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怒濤の配置転換です。

 新学期が始まって一週間が経った。

 俺は昼休みの教室で、奏お嬢様と弓月と一緒に昼食をとっていた。

 奏お嬢様も弓月もうつむき加減の暗い表情で黙々とお弁当を食べている。

 俺達三人は机を並べて座っているのだが、会話がまったく無かった。

 

 クラス内では俺がついにやらかしたという噂が流れていた。

 奏お嬢様と弓月に二股をかけて、それがバレてしまったという恐ろしい内容だった。

 それほど俺達三人の間が不自然に見えたのだろう。

 

 それにしても『ついにやらかした』とはどういうことなのだろうか?

 俺って、いつかはやらかすと思われていたのか。


 諏訪部さんが同席する時はまだマシなのだ。

 俺と諏訪部さんの会話に加わる形で、他の二人も話をする。

 しかし、今日は委員会の友達と一緒にお弁当を食べるからと、諏訪部さんは教室にいなかった。


「いやあ、九月と言ってもまだまだ暑いよな。まだ夏休みでもいいんじゃないかな?」


「……そうですね」


「……ええ」


 俺の果敢な話題振りも、二種類の生返事と圧倒的な沈黙に空しく流されてしまう。

 

 うん、これは無理!!


 こんな状態でも、二人とも気まずいからといって、別々に行動するようなことはなかった。

 意地でも張っているかのように、いつもと同じ行動をしようとする。

 それだけに異様さが目立つのだ。


 俺は二人の顔を見比べた。

 どちらも整った顔立ちではあるが、共通点は少ない。

 可愛いか綺麗かで言うと、奏お嬢様は目がくりっと大きな可愛いタイプで、弓月は涼やかな目と長いまつげで綺麗なタイプだ。

 どちらかというと対照的な二人だと言える。


 ……姉妹か。

 俺は今さらながらに信じられない思いだった。


 奏お嬢様のお父様、元若宮グループ会長に結婚話が持ち上がったとき、彼には付き合っている女性がいた。

 会長秘書をしていた女性で、その人が弓月のお母さんだった。

 結局、弓月のお母さんが身を引く形で、元会長は奏お嬢様のお母様と結婚した。

 しかし、まあ…いろいろあって、二人の娘が同時期に産まれたのだ。



 バイト旅行から帰った後も、俺は弓月から聞いたことが気になって仕方がなかった。

 何かにつけて事情を詳しく聞こうとするのだが、いつもはぐらかされた。


彰人あきとに知っておいてもらいたかっただけだから」


 それが弓月の言い分で、それ以上のことは聞くなということなのだろう。

 思えば、以前から奏お嬢様と弓月の関係は奇妙に感じることがあった。


 雇い主と使用人。

 ある時にはそれ以上に親密な関係にも見えたが、ある時には冷たい壁を作ったよそよそしい関係にも見えた。

 少なくとも俺の前では、二人とも血縁関係をうかがわせるような言動を一切しなかった。

 それは俺以外の人の前でもそうなのだろうか?

 例えば、華ちゃんは二人の関係を知っているのだろうか?

 確認したいとは思ったが、気安く口にできるような話題ではない。

 俺はしばらくの間、悶々とした日々を送った。


 あまり気は進まなかったのだが、俺はもう一人の当事者に確認することにした。

 夏休みの最終日のことだった。


「あの子、アキちゃんに話したんですか?」


 二人でベッドに横になっている時に話を切り出すと、奏お嬢様はベッドから飛び起き、信じられないものを見るような目で俺を見た。


「アキちゃんは、本当に不思議な人ですね」


「はあ、そうなんですか?」


「あの子から誰かにその話をするなんてこと、考えられないことですから」


「……」


「あの子がウチに来たのは、十二歳の頃。あの子のお母さんが亡くなって、その事をお父様に報告に来たんです。その頃からしっかりした子でした。今日来たのは父親の顔を見てみたかったからだ、自分は施設に入るから心配しないで欲しい。あの子はそう言ったんです」


