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『関係ないでしょ』

作者: ミオ
掲載日:2026/08/07

同棲した時、沙織は健一に言った。


「お給料は私が管理するね。その方が家計管理しやすいから。」


健一は頷いた。


「任せるよ。」


それから結婚し、二十五年。


健一は、お給料の入る口座の通帳とカードを沙織に渡していた。


家のことは妻。

お金のことは妻の方が詳しい。


そう思っていた。


だが、健一が何か聞こうとすると、いつも同じ返事が返ってきた。


「大丈夫だから。」


「貯金はあるの?」


「あるって言ってるでしょ。」


「住宅ローン、あとどれくらい?」


「あなたは仕事だけしてればいいの。」


最初は、信頼されているのだと思った。


自分が稼ぐ。

妻が守る。


それが夫婦の形だと思っていた。


しかし、定年が近づいたある日。


健一はふと聞いた。


「老後のお金、どれくらいあるんだ?」


沙織は黙った。


そして、小さく言った。


「……そんなにない。」


健一は耳を疑った。


「え?」


「子どものことや家のことに使ったから。」


「でも、毎月給料全部渡してたよな?」


「だから管理してたじゃない。」


その言葉に、健一は違和感を覚えた。


管理していた。


でも、共有していたわけではなかった。


家のお金がどうなっているのか。

何にいくら使っているのか。

貯金はいくらなのか。


健一には何も知らされていなかった。


「俺にも知る権利あったんじゃないか?」


そう言うと、沙織は不機嫌そうに答えた。


「あなた、お金のことなんて全然分からないじゃない?」


その瞬間、健一は気付いた。


妻に家計を任せていたのではなく、ずっと、知らないままにされていたんだ、と。


もちろん、ちゃんと確認しなかった自分にも責任はある。


でも、夫婦のお金は妻だけのものでも、夫だけのものでもない。


「あなたには関係ない。」


そうやって何年も閉ざされたままだった家計は、

いつの間にか夫婦の間に大きな壁を作っていた。


離婚の話し合いの日。


健一は最後に言った。


「お金がなくなったことより、辛いのは、二十五年間、俺が家族の一員じゃなくて、ただの収入源みたいに扱われてきていたことだ。」


沙織は何も言えなかった。


自分では家族を支え、守ってきていたつもりだった。


隠してきたつもりはないが、この人には理解できないだろうと思い込んではいた。


だから、使い道を、一々説明するのが億劫で、先送りにしてしまっていた。


気付けば、健一名義の口座の貯蓄は、ほとんどない生活が当たり前になっていたが、健一のお給料とボーナスは毎月全額家計に入ってくるので、なんとかなっていた。

貯蓄が少ないことを、気にしたこともなかった。


沙織にとって、


健一のお給料とボーナスは、健一が毎月働いて稼いできているお金というより、


この家庭、家族の生活費として毎月消費されるお金、


自分はそれを管理する人、という認識だった。


夫婦の収入、

夫婦の蓄え、

夫婦の老後資金、


という意識は、沙織にはなかった。


当たり前に、毎月必ず入ってくる、この家庭の使用可能額でしかなかった。


お金を管理する人と渡す人だけでは、夫婦は成り立たない。


一緒に歩く二人の人生を、二人で考え選択しながら築いていく。


その家庭の共同運営者だという、相手への配慮と理解が、お互いに、ほんの少しでもあったら、


この夫婦が二十五年の歳月で、


こんなにあっさりと、終わることはなかっただろう。

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