出発
その日の夜は藁を敷き詰めた寝床を作ってもらい、いろいろあって疲れたせいか、すぐに寝付いてしまった。わたしの横に添うように少納言、中納言、大納言が寝てくれた。
翌朝。よく寝た身体を伸ばすと、お婆さんがやって来た。
「朝ごはんができているよ。食べるといい」
呼びに来てくれたのだった。
久しぶりのお婆さんの料理に舌鼓を打った。
それは他の鬼たちも同じ様だった。
私たちは朝のうちに出発した。
鬼たちはもうお婆さんに会えないかもしれない、と泣きながら見送ってくれた。私の中で、ほんの少し罪悪感で心が痛んだ。
海は凪いでいた。私は来たときと同じように、町を目指して漕ぎ始めた。
途中、大納言と少納言に変わってもらいながら、お婆さんの作ってくれた握り飯を頬張った。
道中、いろいろなことを話した。道場のこと、おっさんのこと、お花ちゃんのこと。そして何よりお爺さんのこと……
お婆さんはそれぞれの話を興味深く聞いてくれた。
だが、夢の話はしなかった。少納言、中納言、大納言もそれを感づいたらしく、夢の話はしないでおいてくれた。
丸一日漕ぎ続けて港町へ帰ってきた。
わたしはまず娘さんに挨拶に行った。
それから宿屋にも挨拶に行った。
「道中金がいるだろう、また働いていっておくれ」
との優しい言葉をかけてもらい、お婆さん共々お世話になることにした。
お婆さんは台所で働いた。私はまた、あの忙しい日々を繰り返した。
少納言は玄関先で番犬としての役割を果たした。
あのときと違うのは、舟を探さなくてよくなったこと。
私は時間ができると娘さんに会いに行った。
そんなこんなで一週間が経った。
娘さんに、もうすぐ出発する旨を伝えると、娘さんは泣き出した。
どうしたものかと困っていると、娘さんは呟いた。
「こんなに桃太郎さんのことが好きなのに……」
私は返事に困った。
「いいの。今のは忘れて!」
「でも……」
「いいったらいいの!桃太郎さんの意地悪!」
何をどうして意地悪なのかわからなかったが、とりあえず謝った。
「す、すまない……」
「お国にいい人がいるのね……」
「お国というわけではないんだがな」
娘さんはふふっ、と笑うと前に手を組んで伸ばした。
「気づいていましたから……その方と幸せになれるといいですね」
「…………」
私は返事をしなかった。
出発の日。お給料を貰った。しかもずいぶんたっぷり。
お婆さんのお給料と、少納言のお給料も入っていると言われた。
私はまた目頭が熱くなった。
お婆さんのペースに合わせながら歩く。行きに気づかなかった風景に気がつく。
それは美しい景色で、お婆さんも一緒に見とれていた。
少納言が
「俺は最初から気づいていたけどね!かぐや姫が気づかなかっただけだけどね!」
と熱弁を振るった。
帰りもまた農家にお世話になった。
息子には彼女が出来ていた。
「桃太郎さん見てたら、彼女が早く欲しくなっちゃって」
と息子は照れて笑った。
ぼったくり宿にも寄った。今度は二日分で二人の客を呼んできた。女将さんは満足そうだった。
守銭奴のお婆さんの宿にも行った。お婆さんはお婆さんを連れている私を見ると大喜びで泊めてくれた。しかもただで。
道中はお婆さんのペースに合わせていたので、行きの二倍近く時間がかかった。
もうすぐ、新月だ。満月まで二週間を切るところだった。
私は夜空を見てため息をついた。まるで昔のかぐや姫のように。
そう、あのときもこんな感じだった。
逃げられない運命を恨む他になかった。
今度も逃れられない……
それは一つの恐怖でもあった。