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第六話 荷馬車に揺られて

 ガタゴトと。商隊――荷馬車に揺られて、僕らはパリに向かってゆく。

 荷馬車は、おせじにも乗り心地は良いとはいえない。それというのも、ローマ時代に整備された街道は、ローマの衰退と共に整備不足に陥ったためだ。つまり簡単に言うと道がでこぼこなのである。とはいえ、未だに馬車は、郵便と交易の主役であり続けた。

 もっとも、大抵は徒歩で移動できる範囲に次の都市キヴィタスがあるので、徒歩ではまったく移動できないというわけではない。十分な地理の知識と、路銀があれば、徒歩で点々と移動すること自体は難しくないだろう。

 ただ僕らの場合、地理に詳しくないのと、路銀に限りがあるのとで、おなさけで荷馬車に同乗させてもらっているだけだ。

 

 結局取り上げられたノートパソコンは返してもらえた。ガタゴトと揺れていて今は使えないが、そのうち使うチャンスも来るだろう。ちなみに上記の知識は出発前にWikipediaで調べたものだ。

 

 ただ、気がかりな点が一つある。Googleで検索しても、イエス・キリストの情報が少ないのだ。僕の記憶が正しければ、キリスト教の国教化はローマ帝国時代(380年)にテオドウシス帝によって成されたはずだ。だが、なぜかWikipediaにはその記述が無い。21世紀までに、欧州の各国がキリスト教を国教に据えることは事実だが、その時期が大幅に遅れている。

 そういえば、この時代に来てから、まだ一度も聖書を読んでいない。羊皮紙で作られた本自体が貴重だからだろうか。それとも、考えにくいことだが、聖書自体がほとんど普及していないのか。

 

 いずれにせよ、キリスト教の不在によって、多宗教時代が長く続いたこと。魔女ペルペに代表される魔女崇拝が存続したこと。何かの拍子に歴史が少しだけ違ってきてしまっていることだけは確かなようだった。

 

 それと、あの指輪は僕が持っていることになった。シュウジが魔法を乱用(本人曰く、実験)しようとしたため、多数決で僕が持つことに決まったのだ。

 

「このへんは狼や盗賊が出ると聞く」「いまのところワインは無事だ」「魔女ペルペが死んだからには、悪魔にも注意せんといかんな」

 

 荷馬車に乗っていると、馬を運転する商人たちの会話が聞こえてくる。

 

「悪魔と出会ったことがあるんですか?」僕が訊くと、答えが返ってきた。

「もちろんないさ。出会って生きていられるはずがないからな。だが悪魔に出くわして死んだという話はいろいろある」

「夢魔スレイペンという名前は御存知ですか?」

「ああ知っているとも。人々の夢を盗み、悪夢を振り撒くという悪魔だよ。しかしこの旅の間はその話はやめてくれ! ただでさえ『悪魔の話をしていると悪魔が来る』と言われてるのに、名前まで出すなんて!」

「す、すみません」

 

 話を聞いた限りでは、やはり悪魔というやつはいるらしい。

 

 確か、現実では、6世紀ごろにディオニシウスが西暦を発明したといわれている。だとすると、この世界ではキリスト教の影響が薄いので、まだ「西暦」という概念は一般には浸透していないのかもしれない。

 そして偽ディオニシウスが天使の位階ヒエラルキアを記したのも、やはり6世紀前後だといわれている。その中でも、熾天使セラフ智天使ケルビムあたりが特に有名だ。

 

 悪魔がいるのなら天使もいるのだろう。天使がいるのなら神もいるのだろう。それならこの世界の神に頼めば、元の世界に帰れるかもしれない。そんな妄想が頭の中をよぎる。だめだ。疲れている。僕はシュウジたちと同じく、眠らなくては。そう思った時、馬車が止まった。

 

「盗賊だ!」「盗賊が出たぞ!」

 

 見やると、街道を塞ぐように、剣や斧で武装した盗賊たちが展開している。僕はやれやれ、と思った。人殺しは趣味じゃあないんだが、自衛のためなら仕方がない。

 僕は荷馬車から飛び降り、指輪をポケットから取り出す。狙い定めた一撃が、盗賊の一人の鎧を穿ち、打ち倒す。

 

『炸撃〔ファイアクラッカー〕!』

 

 それはシュウジの魔法実験によって生まれた攻撃魔法。遠距離からの銃撃によく似た効果をもたらす、おそらく最も簡単で確実な魔法。


「魔法使いだ! 魔法使いがいるぞ!」わめく盗賊に、僕はさらに追撃をかける。


 きびすを返す盗賊の背中を狙って、僕は立て続けに『炸撃』を放つ。どうやら魔法は物理法則の影響を受けないらしい。僕が目で見て、狙ったままの場所に正確に着弾する。商隊は無傷のまま、盗賊は壊走する。

 

「あんた……魔法使いだったのかい」商人の一人が呆然とした声で言う。

「内緒にしておいてください」

「どうりで領主様から支度金が出るはずだ。どうりで領主様から推薦文が出るはずだ。あんたはパリに行って、いったい何をどうなさるおつもりかね」

「そこまではまだ考えていません」僕は本当に何も考えていなかったのだ。

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