鬼ヶ島へ
私は歩き始めた。鬼ヶ島の方へ。
人伝に鬼ヶ島の方向へ向けて歩き始めた。
おっさんが出発に即して給料を倍くれた。自分の給料も、なにも買わずにとっておいたので、当分先立つものに困りはしないだろう。
私はそのお陰で宿に泊まることが出来た。
雨露しのげるということが、どんなに楽なことかこの時の私にはまだよくわかっていなかった。
三泊ほど、宿に泊まりながら歩みを進めた。
四泊目のことだった。
私はゆったり風呂にはいっていた。この宿では大浴場がないため、一人ずつ順番に風呂に入っていた。
がさがさ。
何かの音が脱衣場から聞こえる。その音に異変を感じた私は、すぐに脱衣場の扉を開けた。
すると、そこには一組の若い男女が私の服を漁っていた。
「おい、逃げるぞ!」
そう言った男が私の財布を持っていることを、私は見逃さなかった。
脱衣場から走り出す男女。
私は裸のまま走り出していた。
しかし、男女に追い付くことは出来なかった。
私が裸で風呂から走り出すのを見ていた宿の人がそれを察してくれて、今回の宿代はなしにしてくれた。親切な宿だ…
それにしても、もう手持ち金がなくなった私は、茶を飲むこともできずにふらふらと歩いていた。
今後どうしよう……そればかりが頭の中を駆け巡った。
そんなとき、
「あっ、かぐや姫!」
と声がした。
辺りをキョロキョロと見回すと、いつの間にか目の前に白い犬が座っていた。
「かぐや姫、俺がわからない?」
「はて?どなたでしたか?」
「俺だよ!プロポーズした少納言!」
「少納言……あぁ、あのときの!」
「蓬莱の玉の枝を頼まれた俺ですよ!」
「いつぞやは意地悪なことを申してすまなかった」
「ううん、いいんだ。それよりどこに行くの?」
「鬼ヶ島へ鬼退治にですよ」
ふうん、と犬……少納言は言うと
くるりと私の周りを回って言った。
「俺も手伝うよ!」
「え……いいのですか?」
「俺、いま野良だし、退屈しのぎにちょうどいい」
「では、仲間の印に……乾杯はできませんが、このきびだんごをあげますね」
「わお!ありがとうございます!」
少納言は喜んでそれを平らげた。
相手が犬だけに、少々やりづらさもあったが、仲間が増えたことの喜びが大きかった。
「――なんでまた鬼退治なんかに行くんだ?」
少納言は少し間を置いてから聞いた。
「育ての親が、鬼にさらわれていったんだ。まだ生きてるかはわからないけど、私はお婆さんを取り戻したい」
「難儀な人生だな。前世はかぐや姫、現世は……」
「桃太郎、だよ」
囁くように私は言った。
「桃太郎、か。大層な名前をつけてもらったんだな」
「そうだよ。だから、恩返ししたいんだ」
「まぁ、俺もシロって名前をつけられたんだけどな、その飼い主にすてられちまってさ。いまじゃゴミを漁る毎日だよ」
「へえ……大変なんですね」
「おうとも!生きるってそういうことだよ。でも今日からは桃太郎さんがいるから、飯には困らないな♪」
それを聞いて忘れていたかのように顔が青ざめる私。
私、一文なしになってしまったのだ。
そのことを少納言に話すと少納言も押し黙ってしまった。
先に沈黙をやぶったのは少納言だった。
「泊めてもらった礼に一晩働きますってのはどうだろう?それから、出来る限り民家に泊めてもらうとか」
目から鱗だった。
その通り、民家に泊めてもらえばただじゃないか!
しかし、全くただというわけにもいかないだろう……
泊めてもらったお礼に働くというのはありだな。私はそう思った。
「何とかなるって!」
少納言の台詞に私は力強く頷いた。
歩きながら少納言は言った。
「かぐや姫はいつも綺麗だねー。前世のときは話しかけることも出来なかったのに、変な感じ」
「ああ、そうだな。あの頃は話しかけられるなんて思いもしなかったよ」
周りには少納言の声が聞こえないらしく、少々変な目でみられたが、まあ、よしとしよう。