太陽が眩しすぎて
俗に言う処女作なので、お手柔らかにお願いいたします。
もう何回になるだろうか。俺はまたこの扉に向かって話しかける。静寂が支配するこの場所のこの雰囲気に押しつぶされないように、明るい口調で人生はとっても楽しいんだって、宗教の押し売りみたいに。
「なあ、陽咲今日前におすすめしてもらった小説読んだよ。ミステリー小説だったけどさ、恋愛要素もあって伏線もそういうことだったのかーって感じでめっちゃ面白かったよ。おすすめしてくれてありがとな」
内容なんてなくていいから、ただ楽しい気分になれるように
「友達にさ、火島っていたじゃん。そいつが今日バレーで大活躍でさ、バンバンスパイク決めていってめっちゃかっこよかったんだよ。あいつがそんなに動けるなんて信じらんねぇよな」
ありもしない日常を語る、少しでも傷が癒えるように
「あ…もう帰らないといけねぇわ。じゃあ、また明日な」
それが俺にできる罪滅ぼしだから
俺—八木水月は扉の向こうの少女—天戸陽咲の小学生からの幼馴染だ。陽咲は少し小さめの身長とスレンダーという言葉が似合う体型、明るい髪色のショートカットで、それにリンクするように明るい性格をしていて、すぐにクラスの中心人物になる太陽みたいな人物だった。対して俺は黒色で長すぎず短すぎずの髪型、身長、体重も一般的な高校生から逸脱しておらず、友達はいるが滅多に遊びに誘うことなんてなかったし、向こうも俺を誘うことはなかった。陽咲以外からは。
陽咲は小学生のときから人気者だったが、それでもなぜか俺のことを気にかけてくれて、高校に入ってもたまに…というか月に1、2回遊ぶ仲だった。家も近くて小学生のときなんかはよく家に遊びに来たり行ったりして、たまに秘密基地で遊んでた。どうして俺なんかと…ってのは死ぬ気で考えてもわからなかったけど、俺は陽咲に救われていたし、恋愛的に好きだった。
だけど、そんな日咲は今自室に引きこもっている。そして俺はほとんど毎日その扉に向けて話しかけている。
「もう9月だろ、なんでこんなに暑いんだよ。」
俺は陽咲の家の前でそうこぼす。今日は日曜日だからいつもより早い時間に来たのだが、絶賛後悔中だ。
「ごめんね。暑かったでしょ。早く中に入って」
そんなことを考えていると陽咲のお母さん—照さんが玄関の扉を開けてくれた。照さんは高校生の娘がいるというのに美人で若々しく、陽咲と同じ髪色をしているが、陽咲と違って出るところは出ている。照さんと話しているとたまに旦那さんが羨ましくなる。
「ありがとございます」
「感謝なんてしなくていいのよ。水月くんが来てくれるおかげであの子も最初に比べたら元気になってるんだし、こっちが感謝しないといけないくらいよ」
そんなことを言うなら照さんだって俺に感謝しなくていいのに、これは俺が勝手にやってることだから。と思ったが言葉にはしなかった。できなかった。照さんが俺に本当に感謝してるって感じたから。そして、いつもあの部屋の方向を見ているから。
「一応麦茶とお菓子用意してあるけど食べる?」
「あー麦茶だけもらってもいいっすか」
「!ふふ、すぐ持ってくるわね」
いつもならそのまま部屋に一直線だけど、この暑さで流石に喉が渇いた。
照さんに迷惑かとも思ったけど、なんか嬉しそうだったからいいか。
「はい、麦茶」
「ありがとうございます」
こういう時の麦茶は下手なジュースよりも美味いな、あ〜生き返る〜って感じがする。
「なんで嬉しそうだったか気になる?」
!バレてる
「まあ、気にはなります」
「ふふ、じゃあ教えるけど。さっき水月くんがお願いしてくれたじゃない。それが嬉しくて」
「?なんでそんなことで嬉しくなるんですか」
「だって、前までの水月くんって人に頼ったり絶対しなかったでしょ。死にそうな顔して俺なんかがって言って。今日は自分を卑下することもないし、成長したなって。いや、これはどっちかっていうと元に戻ってきたって言った方がいいかしらね」
自分ではわからなかったけど、俺は変わっていってるのか。
「もう水月くんも家族の一員みたいなものだから、あの子じゃなくてもいい方向に変わってくれるのは嬉しいものなのよ」
ここまでストレートに言われると少し恥ずかしいものがあるな…
「あ、あの!もう俺いきますね」
