赤鬼
音で気付かれぬよう最大の注意を図りながら鬼に近付く。
じりじりと、少しずつ。
後少しで鬼に手が届く、というところで、中納言がくしゃみをしてしまった。
「へっくしっ!!」
鬼がゆっくり振り返った。
今何をしてるかというと、鬼と談笑だ。
数十分前――
くしゃみをしてしまった中納言はしまった!と慌てて口元を押さえた。
ゆっくり振り返った鬼は、人懐っこい笑顔を浮かべると喜んだ。
「いやあ、お客様なんて珍しい!いらっしゃい!」
それからかれこれ世間話をしていた。
鬼が
「よかったらうちに寄っていってよ」
と笑いかける。
私はまだ警戒を解いていなかったが、鬼が住む場所も見ておいた方がいいと判断し、ついて行くことにした。
少納言なんかはもう警戒を解きまくっていて、ゆるゆると尻尾を振っている。
中納言は気まずそうにしている。
大納言だけは私と一緒で警戒をまだ解いていない様子だ。
鬼に案内され、住み家にたどり着く。
他に鬼はいないようで少しホッとした。
鬼は家の中に私たちを招き入れると、お茶を淹れ始めた。
相変わらず少納言と世間話で盛り上がる鬼。中納言も横から口を出していた。
私はというと、刀に片手をかけ、いつでも斬れるような体勢で座っていた。大納言も同じ考えのようで、緊張したまま座っていた。
私は世間話が一段落したところで聞いた。
「お婆さんがどこにいるか知らないか?」
「お婆さん?」
「しらばっくれるな!去年拉致したのはわかっているんだぞ!」
私はありったけの威厳を込めて叫んだ。
「あー――お梅さんのことかな?」
そのとき私は、お婆さんの名前も知らなかった自分に愕然とする。
家では「お爺さん」、「お婆さん」としか呼んだことはなかったのだ。
だが、多分、お梅さんというのがお婆さんのことだろう。
「お梅さんなら炊き出し場にいるんじゃないかなぁ……」
私は刀を抜くと、赤鬼に案内するように指示した。
赤鬼は
「そんな物騒なもの出さないでくださいよ。せっかくの男前が台無しですよ」
と、びくつきながら立ち上がった。
鬼の背丈は二メートル五十センチほどもある。正直、襲われたら一発でピンチだ。
鬼はため息をつくと言った。
「その物騒なものはしまってくださいね。みんなびっくりしちゃいますから」
歩き始めた赤鬼の後ろで、私は一旦刀をさやにいれた。しかし、片手はまだ刀にかけたままだった。
少納言が囁いてきた。
「かぐや姫、心配いらないって。きっといい鬼なんだよ」
私は腕を組ながら言った。
「まだまだ油断は禁物だ。」
「そうだそうだ!禁物だ!」
大納言が四つ足で歩きながら言い添えた。
少納言は、
「そうかなぁ……いい人だと思うんだけど……」
「正確には『人』じゃないですがね。」
中納言が言った。
それにしてもどのくらい歩くのだろう。海沿いの道を外れ、森の中の道へ入ってずいぶん経つ。まさか、体力が落ちたところで全員が喰われる……?
日が暮れ始めた。
赤鬼は、
「いけない、日が暮れ始めましたね。少し急ぎますよ」
と言ってペースをあげた。私と少納言はついていけるだけの体力があったが、問題なのは中納言だった。飛べば何とでもなるのだろうが、慣れない二足歩行で体力を消耗していた。
大納言はそれを見ていて辛そうだとわかったのだろう、中納言を背におぶって歩き出した。
いつもあれだけ喧嘩している三匹が喧嘩もしないで連携プレーで頑張っている。これはちょっとした感動を私に与えた。
私たちはやがて、大きな洞穴を目にした。
「あそこだよー」
のんびり言う赤鬼を無視して私は走り出していた。