一章 『王国と学生と』 1-(3)
第4部。添削、追記終わりました。
この場面必要かって? 必要です……たぶん。
戦技ストラグルの判定を終えた後、フェイオン、コロン、タスケの三人は商業施設を抜けて講義棟付近を歩いていた。
商業施設の周りには講義を行うための講義棟が立ち並び、それを北東に抜けると闘技場や軍事教練などを行うための演習場。北に抜けると学国の運営を一手に取り仕切る庁舎群、いわゆる政庁エリア。北西に抜けると各個別講堂を含めた居住エリアが存在している。
政庁エリアにはほぼ全ての庁舎が存在しているが、管轄によって、特に学国内の防衛や治安維持を目的とした組織などはその職務を遂行するに適した場所を拠点としている。
学国は所在が王都の区画を間借りしているような状態の為、入口から末広がりに敷地が広がっているのが特徴的で、施設を増築増設していく過程の中で王都の外周を大きく超えて敷地が広がっていった。その為、正門を頂点に歪な三角形をしていてその底辺は未だに広がり続けているのが現状である。
この三人が現在歩いているのは正門に程近い講義棟付近である。政庁エリアに向かう北門方面を目指して歩みを進めていた。
フェイオンは頭に手を組んでだらしなく。コロンは無駄に楽しそうに。タスケは『人体の不思議。勁理学編』といかにもな本を読みながら歩いている。
すると二号棟の入り口に差し掛かったところで、タスケが何か思い出したように顔をあげて、二人に話しかけた。
「そう言えば、師匠とコロンちゃんはこれからどうするんです?」
「ん~? 俺は報告兼ねて帝庁に顔出してくるわ」
「あたしはユイちゃんが飼ってるってゆー、アントニオイノシシを見物に行ってくる!」
フェイオンはともかくコロンの予定に違和感を覚える二人。
「なにその猪……。カリスマ性にでも秀でてんの?」
「首回りが赤い毛におおわれた、元気があれば何でもできるイノシシらしいぜー」
「なんか、いろんな意味で危なそうですね」
「何故か知らんが……。その名前に惹かれる俺がいるのは確かだ」
二人は謎の生物に興味津々だったが、それ以上にそんな生物を飼っていると言うユイちゃんの正体の方に興味が湧いた。
「食べられるかなぁ」
「やめとけ……」
食欲の権化であり、じゅるりと舌を鳴らすコロンの暴挙を未然に防ごうとしたが、もし実行に移しても他人のフリを全力ですると誓うフェイオン。
「僕はこれから勁力学の特別講義があるので、これで失礼しますね」
タスケはそう言うと本をパタンと畳んだ。
「特別講義? そんなもんあったっけか」
「ええ。と言っても勁医学の講義なんですけどね。そんなに興味はないんですけど、カルディナさんが受けろってしつこくて……」
「あの色情魔か。大変だな……力になるつもりは全くないが、頑張れよ」
「いや、嘘でもいいからそこは力になると言ってください」
優しい目をして、堂々の傍観者宣言をされたタスケはうなだれながらツッコんだ。
「冗談だよ、冗談」
「ほんとかなぁ……」
「ほれ、もう行け。遅れんぞ?」
タスケのじと目に耐えられなくなったフェイオンの苦し紛れの指摘で気づき、懐から時計を取り出すタスケ。
「あ、ほんとだ! それじゃあ!!」
「おう、頑張れよ」
そう言って手を振りながら駆けていくタスケを見送った。
そんな様子を見ていたコロンが呟く。
「タスケは勉強熱心だねー」
「この場合、その褒め言葉は当てはまらないと思うんだがな」
無理やり受けさせらているのを知っているフェイオンはそう返す。
「でも、頑張っても全然上達しないのにいっぱい頑張ってるよ? 挫けちゃったりしないのかなぁ……」
「お前それ本人に言ってやるなよ? 泣いちゃうよ? あいつ」
「茶化さないでよフェイちゃん!」
「……いいんじゃねぇの? あいつの勁下手は末期だが、諦めて何もしない奴よりは好感が持てらあ。努力を笑う奴も、努力をしない奴も、それは冷めてんじゃなくて無気力っつうんだよ」
