旅立ち
夜明け。
お爺さんは起き出して朝食の支度をしてくれていた。
私は感無量でその朝食を食べた。懐かしい味がした。
まだ修行を始めて2ヶ月と少しだったが、とても長い時間に感じられた。
その日はお爺さんと一緒に畑仕事をした。
前より身体が軽く感じる。それもこれも特訓の成果だろう。
私は畑仕事をしながら、お爺さんと仲良く道場のことなどを話した。
おっさんのこと、お花ちゃんのこと。
それから自分が女だと知ってショックだったこと……
お爺さんはその話を聞くと、泣きながら私に謝った。跡取りがいないためにそんなことをしてしまって、お前に申し訳ない……そう言って泣いた。
私は構わないよ、と言った。
「男だから、女だからと言うよりも前に、私は私だから。だから、そんなことはどっちでもいいんだ、って悟ったんだ」
それでもお爺さんは泣き止まなかった。
私はお爺さんの背に手をやると、ゆっくり撫で擦る(なでさする)と、優しい声で言った。
「逆に、そのことがあったから確固たる自分を認識できたんだ。だから、逆にお礼を言いたいくらいだよ」
お爺さんは、ただただ、すまねえ……と言って泣いた。私はお爺さんをそっとしておくと、畑仕事を続けた。
次の日の朝、朝食を終えると、私は道場へ帰ることを告げた。元々一週間だけという話で休みだったので、今日か明日にでも帰らねばならなかったのだ。
お爺さんはもう少しだけと引き留めたが、私は早くお婆さんを助けたいのだと言うと納得したらしく、それ以上は引き留めることはしなかった。
懐かしい朝食。麦飯に小魚に漬物。そして味噌汁。
この懐かしい味をしっかり噛み締めて私は再び旅立った。
行きは二日で帰れた道を、後ろ髪引かれたのか三日かけて道場へ帰りついた。
道場へ帰るとおっさんが
「よくぞ帰ってきた」
と涙声で囁くように言った。
私は帰ってこないかもしれない、そう思われていたということを知った。
そうかもしれない。もう2ヶ月半経っているのだ。お婆さんのことを諦めてお爺さんと二人で暮らすという選択肢もあったのかもしれない。
だが、私はそれをよしとしなかった。
お婆さんを救うため、ここに帰って来たのだ。
おっさんは
「とりあえず風呂、入ってこい」
と、旅で疲れた私に思いやりをかけてくれた。私はその気持ちが嬉しかった。
翌日からは、いつも通り訓練が始まった。
私はお爺さんの泣く顔を思い出して、鬼を成敗すべく訓練に集中した。
訓練は多岐に渡って行われた。それまでは剣の修行だけだったが、それに加えて空手、薙刀、柔道と、総合的に強くなるように行われた。
各教科で教えてくれる師範代も変わった。
しかし、おっさんだけはいつも常に私を見てくれていた。
私もそれが嬉しかった。
その頃には、大きな岩を抱えてトレーニングすることもできるようになっていた。
いつしか、私はこの道場一番の強さを誇るようになった。
チートではない、努力の結晶だ。だけど、それでもチートだという人がいる。
それはこの一年でそこまで強くなれた私に対する誉め言葉だととるようにしよう。
とにかく、一年かけて私は強くなった。
おっさんはそんな私のことを自分のことのように喜んだ。
まだ修行は途中だが、お婆さんの安否が気になるため、私は成敗へと旅立つことになった。
お花ちゃんが旅のお供に、と、きびだんごを作ってくれた。
私はおっさんに必ず帰りますと約束をして旅立った。
お花ちゃんと抱き合って約束した。必ず戻ると。
私はお爺さんの元へ顔を出すと、成敗の旅へ立つことを伝えた。
お爺さんは泣きながら、嗚咽をこらえて言った。
「必ず帰ってくるように」
かくして私は成敗へと旅立ったのだった。