「それは…弓月らしいというか、何と言うか」


「お父様は慌てて奈緒を引き止めました。この屋敷で一緒に暮らしてくれないかって。できれば戸籍上も娘として引き取りたかったみたいですけど」


「お嬢様は嫌じゃなかったんですか?その、突然…」


「私は妹がいるって聞かされて、ただ嬉しかった。ひとりっ子だったから姉妹がいたらいいのにと、ずっと思ってたから」


 そうか、そうだよな。

 大人には色々な事情があって、受け入れにくい理屈があっても、子供には関係がない。

 二人の姉妹には何の落ち度もないのだ。


「お母様がいたら私の感じ方も違ったんでしょうけどね。でも、私が幼い頃に家出してしまってるから」


 少し寂しそうな奏お嬢様の言葉。

 俺は何と言ったらいいのか分からなくて、曖昧に頷いた。


「奈緒は迷惑をかけたくないからと、断ったわ。でもお父様が納得しなかった。どうしても自分が引き取りたいって。そうしたら、キャサリンが言ってくれたんです。この屋敷でメイドとして雇ったらどうかって」


「また、あの人か…」


 あの妖怪はこの家の裏で、いろいろと暗躍しているようだった。


「お父様は奈緒をそばに置いて見守ることができる、奈緒は自分の力で暮らして行くことができる。二人はそれで妥協しました。その後も、お父様は奈緒を本当の娘に迎えたがっていたんですけど…」


 その前に亡くなってしまった。そういうことなんだろう。

 

「奈緒と私が姉妹だと知っているのは、この屋敷でも私とキャサリンだけです。あの子は絶対に誰にも言わないでほしいと、常々言っていましたから」


 やはり誰にでも話していい問題じゃないようだ。

 うっかり口にする事がないように気をつけなくては。


「それにしても…」


 奏お嬢様はベッドでうつ伏せになって、ジトッとした目で俺を見た。


「アキちゃんは本っ当に奈緒に信頼されてるんですねー。あの子、私とだってこの話はしたがらないんですよ」


「そうなんですか?」


「ええ、私と姉妹なのが嫌なんですかね?」


「いや、そんな事はないと思いますけど…」


「でも、良かった。私は奈緒ともっともーっと姉妹らしくしたいって思ってましたから。できれば、お姉さんって呼んで欲しいんです。いい機会だから奈緒とちゃんと話し合って、普通の姉妹になりたいです」


 奏お嬢様は嬉しそうにそう言っていた。

 その翌日の朝、奏お嬢様と弓月は大喧嘩した。


 俺が騒ぎを聞きつけて玄関ホールに向かうと、奏お嬢様がベソをかきながら外へ飛び出すところだった。

 機嫌が悪そうな弓月は、先に行ってくれと俺に言い残し自室に戻って行った。

 奏お嬢様はそのまま一人で登校し、俺と弓月も別々に登校した。

 新学期はそんな険悪な雰囲気で始まり、奏お嬢様と弓月の諍いは今も続いている。



 昼食後、トイレに向かう俺に柳原がついて来た。

 柳原はようやく柳原としての機能を取り戻したようだった。

 バイト旅行の後は抜け殻のような状態がしばらく続いていたのだ。


「ちょっとちょっと、会沢君、どうしちゃったの?二人に無茶なプレイを要求したんでしょ?駄目だよ、そういうのは徐々にやらないと」


 ……こいつは何を言っているのか?


「真面目な話、何とかしないとまずいんじゃないかな?みんなどう扱っていいのか分からないみたいだよ」


 確かに、こうして遠慮なく、この件を突いてくるのは柳原くらいのものだ。

 二人とも他の人と接している時は普段通りなのだが、二人が一緒になったり、お互いの話題が出ると態度が硬化する。

 これは、何かあったと思われても不思議ではない。


「まあ、ちょっと考えておくよ。お前は今まで通りにしていてくれ」


 柳原なら改めて言わなくても常に普段通りだろうが、一応そう頼んでおいた。


 俺は若宮邸に戻ると、キャサリンさんに相談する事にした。

 キャサリンさんは今の二人の状態をどこまで察しているのだろうか?