「じゃあいつもみたいに帰るとき教えてね」
俺は照さんから逃げるように、陽咲の部屋に行く
いつものように音のしない廊下、その奥の扉の前に座る。
俺が変わってきてるんだったら陽咲だって——と都合のいいことを考えて
「陽咲、今日はさ早くきたんだ。陽咲といっぱい話したかったからさ、まあそのせいで汗ダラダラだけどな!ほんとに9月かってくらい暑くてやばいんだよ」
俺の話を聞いてるのか、聞いてないのか。起きてるのかもわからないまま手探りで暗闇の中を進んでいくように話していく。
「今日照さんからさ、俺変わってきてるって言われたんだよ。前みたいになってきてるって。俺は全然わかんなかったんだけど、もしかしたら陽咲も自分じゃわかんないだけでいい方向に変わってきてるかもな」
ああ、くそ、もうわかった。わかってしまった。こんなのただの綺麗事だ。
「俺ってそんなに人に頼らないか?陽咲とかさ照さんとかに頼りっぱなしだよな。例えば中学生のときとかさ、ノート見せてーとかずっと言ってたしさ」
俺はあのときから何も変わっていない。この場所に来てこうやって話して、わかった。ずっとこの空気に押しつぶされそうで、俺を責めてるみたいで、ここでみっともなく泣き叫んでしまいそうなくらい陽咲と話したくて、楽になりたくて。俺が自分を許せるようになるために照さんも陽咲さえも利用している。最低最悪の俺のままだ。
「じゃあまた明日な」
それでも、ここへは来ないといけない。これは俺への罰だから。そして、今度こそ陽咲を助けたいから。それがたとえ偽善だったとしても。
「お邪魔しました。また明日も来ますね」
「もうちょっとゆっくりしていってもいいのよ?」
「いや、やらないといけないことがあるんで。失礼しました」
俺は照さんから逃げるように陽咲の家をあとにした。
陽咲が通っていた高校(俺も通っている)は偏差値も普通の公立高校だ。俺は帰宅部だったけど陽咲はバスケ部に入っていた。陽咲はここでもその性格から人気者になり、実力も高かったことから1年の時点で次期部長なんて言われていた。陽咲は自分には身分不相応だと言っていたが、俺はピッタリだと思った。というか、全校生徒の中で思っていなかったのは陽咲だけだっただろう。それでも、陽咲は俺と遊んでくれたし、部活がない日は一緒に下校してくれた、ちょっと男子達から目をつけられたがそういう関係ではないなど懇切丁寧に説明してことなきを得たのも今ではいい思い出だ。
でも、ずっと考えてしまう。なぜ陽咲は俺を選んだんだろうって。俺じゃなかったら今頃、俺が罪の呵責とトラウマに苦しむことも、陽咲が精神を病むこともなかったのに。
10月になって涼しくなり、俺の学校はもうすぐ体育祭ということもあって活気付いている。まあ、いつも騒いでいるやつらはもっとうるさくなってちょっと嫌だなあって思うこともあるが。でも、何もする気の起きない俺みたいなやつからしたら、こういうふうに行事を楽しめるってだけで羨ましいものだ。
そんなことをぼーっと考えていたのが悪かったのか、いきなり誰かが俺に近づいてきた。
「八木、そんなに暇そうならこれ持ってくの手伝ってくれない?」
短く切り揃えられた頭に高い身長、人に優しく頼み事はなんでもこなす、ここまで太っていなかったら…とは誰もが思ったであろう人物—火島岳が俺に山積みになったノートを見せながら言う。
「またそんな頼み事引き受けたのかよ。もうちょっと自分出してもいいんでぜ?」
「いやいや、これは僕がやりたくてやってるから、大丈夫だって」
「まあ確かに、やめたらただでさえキツイのに彼女作るのがさらにむずくなるもんな」
「ああ、僕は太っていても可愛い彼女を作れるってことを証明するためにこんな体型に…って違うから!」
こういうノリツッコミをしてくれるところからもこいつの気の良さが伺えるな。本当に俺には勿体無いくらいの友達だ。
「まあまあ落ち着けって。手伝ってやるから。それで、これどこに運べばいいんだ?」
「なんか納得いかないなあ。まあいいけどさ。僕も半分持つからついてきてよ」
その後、廊下に出た俺たちは2人横に並んでノートの山を運んでいたが、いきなり火島が俺に話しかけてきた。
「それで、八木もう大丈夫なの?」
「大丈夫って何が?」
