猿と犬と雉
周りから見たら、犬が雉に向かって吠えているだけにしか聞こえないだろう。
「あのな、二人とも。話し合いをしようとはいったけれど、喧嘩をしようなんて言ってないのだからな」
横から声をかける。
「かぐや姫、姫がどちらを好きかはっきりすればこと足りるのです。どちらが好きですか……さあ!」
「どちらが好きですか?」
そんな二人の頭を撫でると言った。
「私には二人ともがかけがえのない友人になると信じている。どちらかなんて優劣はないんだ」
「友人……」
「友人ですか……」
明らかにテンションが下がる二人。
私は慌てて言い訳をした。
「ほら、前世では二人ともに難しい注文をつけちゃっただろう?だから、現世では仲良くやっていきたいんだ。わかってくれ……」
「かぐや姫がそうおっしゃるなら……」
「姫が僕らのどちらかを選べるようになるまでお待ちしていますよ」
私はとりあえずホッとして、言い添えた。
「とにかく、喧嘩は声がうるさいからやめて欲しいんだ。頼むよ」
「姫がおっしゃるなら……」
「静かにしますよ」
そう約束すると、私は部屋へと戻った。
粗末な布団。天井からはネズミらしきものの走り回る音がする。
それでも歩き疲れていたせいか、私は急激な眠気に襲われて眠りについたのだった。
翌朝起きると、朝食の準備が出来ていた。
鰯らしき魚と味噌汁が準備されていた。
私はそれを完食すると、宿代を払おうとした。
すると、宿代がべらぼうに高かったのだ。
確かに満足のいく食事だったし、風呂の設備もきちんとしていた。
だが、ぼろ屋だとたかをくくっていたのは確かだった。
宿泊費には犬と雉のぶんがしっかり入っていた。
「足りない……」
私の手持ち金では、宿代には不足していた。
宿の女将さんが、ふんぞり返ってこう言った。
「払えないなら身体で払ってもらうよ!」
身体で?!とんでもない、そんなことは出来ない。
「でも、あんたは男の子だしね」
品定めをするように上から下まで舐めるように見ると、女将さんは言った。
「今日宿に泊まる客を一人連れてきたら勘弁してやるよ」
そこで合点がいった。
この宿に誘ってくれた彼女の姿が一切ないことに。
彼女もまた、この宿のシステムに動かされていたのだと。
「……一人、連れてくればいいんですね」
「おうともさ。一人連れてきたらお代はあるだけで構わないさ」
私はとりあえず少納言と中納言にそのことを伝えると、早速宿を探している人がいないか見に行こうとした。
すると女将さんからストップがかかる。
「こんな朝っぱらから宿を探す人がどこにいるんだい?とりあえず屋根の修繕でもしとくれ」
また屋根ですか……と思いつつ腰をあげた。
屋根の修繕は意外に早く終わった。一昨日の宿より傷んでいなかったのだ。雨漏りもたいしたことはないらしいので、とりあえず仕事終了と相成った。
女将さんはお昼ご飯をご馳走してくれた。
ご馳走には、なんと卵焼きがついていて、それにはビックリした。
卵なんて高価で、食べたことがなかったのだ。
貪り喰う。
旨いです!旨いですよ、女将さん!
「夕方までまだ時間があるから、近所の店でも覗いてくるといいさ」
女将さんは提案してくれた。
私はお言葉に甘えてそうすることにした。
この辺りは温泉で賑わっている様子だった。
土産物屋が立ち並ぶ。
帰りはここで土産を買って帰ろうかなと思う。
そんなとき、一匹の猿が、店を追われて出てきた。
何でも、店の饅頭を食い逃げしたとか。
私の後ろに隠れてしまった。
「だ、旦那……助けておくんなまし」
「なに、お前しゃべれるのか?」
「え?通じてる?」
猿が見上げてきた。
そして固まった。どこかで見たことのあるシーンだった。
「か……かぐや姫!!」
なに、また知り合いか?
と思っていると店の人が走ってやって来た。
「あんたの猿なんで?」
「いや、違うが、何かの縁だろう。饅頭代は私が出そう。おいくらかな?」
私は饅頭代を払うと猿に言った。
「これで大丈夫かな?」
猿はううっ、と涙を流すと言った。
「かぐや姫様に払っていただけて、とんでもないことをしました……」
「どこのどなただったかな?」
「以前求婚していた大納言です。龍の珠を頼まれていた……」
「あぁ、そなたがか」
「……びっくりしないんですね」
「いや、先客がいたものでね。それより、腹が減っているのか?」
「はい……お恥ずかしながら、山を追われまして。世代交代というやつで……」
「それでは、最後のきびだんごをそなたにあげよう」
猿はびっくりして遠慮した。
「まぁ、そう言わずもらっておけ」
「なにかお礼をしたいのですが……」
「山を追われて出てきたと言ったな?それならば、我々と共に鬼退治に行かぬか?」
「鬼退治に、ですか?」
大納言が目をしばたかせて聞いた。
「来たくないなら来なくてもよいのだが、三人寄れば文殊の知恵という諺があるだろう?」
「わかりました。ご恩返しのためにも、お供をいたしましょう」
これで犬と雉と猿を味方につけた。