 あの人のことだから、俺よりも二人の心理状態や喧嘩の経緯などは理解しているかもしれない。

 

「放っておけばええ」


 キャサリンさんの意見に俺は拍子抜けした。

 関係が修復不可能なものになる前に手を打った方がいいと思うのだが。

 

「姉妹喧嘩をしない姉妹がいるわけがないじゃろう」


「いや、いきなりこんな大きいのは刺激が強すぎるんじゃないですかね?」


「それよりも、奈緒がお前にこのことを話したことのほうが重要じゃ」


「へ?」


「あの子は頑なところがあるからのう」


「まあ、それは見ていたら分かりますけど…」


「小憎よ、お前さんとんだ拾い物じゃったかもしれんの」


 キャサリンさんはカカカと上機嫌に笑った。

 確かにただの姉妹喧嘩と思えば、何の問題もないと考えられるかもしれない。

 しかし、今まで姉妹としての関係が希薄な二人の喧嘩を、姉妹喧嘩というカテゴリに入れていいのだろうか?

 俺は不安だった。

 それが顔に出ていたのだろう、キャサリンさんが呆れたように首を振った。


「お前も心配性じゃのう。なら、お前が何とかしてみるか?」


「それができないから、相談してるのに…」


「ついて来い」


 若宮邸のリビングルームに集まったのは俺とキャサリンさん、そして奏お嬢様と弓月だった。

 奏お嬢様と弓月は突然呼び出され、しかもお互いがいるという状況に明らかに戸惑っていた。

 キャサリンさんが口上を述べる。


「奏お嬢様と奈緒が仲違いしているのは聞いておる。その事で集まってもらったのじゃ」


「それは…」


 奏お嬢様はばつが悪そうに口をつぐんだ。

 

「仲違いなんてしていません。お互いの認識にズレがあって、それで意見が少し食い違っただけです」


 冷静な返答に奏お嬢様が反応して弓月をキッと睨んだ。


「とは言ってものう、それでいろんな人間に影響が出ておる。わしらの他の使用人達も仕事がやりにくそうじゃ。はっきり言って迷惑なのじゃよ」


「……」


 そうまで言われると、さすがに二人とも俯いて黙ってしまった。

 こういうやり方は直裁的すぎるんじゃないだろうか。

 そして、俺はこの局面で何をさせられるのだろうか?

 俺は不安になりながら状況を見守った。


「そこでじゃ、意見の違いと言うのなら、ここで言いたい事を言ってみるがいい」


「ここで…ですか?」


 二人はなぜか俺をじっと見つめてきた。

 俺は居心地が悪くなって、思わず二人から視線を反らしてしまう。


「わしらが、どちらの言い分が正しいのか、判断してやろう」


 二人が何かを探り合うように、その視線を絡みつかせる。

 そして、お互いの意思を感じ取ったかのように頷き合った。

 

 咳払いを一つすると、弓月がおもむろに口を開く。

 落ち着いた涼やかな声、その声には感情の揺れなど微塵も感じることができない。


「前にも言った通り、私は若宮家と縁を持つつもりはありません。成り行きでここにいますけど、高校を卒業したらここから出て行くつもりですから。だから、今さら姉妹として振る舞うなんて意味がないことなんです」


「どうしてそんなに意固地なんですか?せっかく血のつながった姉妹が一緒に暮らしているのに、寂しすぎるじゃないですか」


「この家にやって来るまで、私は奏お嬢様のことは知らなかった。ずっとひとりっ子だと思って生きてきたんです。血がつながっているから姉妹だなんて言えないと思います」


「私だってそれはそうです。でも、今は自分達に姉妹がいるってことを知ってますよね?この何年か、認めるか認めないかはともかく、私たちは姉妹として生活してきたはずです」