「……良くわかんないけど、フェイちゃんに言われたくねーよってみんな言うと思う」
「うっせぇっ! 俺のは病気なの! もう修練で何とかできるレベルじゃねーのっ!!」
溜息をついて、やれやれ と言うジェスチャーをするコロン。こう言う所ばかり上手くなっていくのは保護者である自分の近くにいたせいだと思えなくもないが、
「てめぇ……。だいたい、お前だって軍学以外サボってばっかじゃねーか!」
「あたしは戦術師志望だもん。人生の中で賭けるべき生き甲斐を見つけて、それだけに心血を注いでいるのだよ。わかるかな? わからないかな? わからないだろうなー……フェイちゃんの頭じゃ」
「はっはっはっ。何を言ってるのかなこの小動物は。お前のようなちんちくりんはせいぜい軍のマスコットどまりだろう」
「あたしまだ十二だもん! これからもっと伸びるもん!!」
頬を膨らませてフェイオンに特攻するコロンだったが、いち早く頭頂部の結び目をフェイオンに掴まれて手が出ない。
「ふはははは、現実を見ろ犬ころめ。呪うなら己の遺伝子を恨むがいい!」
完全に悪い大人の見本と化したフェイオンは、高らかに声をあげて魔王の如き邪悪な瞳でコロンをおちょくるが、
「とうっ!」
「のぅッ!?」
手は出なかったが足は出た。
「悪は滅びる」
「お前……正義の味方にしては攻撃がエグすぎんぞ……」
股間を押えてうずくまるフェイオンと、勝ち誇るコロン。
周りで見ていた学生たちがクスクスと笑っている。それに気付いたフェイオンは、あはは、と渇いた笑い声を発して、コロンを抱えて一目散にその場から逃走したのは言うまでもない。
結局、北門付近までコロンを抱えて走るはめになったフェイオンは、大量の汗を噴き出しながら、ぜぇぜぇと荒い息で膝に手をついた。文句の一つも言いたかったが、先程の二の舞を演じそうなので断念。呼吸を整える。
この先の北門を通ると政庁エリアに辿りつくが、コロンは友達と遊ぶと言うのだから居住エリアに行くのだろう。北門からは居住エリアに行けない為、ここで別れようと声をかけるが、そんなフェイオンを無視して怪訝な表情でコロンは話しかけてきた。
「そう言えばハリー元気なかったね?」
ハリーとはコロンがハリエットを呼ぶ時の愛称である。ハリエットだから普通はハティだろ、と思うが別段支障がないため放置している。
「そうか? あいつはいつもあんなもんだろ」
先程の戦技ストラグルの後、確かに言われてみればハリエットは少しおかしかったようにも思える。勝敗が決した後レニーと何やら話していたようだがそれが原因だろうか。しかし、それは取り立てて自分が心配するような事でもないだろうとも思える。幾度となく判定官として彼女の戦闘を捌いてきたが、いつも先程の様な取っつき難い感じで寡黙かつ冷静沈着な少女であるし、何より顔見知りではあるが、ハリエットの心情を解するほど親しい間柄でもなかった。コロンは自分より幾分親しいようだが、それを自分に言われても困る。
「フェイちゃんに女の子の事を聞いたあたしが馬鹿だったよ……」
「ほっとけ! どっちにしろロイドがいるんだから大丈夫だろ。あいつちゃっかり後ろの方で見物してたし、俺らが口出すこっちゃねーよ」
十二の子供に女云々を語られたくねぇ、とフェイオンは言いたいのを我慢した。
ロイドとはハリエットの恋人である。本人達に直接聞いた訳ではないが、おそらく間違いないだろう。学内でもハリエットの傍には戦技ストラグルの時以外、彼がいつも傍にいるからだ。そしてハリエットがロイドといる時の表情を見ていれば大体察しが付く。何と言うか、単純に言えばロイドといる時のハリエットは表情も仕草も武人と言うには程遠い。どこからどうみても恋する普通の少女、とまでは言わないが、フェイオンが見ている限り心を許している状態である事は間違いないと思われる。そう言う訳でハリエットの鉄面皮ぶりを知っているフェイオンにとって、二人が恋人同士という考えに至るまでにさほど時間はかからなかった。