いきなり言われて驚き、そういうセリフを言われたくなかったことも相まって少し強く言い返してしまった。
「気分を悪くしたなら申し訳ないんだけど、ここ最近ずっとお前やばかったんだからね。いつ見ても死にそうな顔してるし、心配してたんだよ。まあ今はちょっと顔色も良くなってるけどさ」
「あー大丈夫大丈夫ちょっと体調崩してただけだって」
そこまで酷かったのか、あの時の俺
「その前も天戸さんと一緒にずっと休んでて。仲良かったから2人に何かあったんじゃないかって」
「心配してくれてありがとな。でも、全然何もなかったから」
「そんなこと言って中学校じゃ僕たちにいじめを受けてたこと教えてくれなかったよね。天戸さんからも小学校の時も自分からいじめられて、いじめられてた子を助けたって聞いたことがあるんだよ」
「……」
「また自分から大変なことに首突っ込んでるんじゃないの?」
「そんなことするわけねえだろ」
「だったら天戸さんは?八木と一緒のタイミングで休んでて、今も来てないのに本当に何もなかったの?」
まさか火島にここまでつっこまれるとは。でも、これは俺たちのことを友達として大事に思っているからこその疑問であり、その根底には心配があるんだろう。
「……本当に何もないから。職員室だよな。先に持っていくわ」
その気持ちは嬉しいけど、でもこれは俺たちの問題だから、いくら火島でも教えることはできない。
「……持っていくの視聴覚室だから!!」
少し経ってから、火島の声が聞こえた。
あの後火島が俺に話しかけてくることもなくそのまま何事もなく学校が終わり、俺は学校からそのまま陽咲の家へと向かった。
俺が下校するくらいの時間は照さんも旦那さんも仕事していて、家には誰もいない。でも、俺は家の合鍵を持っているため入ることができる。別にこれは盗んだとかスペアキーを勝手に作ったとかではなく、前に逃げるように帰ったときから照さんはさらに俺のことを気にかけてくれるようになってくれて、その一環として合鍵をもらったのだ。
きちんと照さんには、照さんは全く関係ないですからここまでしてくれなくて大丈夫ですと言ったのだが、照さんは関係あるなしに関わらず何かあったのなら助けになりたいってのは当たり前じゃないって言ってくれた。本当に感謝してもしきれない。
そんなわけで、今この家の中には陽咲と俺だけなのだが、そういう雰囲気になるわけもなく、ただこの薄暗がりの廊下でいつものように話すだけだった。
いつものように1人で。
「照さん俺なんかに合鍵くれるとか太っ腹だよな。すげー優しいしちょっと陽咲のことが羨ましいぜ」
まあ、もう何十回と話してきたんだ。前みたいに変な感傷に浸ることもない。
「火島が太っててもモテれるって証明するために頼み事を受けているんだ!って熱弁しててさ、めちゃくちゃ笑ったわ」
だから、この気持ちは間違いなんだ。
「……火島がさ、お前のこと心配してたぞ。何かあったんじゃないかって、めちゃくちゃ質問してきてさ」
だから、それは言っちゃいけない。俺はそれだけは言わないようにしてきたはずだ
「俺もさ……心配してるんだぜ。いつ元気になるのかって」
これを言って楽になるのは俺だけだ。言ってしまったらただ悪戯に陽咲を傷つけてしまう。それは分かっているのに、叫びたくて仕方がない。ただ楽になりたいとしか考えられない。
「だから……早く元気になってくれ、せめて俺の話を聞いてるかだけでも教えてくれ…俺と話してくれ………俺は…また前みたいに陽咲と話したいよ……」
「…早く楽になりたい、この罪悪感から解放されたい……だから…」
「俺を……救ってくれ…」
俺はこの後も自らの醜い願望を吐き出し続け、落ち着いたのは1時間近く経ったあとだった。
ひとまず、陽咲にもう帰るわ。と言い自宅に帰る。自室にカバンと制服を脱ぎ捨て、ベットに寝っ転がる。そして、考える。
1人きりで話かけ続けるというのは思っていたより堪えるものらしい。しかも、3ヶ月話しかけ続けてまだ俺の話を聞いてくれているのかさえもわからないままだ。あんなふうに弱音を吐露するのも仕方なかったのかもしれない。そんな言い訳をする。
もう、俺は…………いや、陽咲のことは俺の罪だ。諦めるなんてことはありえない。
本当に?ここまで、頑張って弱音を吐かずに話しかけ続けて、何も変わらなかったのに?
