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最終話 ゲームの都

 イタリア北部、ランゴバルド王国の首都パヴィアに、フランク王国の猫と十字架をあしらった国旗がひるがえる。


 教皇からの色よい返事が届き、開戦から約一年。ランゴバルド王国デシデリウス王は捕虜となり、ランゴバルド王国は滅亡した。

 フランク国王シャルル・マルテルは、息子のピピン3世と共にローマ教皇と対面した。何も言わずとも、教皇は成すべきことを知っていた。彼は息子のピピン3世が即位する暁には、必ずやローマ教皇の名において聖別し、戴冠させることを約束したのである。

 本来の歴史であれば、ピピン3世の子、シャルルマーニュがこの場に立ち会っていたはずだ。つまり僕たちは、中世ヨーロッパの歴史を半世紀ほど早めた計算になる。


 ちなみに、この猫と十字架をあしらった国旗は、僕たちが考案したものだ。伝説の存在、猫の勇猛さと、十字架の信仰心とを融合させたこの国旗は、どの国にも増して力強く見えた。

 そして国旗と共に、国歌も選定された。ノートパソコンのYoutubeで聴くことができる膨大な音楽の中から、いくつかの候補が選び出された。宮廷音楽家たちとの極秘の、喧々諤々(けんけんがくがく)の、長い長い議論の末に、平原を矢のように速く走るという伝説の猫にちなんで作られた曲、すなわちゲームソング「チーターマン2」がフランク王国の正式な国歌となった。

 僕たちには予想もできなかったことだが、この偉大な国歌をより良く演奏するために、ヨーロッパ中の優秀な音楽家が集められ、様々な新しい楽器が開発された。ちょっとした音楽革命である。

 「チーターマン2」には、ラテン語で歌詞も付けられた。確かこんなふうだったはずだ。

 

 「猫の王(チーターマン)、それはフランク国王。猫の王(チーターマン)、それはそれはフランク国王。かの者こそ豪華ごうかなり。かの者こそ絢爛けんらんなり。走り続ける。敵にも負けず。彼は正義の英雄ヒーロー、誰にもくじけない!」

 

 YouTubeでチーターマンのオーケストラバージョンを聴くことができるので、ぜひ聴いてみて欲しい。とにかく馬鹿馬鹿しいほどかっこよくて覚えやすい曲である。たとえフランク王国が300年後に滅んだとしても、間違いなく、1300年先、21世紀までこの曲はヨーロッパ中に響き続けるだろう。

 

 同じくランゴバルド王国の都市であった大都市ミラノには、ローマ教皇の同意を得た上で、大学が作られることになった。これは神学校であると同時に、様々な学科、すなわちラテン語、法学、数学、理科、地理、歴史、美術、音楽、医学、工学、農学……とにかくありとあらゆるものを教える総合大学になる予定だ。

 この大学の建築には、やはりヨーロッパ中から集められた建築家が関わっている。この大学は、その建築に至る過程だけでも、間違いなく中世を一段先へ、ルネサンスへと導く。僕らはそう確信していた。


 そうそう。僕とモエは、そしてシュウジとレイコは結婚した。ローマ教皇の名のもとに結婚式を挙げたのは、さすがに現代人では僕らくらいではないだろうか。

 僕たちの指には、僕たちを魔王たらしめた悪魔の指輪ではなく、結婚指輪がはめられることになった。

 現代日本に帰るという目的には、もはや意味がない。皆で話し合った末、僕たちはこの地に骨を埋めることを決めたのだ。

 

 ミラノの館の一室で、僕は窓の外を、大学の建築予定地の方角を見ていた。

 「お前のターンだぜ」シュウジが僕に声を掛ける。僕は考えた末、ポーンを前に進めた。


 そう、今僕たちが遊んでいるのは、まごうことなきチェスである。石を彫刻して作られたチェスの駒は、現代のプラスチック製の駒と全く変わりなく扱えた。

 シュウジは、ヨーロッパの一都市を、具体的にはミラノを「ゲームの都」にすると既に決めていた。現代から持ち込まれた無数の手動ゲームは、製紙技術の発達に伴って、急速に市民たちの間に普及し始めている。チェス、トランプ、カタンの開拓者、モノポリー、そしてあのD&D(ダンジョンズ&ドラゴンズ)も、貴族たちの間で広がる兆しを見せているという。

 

「チェックメイトだ」僕はクイーンを動かした。

「ちぇっ。久々に俺が負けたな」「僕だってたまには勝つさ」


 ゲーム。そう。僕たちはゲームをしていたはずだ。大学の手動ゲーム部でゲームをしていたはずだ。長い年月をかけて、結局僕たちはまた同じことをしている。四賢者と呼ばれたこともあった。魔王とよばれたこともあった。だが、人類の歴史から見れば、きっと僕たちは長い夢を見ていたにすぎないのだろう。目を閉じればたちまちよみがえる、長い長い、豪華絢爛な、壮絶華麗な夢を。

 

「ほらほら、夕食が出来たわよ!」「今日はモエも一緒に頑張ったのです」

「ああ」「いまいくよ」


 僕たちは呼ばれて席を立つ。


「にゃー」テーブルの下で、久々に猫の鳴く声を聴いたような気がした。


-完-

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