「うん……そうだねっ!! ロイドの方がフェイちゃんの百倍頼りになるもんねっ!!」
フェイオンの言葉にコロンは少し考え込んだが、結局口に出したのは身も蓋もない言葉だ。
「……お前大人は傷つかないとか思ってんだろ」
人として格下と言われたようで、げんなりするしかない。
「じゃあ、あたし行ってくるね! ちゃんと仕事終わらせろよーー!!」
納得がいったのか、フェイオンを失意のどん底に陥れた元凶は、無邪気な笑顔で走りだす。
「おー、行け行け。さっさと行け。すぐに行け」
疲れ切ったフェイオンは、聞こえても聞こえなくても良いぐらいの声で投げやりにコロンを見送った。
「……あいつの相手をしても疲れない秘訣、誰か教えてくんねぇかな……」
そして若干本気の愚痴をこぼした後、フェイオンは自らの目的地に向かってだらだらと歩き出した。
4
帝庁の長に挨拶を済ませた彩貴と案内役の喬伯。二人は最上階にある執務室を後にし、現在帝庁の一階の入り口を出た所であった。挨拶と言っても一言二言会話を交わすだけの形式的なものだったが、彩貴にとってはこの帝庁の機能と内装の方に目を奪われていた為に、それ程緊張などを感じずに平静を保てたのは幸いだった。さすがに最先端の技術を結集し機械技術と産業技術を牽引する学国である。手を使わずとも開く入口に、階段とは違い上下階への移動を容易に行う昇降機。2重、3重にも敷かれたセキュリティ。その他、何に使うのか用途不明な機器類の数々。喬伯に尋ねてみたが、ここではこれが当たり前だと言う。これも魔素工学の恩恵と言う事か、と近年大陸に普及している魔素エーテルに思案が及んだ。
「それにしてもすごいところね、ここは。噂には聞いていたけれど、これ程とは思わなかった」
「学国は魔素工学の最先端技術が詰まっていますから。彩貴殿は学国に初めてこられたのですから驚くのも無理はありません」
「この技術がいずれ世界標準になった時は、みんな私みたいな反応をするのでしょうね。皇国もそうなる日が来るのかしら」
「……新たな機器類や技術はまず学国内の施設で試験的に運用されていきます。その後、各国に売り込んでいくわけですが……」
喬伯はそれだけ言うとわずかに口ごもり、そして話を続けた。
「皇国は技術や技術者の流入を規制していますからね。このままでは他国に後れを取るばかりです……あっ! いや、決して国を批判してる訳ではないんです! ……ただ……」
「わかってる。国を想う一心からの苦言でしょう?」
「はっ……。恐縮であります」
東周皇国が閉鎖的であるのは、何も今に始まった事ではない。
リブアース中央、西国一帯から見れば東国一帯は過去に遡ってみても、文化的、民族的に後れを取った蛮国であるとの認識が一般的である。近年そのような差別意識が薄れてきているのも事実であるが、それを抜きにしても皇国などは他国との干渉を事のほか拒んできた歴史が為に、交流を持つと言う機会が制限されてきたのもまた事実だった。
そのような背景によってある種の溝のようなものが他国と皇国の間に出来てしまったのはむしろ必然と言えるだろう。
だがこれほどの歴史的変革を前にしては、喬伯が言う様に皇国も何かしらの変革が必要なのではないかと彩貴は思う。確かに軍事的見地から見ればそれ程の影響はないように見える。
現代戦闘は勁、紋章術、DRの独壇場であり、いくら魔素エネルギーを利用した兵器等が進化しようと、この三強に付け入る隙は皆無だろう。それ程、この三つの力は戦闘力として抜きんでているものなのだ。