俺の中に、陽咲に対する憤りが燻る。諦めの気持ちが、強くなる。
だったら、もう……俺が頑張る必要なんて……
そんな気持ちから目を逸らすように枕に顔を埋める。もう何も考えないように。ただ我慢する。
そうしているうちに、意識が沈んでいった。
そして、俺は夢を見た。あの日の夢を、あの悪夢を。
いつの日か俺は陽咲とデートしたことがあった。まあ、デートと言っても陽咲がたまには付き合っているって設定にして遊ぶのも面白そうじゃない?と言って決まった偽デートだったんだが。
それでも、好きな人とのデートだったから緊張してたし、場所がいつも行っているショッピングモールでも楽しみだった。
「ごめーん。待たせちゃったー?」
「い、いや。俺も今来たところだから」
や、やばい。焦りすぎて声が裏返った。よく恋愛漫画の主人公は緊張しないよな……
「ぷっははは、水月緊張しすぎ。全然言えてないじゃん」
「う、うるせえな。誰かと付き合ったことなんてないんだから仕方ないだろ」
「…ふーん。やっぱりそうなんだ」
ん?なんか嬉しそうだな。
「安心してよ。私がエスコートしてあげるから。まあ、私もデートの経験なんてないけど…」
「おいおい、全然安心できねえな」
まあ俺としたら経験なくて嬉しいけど
「まあまあ、ほら、もう映画始まっちゃうかもしれないよ。急いで」
そんなことを言って陽咲は俺の手を取って走り出した。恋人繋ぎで。
「ちょ、ちょっと待てって。手!手放して!」
「いいじゃん。付き合ってるって設定だし。もしかして、照れてる?」
そうやって陽咲は蠱惑的な笑みを振り撒く、確かに繋がれた瞬間はそんな気持ちもあったかもしれないけど…今は
「違う違う!恋人繋ぎでそんな走れないから!俺の腕変な方向に曲がってるから!」
「……あ」
「ごめんごめん。繋いでること忘れてたよ」
「いや、陽咲から繋いできたんだよな」
「もう終わってることを掘り返したら女の子からモテないよ〜。ほら、代わりと言ったらなんだけど、もう一回恋人繋ぎしてあげるからさ」
「お、おう」
く、さっきは感じる暇もなかったから耐えれたが今度はまずい。この手のひらから伝わる柔らかい感触に耐えられる自信がない。っていうかなんで陽咲は動揺してないんだよ。俺にはそんなに魅力がないってことか?もしかして男として見られていないのか。もしそうだったら死んでしまうぞ。俺が。
「急に黙ってどうしたの。やっぱり照れてる?」
「あーいや、どういう映画なんだろうなってさ」
「ん?ああ、言ってなかったけ、ほら今話題の恋愛映画だよ。見てみたいって前話してたでしょ」
「ああ、あれか。……あれ?でも見れる時間あと1時間後だぞ」
「……へ。…まじで?」
「まじで」
「あれーなんでだろ。ちょうどいい時間を待ち合わせ時間にしたんだけどな…」
「もしかして気づいてないのか。俺待ち合わせ時間の一時間以上前に来てるし、陽咲も俺が来てからすぐ来たから今待ち合わせ時間より全然前だぞ」
「……まじで?」
「まじで。って同じやりとりしてないか」
「これが噂の“天丼”ってやつだね」
うるさいよ。ってか陽咲がこういう見落としをするのは珍しいな。俺とのデートが楽しみだったからだ。ってのは夢の見過ぎか。
「うーむ。じゃあこの時間で何しようか」
「ご飯食べるとかはどうだ?お腹空いてないならいいけど」
「いや、ナイスアイデアだよ。私もさっきからお腹空いてたんだよ。さっきからアピールしてたし」