「私たちは違いすぎるんです。育ってきた環境も、性格も立場も全部」


「だからっ、どうして決めつけちゃうんですか?そういう結論が出せるほど、私たちお互いの事を分かってるって言えますか!?」


「生き方が全然違うんです。そばにいたって、お互いのためにならないと思います」


「生き方が違ったって、一緒に生きていくことはできるでしょう?」


「わかってください。奏お嬢様に迷惑はかけたくないんです」


「……いつも、そういうことを言いますよね。そうやって他人行儀に私だけを特別扱いして。奈緒は会沢とは遠慮のない対等な関係なのに、私だけのけ者みたいにっ!」


「どうして今、彰人あきとの話が出てくるんですか?」


「出しちゃいけないんですか?」


「……」


「迷惑かけたっていいじゃないですか?どうして私には迷惑をかけてくれないんですか?」


「……」


「そういう気の遣われ方はもうたくさんっ!」


「私の母は、あなたのお父さんに迷惑をかけたくなくて、独りで生きることを選んだんです」


「それはっ…」


「私だって同じ。誰かに迷惑をかけるくらいなら独りで生きることを選びます。誰かさんみたいに甘えてばかりはいられない」


「っ…この間もそんなことを言ってましたけど、誰が甘えてるって言うんですか?」


「奏お嬢様は彰人に甘え過ぎだと思います」


「甘えてませんっ!」


「いくら何でも、匂いがついたシャツを貸せだなんて」


「……っ!!?」


 俺は思わず目頭を手で覆い、天を仰いだ。

 あの民宿は狭くて部屋の入り口がふすまだったので、奏お嬢様が大騒ぎした時、誰かが聞いていないか心配だったのだ。

 よりにもよって知り合いに筒抜けだったとは。

 弓月に聞かれていたという事は、他の女子にも知られている可能性は十分にある。

 俺は明日から、あの二人とどんな顔で接したらいいのか。


 ……まさか別の物を貸したことは知られてないよね?


「幼なじみだか何だか知らないけど、彰人を振り回すのは止めてください」


「ふ、ふんっ。結局そういうことじゃないですかっ。偉そうにしてても彰人、彰人って」


「どういうことですか?」


 弓月の目に鋭さが増す。

 完全に本気になってしまっている。

 こういう時の弓月は容赦がない。


「結局、アキちゃんを独り占めしたいだけなんですよね」


「話、聞いていたんですか?どうやったら今の話からそんな結論になるんですか?」


「だって、関係ないじゃないですか。私がアキちゃんに甘えていたとして、それで奈緒が困ることなんてないでしょう?」


「仕事上のパートナーとして困るんです」


「羨ましいなら、奈緒もそうしたらいいじゃないですか」


「話にならない」


「パートナー…いいですよね、奈緒は。そうやってアキちゃんの隣に並んで立っていられる。特別扱いされることもなく、ただ信頼し合って…」


「奏お嬢様は、彰人にどれだけ大事にされているか、分かっているんですか?」


「ただ大事にされることが辛い時だってあります」


「何て身勝手!」


「奈緒だって、自分が恵まれているってこと分かってない!」


 お互いに言いたい事を言い合って、肩で息をしている。

 話がおかしな方向に逸れているような気がするが、二人は真剣そのものだ。

 俺はいつでも止めに入れるように、緊張しながら身構えていなくてはならなかった。


 俺の隣でキャサリンさんは涼しい顔をしている。

 年の功というか何と言うか、この人の動じなさは凄いな。

 黙って二人の言い争いを聞いていたキャサリンさんが重々しく口を開いた。


「チェンジじゃな」


「チェンジって、それはこちらの台詞ですよね?女の子を呼んでキャサリンさんが来たら間違いなくチェンジですよ?」


「……小憎、お前は時々、恐ろしいほど無礼じゃのう。交代するのは奏お嬢様と奈緒じゃ」


「どういうことです?」


「お互いに相手の立場がいいと言っとるんじゃ。実際にそうしてみたらいいじゃろうが。奏お嬢様が小憎のパートナーになってメイドとして働く。奈緒はお嬢様として小憎と添い寝する。早速明日からじゃ」


 この人、何を言い出してるんです?

 しかし奏お嬢様と弓月は決然とした顔つきで俺を見ている。


 まさかのやる気満々って奴ですか?

 怒濤の新学期はまだ始まったばかりだった

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