桃太郎
そして今、こうしてここで暮らしている。
「桃太郎や!」
「はーい!」
私は川を流れる桃から生まれた。
お爺さんは跡継ぎがいないので、私を男として育てようと、私に桃太郎という名前をつけた。
お爺さんもお婆さんも優しく、私はすくすく成長していった。
周りに家はなかった。自給自足の生活。私はお爺さんとお婆さん以外の誰にも会うことなく大きくなっていった。
そしてそんな時、事件は起こった。
ある日、お爺さんと芝刈りに出かけていると、お婆さんの悲鳴が聞こえてきた。
急いで家に向かうと、大きな身体をした鬼たちがお婆さんを連れていってしまうところだった。
慌てて
「お婆さんを返せ!」
と叫ぶも、鬼たちは談笑していて気がつかない。
走っても鬼の早さに敵うわけもなく、お婆さんは連れ去られていってしまった。
お爺さんの嘆きようったら凄かった。家が壊れてしまう程に壁や柱を殴り付けた。
どうにか落ち着かせると、私はお爺さんに言った。
「お婆さんは私が必ず取り返してみせる」
と。
そのためには修行が必要だった。
私はお爺さん一人を残して旅立った。
まず、修行先を探さねばならない。
お爺さんの言った通り、3日ほど歩くと街が見えてきた。
結構大きな街で、栄えていた。
私はまず最初に道場がないかを尋ねることにした。街を行くと人々の視線が痛い。私はそんなになにかおかしいのだろうか……
「すみません、この街で一番大きな道場はどちらにありますか?」
男はぽへっ?!とした顔で答える。
「あっちにあるが……」
なぜそんな顔をするのだろう、と不審に思いながらお礼を言うと、私は歩き続けた。
街ではずっとそんな調子で、私は一軒の茶屋で休憩をすることにした。
「すまないが、茶を一杯いただけるかな?」
頼むと店の女の子たちがほぅ、とため息をついた。
「すまないが、私の顔に何かついていたりしないだろうか?」
店の女の子に尋ねる。
すると、ぶんぶんっと頭を横に振る。
「そうか……ならば、何か格好がおかしいところがあるのだろうか?」
店の女の子はさらに頭をぶんぶんっと横に振る。
「気のせいか……」
そしてお茶を一杯いただく。そのまま立って行こうとすると、慌てて女の子が出てきた。
「お客さん、料金をいただいてねぇっす」
「料金?なんのことだ?」
「お茶のお金、いただいてねぇっす」
「お金……はて?お金とはなんだ?」
すると店の奥から見るからにヤクザ者としか思えない輩が出てきた。
「兄ちゃん……料金も払わずただ飲みってかい?」
「どこの殿様かい?」
私はお金という存在を知らなかったのだ。
「金というものが必要だとは知らなかったのだ。よければ払えるようになるまで待っていただきたい」
「ああん?それがお願いするもんの態度かい?」
「頭くらい下げろや、ごるぁ」
私は躊躇なく頭を下げた。
「すまない。大変申し訳ない」
ヤクザ者たちはさらに続けた。
「頭を下げるってのはそんなもんじゃないぞ!土下座しろ、土下座!」
土下座!土下座!とコールがかかる。
その時だった。
「お前ら、いい加減にしないか!!」
それは厳ついおっさんから発せられた声だった。
「兄ちゃんもただ飲みはよくねぇが、何もこんな公衆の面前で土下座するこたぁねぇんだ」
「あ……ありがとうございます!」
気がつくと周りに幾重にも人垣ができていた。
「金なら俺が払う。これでいいか?」
「も、貰えるもん貰えりゃこっちはどうだっていいんだよ!」
「そうだよ!散れ、散れ!」
人垣を払いのけるヤクザ者。
厳ついおっさんが金を払ってくれ、その場は落ち着いた。