「そんなのしてたか?」
「ほら、さっき天丼って言ったでしょ」
「まさかあれが伏線だったのか。……いや、絶対うそだろ」
「ははは……じゃあ、なにを食べるか選びに行こうか」
「話変えたな……」
結局付き合ってるっぽい雰囲気にならないな。まあ俺としてもそっちの方がいいんだけど。このままの状態でさらにそういう雰囲気まで出されたら俺の心臓が破裂してしまう。
そんなアホみたいなことを考えているうちにいつのまにかフードコートについていたらしい。というか、もう陽咲がご飯を運んできてくれた。俺が考えごとをしているうちに買っていたのか。
「買ってくれたのか。ありがとな。お金は払うから」
「違うよ、これは私のだけだよ。だから水月のぶんは自分で買ってね」
「え…これ、全部陽咲が食べるのか……さ、さすがに多すぎないか」
俺たちの目の前に置かれたのはまるで今からフードファイターが食べるのかな?と思うほどの多さのご飯。いくら陽咲が健啖家だからといってもこれは……
陽咲は食べるのが待ちきれないといった表情でナイフとフォークを持っているが、これから映画だってのに無理はさせられないよな。
「そんなに食べたらポップコーンとかジュースとかが入らなくなるかもしれないだろ。だから、俺も少し食べていいか?」
「っは、たしかに。じゃあ一緒に食べようか」
なんとか思い直してくれたか…代わりにポップコーンを買う時にも同じようなことをしないといけなくなったが。
「ほらほら、早く食べようよ。今ならあーんしてあげるよ」
「い、いやいや。そんなことしなくていいから」
「こんな可愛い女の子があーんしてあげるって言ってるんだから、断るって選択肢は元々ないんだよ水月くん。わかったら早く観念するんだね」
「いったいどんなキャラなんだよ。ってほんとにすんのかよ」
「そりゃそうだよ。ほら、あーん」
「あ、あーん」
は、恥ずかしい。でも、それ以上に陽咲にあーんされたことが幸せすぎる。
「や、やってみると案外恥ずかしいんだね……」
陽咲が頬を朱に染めながらそう言う。そのまま変な空気の中ご飯を食べ終えた俺たちは、時間もちょうどいいということで映画館に向かって行った。
「すいません。チケットもらえますか。カップルシートがいいんですけど」
「わかりました。カップルシートですね。こちらになります」
いつのまにかカップルシートになっているだと…
「陽咲はいいのかよ。カップルシートで」
「付き合ってるんだからいいに決まってるでしょ。そういう水月は嫌なの?」
「嫌じゃないけど……」
「だったらいいじゃん。ほらもう始まるよ」
嫌じゃないんだけど、緊張とか興奮とかでやばいんだって!とは流石に言えない。それに陽咲も楽しみにしているみたいだし。俺が耐えればいいだけだからな。
そう思いながら、映画館の中に足を踏み入れた。
恋愛映画はそこまで好きじゃないが、そこは話題作というべきか、なかなか面白かったような気がする。途中陽咲が俺の手をさらに強く握ってきたり、泣いてしまったりすることはあったが、別に問題はない。陽咲と同じく、いいもん見れたなという感想だ。
「ていうかさ、結局ポップコーン買わなかったよな。結構時間あったのに」
「いや〜お腹いっぱいになっちゃってさ」
「本当かよ」
「本当本当。私そこまで大食いじゃないから」
それは絶対嘘だろ……っていうか元々ポップコーンは食べる気無かったのか?
