏お嬢様の太股を噛んで、注意を促す。


「痛っ!?」


「……若宮、どうした?」


「いえいえ、何でもありません、ふふふ」


 奏お嬢様が抗議の意を込めて、俺の顔面を太股でギュウギュウと締め上げる。

 これ、罰になってるのか?こんな状況ご褒美以外の何物でもないぞ。

 顔面が圧迫され、奏お嬢様の内股に俺のよだれやら鼻水やらがまぶされてしまう。その感触に奏お嬢様の太股がビクリと反応した。


「まあいい、もうすぐ消灯時間だからな、寝る準備をしておくんだぞ」


 そう言い残して担任教師は部屋を出て行った。

 奈緒か諏訪部さんが壁を三回叩いて隣の部屋に見回りを伝える音がした。

 俺は布団の中で緊張感を解いた。

 危ない、危ない、京都に来てまで反省文なんて書きたくないからな。

 安心しているところを蹴飛ばされ、俺は布団の外へ転がり出た。


「っ痛てえな、何だよ、もう」


「……アキちゃんは、やっぱり恐ろしい変態さんです」


「あっ、会沢ぁ、あんたねぇ……」


 奏お嬢様と小宮山が顔を真っ赤にして怒りの表情を俺に向けている。

 若宮小宮山連合の誕生である。今の布団の中での一連の出来事を怒っているのだろう。

 しかし、俺の方にも言い分はある。

 思い返してみても、布団の中での行為はすべて意味のあるものだった。

 にもかかわらず、このままでは俺はクラスメイトにとんでもないセクハラ行為をした変態さんにされてしまうだろう。

 自分のプライドは自分で守らなくてはいけない。いまこそ翠ケ浜(みどりがはま)の謀将の真価を発揮するときだった。俺は自慢の頭脳をフル回転させた。


「待て待て、落ち着け、どうしたんだ?言いたいことがあるなら順番に言ってみろ」


「布団の中で私の太股を、かっ、噛んだじゃないですかあっ!?」


 隣の小宮山が半歩退いて、信じられない物を見るような目で俺を見た。ドン引きである。

 諏訪部さんと奈緒が俺の方を見ながら何やらヒソヒソと内緒話を始めている。


「気にしないでください、俺も気にしません。はい、次っ!」


「気にしてくださいっ!」


 よし、奏お嬢様への対応は完璧だ。

 問題は小宮山だ。どのような反応を見せるか予想できない。

 慎重かつ論理的な対応が必要になるだろう。俺の正当性を前面に押し出していくのだ。


「あんたっ、私の胸、もっ、揉んだでしょっ!?」


「まず、前提が間違っている。拾ったんだ」


「はあ!?」


「俺は暗い布団の中で、落ちていたおっぱいを拾ったんだ。拾った物は誰の物なのか確認するだろ?例えば財布を拾ったとしよう、失礼だとは思いながらも、中身を開けて誰の持ち物かを確認するのは当たり前のことじゃないか。それは厚意なんだ。同じように、俺は誰のおっぱいかを確認する必要があった。そして小宮山のおっぱいだと確信することができた。だから俺はおっぱいをお前に返したんだ。そして今、おっぱいはお前の手元にある。ああ、良かった。めでたし、めでたしだな」


「……あんたさぁ、絶対、頭おかしいでしょ」


「でも、安心してくれ、俺は一割の謝礼など受け取るつもりはないぞ。そこは感謝して欲しい」


「最初っから全部あたしのおっぱいだよっ!」


「まあまあ、そう怒るなよ。ライトビッチがお前の特徴じゃないか」


「誰がビッチかっ!?ってかライトビッチって何よ!?」


彰人あきと、胸が触りたいならそんな残念な胸じゃなくて、私のを触ったらいいのに」


 唐突に奈緒が会話に飛び込んできた。清水の舞台から受け身もとらずに飛び降りたような印象だった。控えめに言って大事故である。

 俺と小宮山はピタリと言い合いを止めて奈緒を見つめた。奏お嬢様と諏訪部さんも同様に注目している。

 奈緒は下唇を強く噛んで何かに耐えようとしていたが、こらえきれずに布団の中に潜ってしまった。


「この子、こんな子だったっけ?」


「急激にこんな子になったから、ああなってるんです」


 毒気を抜かれたように若宮小宮山連合がつぶやいた。

 唖然としたように奏お嬢様と顔を見合わせると、不意に小宮山が吹き出した。

 笑いの発作は徐々に大きくなり、今や小宮山は布団の上に寝転がり、身をよじって笑っている。何がおかしいのか大爆笑である。

 奏お嬢様が戸惑いながら小宮山に呼びかけた。


「こっ、小宮山さん?」


「はーあ、馬鹿みたいだねぇ」


「え?」


「あたしさぁ、あんた達のこと、ハッキリ言って大嫌いだった。若宮は澄ました顔でお高くとまってると思ってたし、弓月は冷たくって、いけ好かない奴だってずっと信じて疑わなかった」


「……」


「でもさぁ、相手のことを少し受け入れてみようと思えたら、案外全部いけちゃうもんなんだよねぇ。難しいのは最初の少しの段差だけ。それさえ乗り越えたら、こんなくだらないことでギャアギャア騒ぎ合って、親近感持ったり、意外な一面を見て少し好きになったりして」


「はい……」


「あの頃のあたしって、本当に馬鹿みたいだよねぇ」


「私も小宮山さんが大嫌いでしたよ、どうして何もしてないのに私に敵意をむき出しにするんだろうって」


「……うん」


「でも、今は嫌いじゃありません。だって、小宮山さんがどんな人なのか知ることができましたから」


「私は今もあなたのこと嫌いだわ」


 いつの間にか布団から顔を出していた奈緒がきっぱりと言った。

 小宮山は苦笑いを浮かべている。


「でも、あなたのこと、少しだけ受け入れてみてもいいと思ったわ。あなたを見習ってね」


 俺はその場の雰囲気を壊さないように、そっと部屋の外へ出た。

 凄いんだな女の子って。

 俺は感慨深い余韻を持って自分の部屋へ戻ろうとした。


「あんたさぁ、何どさくさ紛れに逃げようとしてんのよ」


「まだ話は終わってませんよ」


 小宮山と奏お嬢様が俺の襟首を掴んで引き戻した。完璧に論破されてしまったのが悔しくて、不当な拘束という暴挙に出たようだ。俺はあっさりと若宮小宮山連合の捕虜になってしまった。

 ちょっと、急に仲良くなりすぎなんじゃないですかね?

 修学旅行二日目の夜はとても長い夜になりそうだった。

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