第七話 パリ入場と晩餐会
パリと聞いて思い浮かべるものは何だろう。エッフェル塔? 凱旋門? 無論、それらはもっと最近の時代になって作られたものだ。
では、円形劇場(闘技場)、公衆浴場は? それらは中世において、既にあった。しかもまだ機能していた。パンとサーカスである。
しかしそれよりも重要な特徴がある。パリは「城壁」が街を覆う、いわゆる「城塞都市」の典型なのである。つまり城門をくぐらねば、パリに入場することはできない。
僕たちは城門の衛兵たちによって検査された。商隊のリーダーは、荷馬車の中から上等なワインを一本取り出して、彼らに与えた。露骨な賄賂である。
「その者達は?」「領主アンリ2世様から推薦文が出ている、ええと、まだお若いですが、彼らは賢者です。推薦文は確かなもんです」
「そうか。では今宵の晩餐では客人としてもてなそう。ようこそパリへ」差し出された手を、
「ありがとうございます」僕はそう言って、握り返した。衛兵の握力は強かった。
商隊の到着は、パリにとっては日常茶飯事だが、いちおう形式的に晩餐会が開かれる。皆にパンとワインがふるまわれ、日によってはローストビーフなどが供される。今日は「当たり」の日だったので、商隊の面々は皆喜んで肉を口に運んでいた。
さて、魔女ペルペは死んだ。
それを僕は一地方の出来事だと考えていた。魔女崇拝はあくまでも異端であり、主流はキリスト教なのだろうと。だが、それは間違っていた。
パリでの晩餐でそれが分かった。この中世世界を支えていたのは彼女だったのだ。
「どこもかしこも、話題は魔女。魔女。魔女。だ」シュウジは言った。
「キリスト教のキの字も無いよー」モエは降参した。
「教会の力はほとんど無いみたい」レイコは分析した。
「『スレイペン』」僕は呼びかけた。
「どうなされました。我があるじ」指輪が震えて喋った。これは移動中にシュウジが見つけた指輪の新しい使い方の一つだ。
「魔女ペルペとはどんな存在だった?」
「私の口から言うのがはばかられるほどの存在でしたよ。魔女ペルペが生きている間は、あらゆる闇の勢力は撤退を強いられました。闇夜を照らす無慈悲な太陽と形容してもまだ足りない。魔女ペルペにとって、夜明けを早めるくらい雑作も無いことだったでしょう」
「だが、魔女ペルペは死んだ」
「そう。なぜだか分からないが死んだ。死んだんです。病だったのか、呪いだったのか、寿命だったのか。悪魔にだって分からないことはあります」
「なにをぶつぶつ言っているんだ?」
「ええと……」
「ああ、あんた噂の若き賢者様じゃないか。どうだい。一席ぶってみないか」
酔った兵士の一人によって、僕は無理やり舞台に連れ出された。
「さあ何かありがたい説教をしてくれよ。賢者様!」
ええい。もうどうにでもなれ。僕はギレン・ザビを引用して言った。
「諸君! 魔女ペルペは死んだ! なぜだ!」
全員のざわざわとした会話が止まり、人々の目線が一斉にこちらに注がれるのが分かった。
もう後戻りはできない。やるしかない。大演説をぶつしかない。
僕には政治は分からぬ。僕は、ただの歴史オタクである。けれども僕は満身の力を込めて喋った。
「我々は一人の魔女を失った。これは敗北を意味するのか? 否! 始まりなのだ!」
「魔女ペルペの予言通り、これから闇の勢力が、魔王たちが現れる! それに比べ我がフランク王国の備えは万全ではない。にも関わらず今日まで戦い抜いてこられたのは何故か! 諸君! 我がフランク王国の戦争目的が正しいからだ!」
「大移動してきたゲルマン民族が欧州全土にまで膨れ上がった西ローマ帝国を滅ぼして300余年、フランク王国に住む我々が自由を要求して、何度東ローマに踏みにじられたかを思い起こすがいい。フランク王国の掲げる、市民一人一人の自由のための戦いを、神が見捨てる訳は無い。
我らの守護者、諸君らが愛してくれた魔女ペルペは死んだ、何故だ!」
「その悲報の衝撃はやや薄らいだ。諸君らはこの死を対岸の火と見過ごしているのではないのか? しかし、それは重大な過ちである。東ローマは聖なる唯一の権威を汚して生き残ろうとしている。我々はその愚かしさを東ローマの長老共に教えねばならんのだ」
「魔女ペルペは、諸君らの甘い考えを目覚めさせるために、死んだ! 戦いはこれからである。我々の軍備はますます復興しつつある。東ローマ、イスラム勢力とてこのままではあるまい。諸君の父も兄も、この独立戦争の歴史の中に死んでいったのだ。この悲しみも怒りも忘れてはならない! それをペルペは死を以って我々に示してくれたのだ!」
「我々は今、この怒りを結集し、東ローマ帝国からの独立を勝ち取ってこそ初めて真の勝利を得ることが出来る。この勝利こそ、戦死者全てへの最大の慰めとなる。国民よ立て!悲しみを怒りに変えて、立てよ国民!フランク王国は諸君等の力を欲しているのだ。
ヴィッファ・ペルペ!!」
あまりに馬鹿馬鹿しい演説だったためだろうか。シュウジもモエもレイコも、ぽかんとした顔をしている。
晩餐会の兵士たち、商人たちも唖然としている。だが、一人の青年が拍手を始め、叫び声を上げた。
「ブラーヴォ!ブラーヴォ(素晴らしい)!」
それを契機に、全員が拍手を始めた。割れんばかりの拍手、万雷の拍手である。
なにがなんだかよくわからない。とにかく自分でも何を喋ったのかよく覚えていないのだから。
「プロースト(乾杯)!」「プロースト(乾杯)!」熱狂的な人々をかき分けて、僕はみんなの元へと戻っていった。