農家
満月の輝く夜、月からの迎えはやって来た。
まばゆいばかりに光輝いた車と天女。
帝は慌ててかぐや姫へと近寄った。だが、天女に阻まれてそれ以上は近寄ることはできなかった。
かぐや姫は三つ指をついて、お爺さんとお婆さんにお礼を述べた。
「短い時間でしたが、私を大切に育ててくださってありがとうございました。これで晴れて私も月へ還ることができます。お爺さんとお婆さんに会えなくなることは寂しいけれど、月へ還らねばなりません。本当にありがとうございました。」
そして帝のほうを振り返って言った。
「私は天女です。天女は地上の方と結ばれるわけにはいきません。帝、申し訳ありませんが、私は月へ還ります。いつか、機会があったらゆっくりお話でもしたいものです」
少納言、中納言、大納言はまばゆい光に目を開けることは叶わず、その他大勢の警護の者と一緒に着物で目を塞いでいた。
そんな中でお爺さんとお婆さん、そして帝だけは目を眩ませることなく、かぐや姫を見送ることになった。
帝は涙を流してこう言った。
「いつか、必ず会おうぞ!」
かぐや姫は一礼をすると車に乗り込んだ。
かぐや姫を乗せた車はゆっくりと動きだし、月へと昇っていった。
◇
三匹と一人。
仲良く旅をしたいものだが、そうはいかなかった。
寄ればさわれば喧嘩する三匹。これには私も少し参ってしまった。
三匹の論点はだれが一番かぐや姫に相応しいかであり、その話が終わることはなかった。
次の宿はとれず、親切な農家のお宅へお邪魔することと相成った。
この農家にはお爺さんとお婆さんと、息子の青年が一人だった。
野菜たくさんの汁をご馳走になり、風呂にも入れてもらえ、私は非常に満足だった。
大納言、中納言、少納言は紐で玄関先につないでいた。
宿では喧嘩しないように言ってあるからか、鳴き声一つしなかった。
「ホントに利口なペットですな」
お爺さんが言う。
「そうでもないですよ。いつもは喧嘩ばかりするので困り果てます」
「しかし、さっきからずっと大人しいではありませんか」
「よそさまのお宅や宿では喧嘩しないように言ってあるんです」
「こりゃまた利口な!餌はさっきの野菜で充分だったかな?」
「はい、充分です。お気遣いなく」
お爺さんと青年とどぶろくで一杯やりながら話す。
「それにしても、鬼ヶ島か……ど偉いところへ行くもんだなぁ」
「お婆さんが無事でいるといいのですが、なんせもう一年が経過しておるので、どうだろうか……」
青年が一生懸命にまくし立てる。
「お婆さんはきっと無事ですよ!桃太郎さんの願いはきっと叶います!」
「だといいんだがな。修行が思ったよりも長くかかってしまって……」
「大丈夫ですって!」
懸命に支えてくれる息子。私はなんだか熱いものを感じ、着物の縁でそっと目頭を押さえた。
深夜。
私はなんだか寝付けずにいた。
するとなにかがごそごそこちらへ向かってくる。
「何奴?!」
と言う間もなく、口が塞がれる。身体をまさぐってくる手。
そこへやって来たのは大納言、中納言、少納言。
きーっと大納言がひっかくと、中納言が目をめがけて突いてくる。最後に少納言が足に噛みつき、相手を捉えた。
相手は息子だった。
「何故このようなことを?」
「お前さんが綺麗すぎて、我慢が出来なくなって……」
泣きながら謝る息子。
私は泣いている肩に手を置くと、宥めた。
「お爺さんとお婆さんには秘密にしてほしい……」
頭を下げて謝る息子に、私はわかったと返事をした。
翌日、約束通り農作業を手伝うと、わずかばかりの賃金をもらい、農家を出た。
息子は頭を下げたままだった。