だったらどうしてあそこで俺に譲ってくれたんだ?
そんな疑問を感じながらも俺たちは進んでいく。進んでいった。
「次はどこ行こっか?」
「あんまりデートっぽくないけど、いつもみたいにゲーセン行くとかはどうだ」
「あーいいかもね。私も強くなったし、いつもみたいにボコボコにはされないから!」
「そんなこと前にも言ってたけど結局やられてたじゃねえか」
「ちっちっち。私は日々進化しているのだよ。あまり舐めないことだね!」
「へいへい。じゃあどんぐらい強くなったのか見せてもらおうか」
これは俺の中に眠る、輝かしい記憶。俺が守りたかったもの。この時の俺はこんな日常がずっと続いていくと馬鹿みたいに信じていた。
11月に入っても俺たちの状況は変わらなかった。結局、俺は1人で話しかけ続け、勝手に苦しんでる。泣きそうになる。もうやめたいと何度も思った。そして、その度に自己嫌悪に陥る。でも、俺は陽咲を助けてないといけないんだ。と自分に言い聞かせて、ギリギリのところで踏ん張ってきた。でも、それももうダメそうだ……
俺は教室の机に突っ伏しながら、今日も行かなくていいんじゃないか。と、脳裏によぎった甘えた考えを塗り潰すように「…はぁ」とため息をつく。このため息も、もういつものことになった。
ふと、火島が俺を眺めているのが見えた。まだ俺のことを心配してくれているみたいで、そう思うだけで少し嬉しい。俺が、勝手に遠ざけたというのに。
まだ、俺は火島と仲直りできていない。あの日から、お互いに気まずくなり、話しかけることは少なくなった。それでも簡単な挨拶ぐらいはしてたし、そこまでひどくなかった。けれど、3日前に「本当に大丈夫なのか」と聞かれ、その時は精神が不安定だったこともあって、「お前には関係ないだろ」なんてきつい口調で言ってしまった。そのあとにもストレスを解消するように暴言を吐いた。それ以来、本当に会話することがなくなった。いつか仲直りしたいが、今はそんな余裕がない。いや、これも言い訳かもそれない。
さらに照さんには休まないと、陽咲と話させないよ。なんて言われてしまった。そこまで言わないといけないほど、疲れていたんだろう。そして休んだのが、土日の2日間。休んだおかげか、3日前と比べたら、雲泥の差なくらい楽になっている。その代わり、休むことを覚えてしまったわけだが……
そんなことを考えている俺の気持ちと対比するようにいつもの日常を過ごし、俺は陽咲の家へと向かっていた。
はあ……どうしようかな……
もう家の目の前まで来たというのに、まだ迷っている。今日だけは家の前に車があって欲しかった。1人では心細すぎる。会いたくない。いや、でも……。そんな煮え切らない心とは裏腹に、俺の体はもう、玄関を開けていた。
やはり、家の中には誰もいない。陽咲以外。この久しぶりの静けさが、俺の心をかき乱す。ひとまず、陽咲のところに行く前に落ち着きたかった。
ふとリビングの方を見ると、机の上に紙が置いてあることに気がついた。その紙に近づき、内容を見ると、照さんが書いたものだったということがわかった。
『水月くんへ、この手紙は水月くんに伝えたいことがあって書きました。普通にメッセージを送ったとしてもたぶん今の水月くんは見ないと思ったからね。まずは、あんなふうに脅したりしてごめんね。言い訳になるけど、あの時の水月くんは見ていられなかったから、だからあんなことを言ったとしても休ませたかったの。あと、ちゃんと自分のしたいことを考えさせる時間が必要そうだったしね。あのとき、私が言ったこと覚えてる?自分が本当にしたいと思うなら、陽咲と話してもいいって言ったよね。もう一度、きちんと考えてみてほしいの。もし、もうやりたくないっていうのなら別にしなくていいのよ。あなたの人生なんだから自分のために時間を使ってあげてね。』
照さんが手紙を使って伝えようとした思いは、願いは、今の俺が考えないといけないものだった。
