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第八話 賢者の助言

 その夜。

 あの晩餐会のときに、最初に拍手を始めた青年に、僕は名指しで呼び出された。僕は一人で行って殺されたりする気は無かったので、寝ているシュウジとモエ、レイコを起こして、一緒に、指示された邸宅に向かった。

 

 松明の光が邸宅の一室を昼間のように照らし出している。

 椅子の一つに腰掛ける謎の青年。その出入り口を固める屈強な衛兵たち。


 そこで青年は、自分を帝国宰相メルローの息子、ウィルであると名乗った。

 

「ぜひあの演説をお父様に聴かせたかった」いまだ興奮冷めやらぬ口調で、彼は言った。

「特に、フランク王国は東ローマから独立すべきであるというくだりは痛快でした。目から鱗が落ちましたよ。実際、フランク王国の宰相たちは、いかに東ローマから正統国家としての承認を貰うかということしか考えていませんからね。父は前々から言っていたんです。『もはやフランク王国はローマではないのだから、東ローマの長老どもに媚びへつらう必要など無いんだ』と」

 

「それで、本題は何でしょうか」僕は先を促す。

 

「ああこれは失礼。ついつい熱くなってしまいました……賢者ヨシノブ殿。いや皆さんをまとめて四賢者殿とお呼びすべきか。あなたがたは国王陛下との謁見を望んでおられる。そうですね?」

 

「はい。いくつか、直接伝えておきたい助言があります」

 

「カロリング家のピピン2世国王陛下に、一体何を吹き込むおつもりです?

いっそここで正直なところを言ってください。衛兵は皆、私の部下です。決して口外は致しません。必要とあれば父に相談して、国王陛下との謁見の機会を作って差し上げましょう」

 

 僕は迷った。彼は信頼に足る人物か? 初対面の相手にどこまで情報を与えるべきか?

 だが、秘密というものはいつか漏れるものだ。僕は彼を信じることにした。他の三人からも、異論は出ない。

 

「そうですね。伝えたいことは大きく分けて、四つあります」僕は一息に言った。


「一つ目は近々起こるであろう『トゥール・ポワティエ間の戦い』のこと。二つ目は騎兵の力を十倍に増すであろう、新兵器『あぶみ』のこと。三つ目は羊皮紙に代わる可能性を秘めた『ペーパー』のこと。最後は……これだけは国王陛下の前でしか言えません。宗教に関することです」


「うーむ、分からん。一つずつ説明をしてもらえまいか。私が無理を言っても、王の前で謁見できる時間は僅かだ。詳しく説明している時間は無いぞ」


「そうですね。では詳しく話しましょう。一つ目は、イスラムのウマイヤ朝の隆盛に関わることです。いずれ、あと数年かそこらで、イスラムの軍勢がピレネー山脈の西端を越えて北上してきます。彼らの主力は騎兵です。しかも新兵器『あぶみ』を備えた騎兵です。いかなフランク王国の重装歩兵といえども、これには太刀打ちできません」


「ふむ。我が国の重装歩兵よりも強いと言うのか」「予言では互角の戦いとなります。されど、今から備えておけば上手く跳ね返せましょう」


「次にあぶみです。これはイスラムの地で既に使われている優秀な馬具です。簡単に言えば乗馬した際の『足置き場』ですね。金属製のあぶみの発達により、乗馬は今より格段に容易になり、重い鎧を着ても振り落されなくなります。これにより訓練の浅い兵士でも騎兵に。訓練を積んだ者なら重騎兵と成ります」


「ううむ。そのイスラムの騎兵というのは、そのあぶみをもう使いこなしているのだな」「はい。彼らの重騎兵隊の突撃には、手練れの重装歩兵の密集隊形とて危ういでしょう」

 ウィルの額に汗が流れる。自国の軍隊が破れるかもしれぬと聞かされれば、誰でも思い悩むだろう。とりわけ、宰相の息子ともなればなおさらだ。


「最後にペーパーです。これは今のフランク王国ではボロ布などを原料に、主に資源の再生という意味で作られているものかと思います。

しかし遠く異国の地では、木の繊維を使って作ることができることが知られています。これをパピルスから名を取って、ペーパーと言います。

現在の羊皮紙は、あまりに高価で、本を作るのもままなりません。紙は、破れやすく、インクがにじみやすく、変質しやすいという欠点こそありますが、安価に、そして大量に作れる可能性を秘めています。フランク王国が作って売れば、大きな儲けが出るでしょう」


「儲かると言ったな。どのくらいだ?」「羊皮紙の半分の値で売れると思って頂ければ」

「ふうむ……しばらく考えさせてくれ」


その夜の話は、それでお開きとなった。

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