だが民の暮らしを考えればそうも言っていられない。皇国の民が他国よりも辛苦を強いられているとは思わないが、その暮らしがより楽になり、活力に溢れ、希望を与える事が無駄であるとは思わない。それだけの可能性が、魔素エーテルにはあるのだから。
「……レリックの研究、模倣の過程で発見されたプロセス。その工程を経る事によって生み出される魔素エーテル。そしてそれを永続的に生み出すことを可能にしたシュドラ機関。まさかこれ程世界を一変させる事になるとは、誰も思っていなかったでしょうね……」
レリックは未だ全容を解明されていない未知の兵装だが、その研究は長年なされてきた。しかし現代科学の粋を集めても、解明できたのは極一部であり、そしてその一部がレリックの基本回路であり心臓部とも言われるロアシステムである。ロアの名は研究対象となったレリックの名から採用された。
ロアシステムとはレリックに埋め込まれた宝玉を模した形状の中枢部とも言えるシステムであり、その機能は勁の解析、分解、再構成、圧縮、増幅を司ると言われる。そしてこの機能を部分的に再現したものがDRレリックなのだ。
だがその再現すら容易ではなく、個々の理論は疑似的にとはいえ再現出来るものの、一つの回路でこれだけの物理現象に対する作用と、効率を両立する回路は現代科学においても再現不可能であり、この部分のみを現代の技術で限定的かつ疑似的に再現し複製するに留められた。
その結果、レリックの性能を鑑みて劣化と揶揄される性能に落ち着いたものの、DRレリックは勁が戦時能力の大半を占めるこの世界で、もっとも多様性にとんだ武具として世界に普及していったのだ。
その後、注目されたのがロアシステムの機能の魔素への流用であり、成功を収め生み出されたのが現在の産業発展の基盤とも言える魔素エーテルなのである。
「皮肉なものね……。かつて相争った魔相のなれの果てを、今はエネルギーとして利用している。摂理と言われればそれまでだけれど……」
「……しかし、他国は魔素エネルギーの普及により着々と工業化を進めています。近いうちに大産業革命とも言える構造変革が世界規模で起きるでしょう。このまま行けば皇国は、その流れに乗り遅れ時代に取り残されてしまいます……」
「そうね……。軍幹部にもそれを危惧している人はたくさんいる。ただ……」
彩貴は自身の持つ不安の種を口に出す事を躊躇した。これは皇国で彩貴だけが持つある人物に対する不信感。一学生にこんな事を言っても仕方がないとかぶりを振る。そして口に出そうとした。
「いえ、なんでも……」
その瞬間、彩貴は奇妙な既視感を覚えた。
どう表現すればいいのだろうか、それは視覚的なものではない、懐かしい様でいて不安にも似た既視感。一見相反する様に思える二つの心情を伴った奇妙な感覚。
ある男とすれ違った瞬間に、それは唐突に彩貴の胸に去来したのだ。
彩貴は気付くとすでに、すれ違った男の方を振り返っていた。
「どうされました……?」
突然振り返った彩貴を見て、喬伯は驚きをもって聞いてくる。
だが彩貴は答えられない。
違う。そんな筈はない。
心の中でそんな己の甘い期待を振り払う言葉だけが飛び交う。
そして懐かしさや不安は、やがて恐怖にも似た感情に支配された。その恐怖にも似た感情が、男の背中を追って声をかける事をためらわせる。ただ黙って男の背中を見送り、やがて彩貴は口を開いた。
「伯……あの男を知ってる?」
「は? え、ええ……。確か判定官として働いている……名を何と言ったか忘れてしまいましたが……」
「…………、」
彩貴はそれを聞いても言葉なく、遠くへ消えていく男の背をただ見つめている。
喬伯はこれ以上声をかける事が憚られる程の彩貴の思いつめた表情に対して怪訝な表情を浮かべ、彼もまた、彩貴の見つめる先に存在する男の背中を見送る事しか出来ないでいた。
二人が無言でその場を後にしたのは、これより数刻後の事である。
話数が増えてきたら、いずれ統合して減らそうと思います。