俺が本当にしたいこと……それはわからない。でも、俺がしたくないことはわかった。自分の願いを考えて、陽咲と話さない可能性も考えて、やっとわかった。
俺は陽咲と話さないなんてことになりたくない。これが、俺の本音だ。でも、陽咲と話すのが怖くて、苦しいのも本当だ。それがなぜだかわからない。だから、それを今日は確かめるために話そう。そう思って陽咲の部屋へ歩き出した。うるさい心臓を落ち着かせるのに苦戦しながら。
この扉の前まで来て、反対側の壁に背をつけて座っていつもみたいに話しかけようとして、陽咲のことが気になり始めた。自分はもっと嫌われてしまったんじゃないか。もしかしたら悪化してしまったんじゃないか。様々な疑惑が俺の中を渦巻く。この空間の静寂がひどく気まずかった。どう話していいのかわからなくなった。
「……な、なあ。陽咲、久しぶり……だな」
「ごめんな……最近来れなくて」
だけど、それでも、ちゃんと話そうと思った。いつもみたいな明るいだけの言葉じゃなく、いつかのような、俺の本音を。まだ、全部わかったわけじゃないけど、それでも陽咲には言いたかった。
「あの……さ。なんか、変わったこととか……なかったか?」
「俺は……やっぱり陽咲が心配……だからさ」
「えーと。困らせる気持ちはないからさ。あのときみたいにはないらないから。……安心して欲しい」
「だから、俺の言葉を聞いてほしい」
聞いてくれている保証なんてない。これは結局、俺を元気づけるための言葉でしかない。でも、それでいいと思った。その言葉が言えるなら、なんでも。
「俺、ずっと陽咲に謝りたかったんだ」
「……ごめん。本当にごめんなさい。」
「陽咲は気づいてないかもしれないけど、俺あのとき「…わ、私も、ごめん、ね」……は」
「な…なん、で、喋って、ていうか、俺の話聞いてくれて…」「…うん」
「は…なん、だよおまえ。聞いて、聞いてくれてるなら、もっと…もっと早く反応、してくれよ!もっと早く、話してくれよ!もっと、早く…陽咲と、話したかった、話しかったよ!」
「…そう…だね」
目から、涙が溢れる。呂律が回らなくなる。
「陽咲…俺、……俺は…俺…」
言葉が出ない。歓喜と驚愕と安堵とが同時に襲いかかってきて、俺の感情は振り切れそうだ。
「俺……よかっ、た…陽咲が、また、話せるように…なって」
「ほんとに…よかった」
「よかった……」
「……ああ、そうか、俺、陽咲が…ずっと元に戻らないことが、怖かったんだ」
「……たった、それだけの、ことだったんだな…」
劇的な変化だとか、何か奇跡が起きたとか、そんなのは一切なくて、ただ、いつものようにいつのまにか、陽咲は話せるようになった。傷が自然に治るように。
涙も枯れ果て、落ち着きを取り戻した頃陽咲が口を開いた。
「な…んで、ここまで、して…くれる、の」
途切れ途切れで、今まで忘れていたものを思い出すかのように言葉を紡いだ。
「俺は、陽咲のことが人生で一番大事だから…それに俺がしたかったから」
陽咲が癒ってきているとわかって、恐怖から解放されて、やっとわかった。俺は陽咲を助けたかったんだって。俺の願いは照さんに質問された日から何も変わっていなかった。面白みもないし、ただ、恐怖で見えにくくなっていただけだったけど、これが俺のしたいことだった。
「なあ、1つ質問してもいいか?」「…うん」
「俺の話って全部聞いててくれたのか?」「……うん」
「だったら、なんで反応してくれなかったんだ?ちょっとでも反応してくれていれば、聞いてくれているってわかったのに」
ゆっくりと、優しさが混じった声色で聞く。
「……それは、怖かった、から」
怖かった?何が
「いつも…辛そうで、それを隠そうとしてて……私の、せいって考えたら…怖くて、反応する勇気がなくて……」
「……今日は……違かった、から」
「…そっか。俺もさ、怖かったんだ、俺のせいで陽咲がずっとこのままだったらどうしようって」
「でも、陽咲が元気になってくれたから、もう全然だけどな」
「ふふ…そう、だね」
俺は、久しぶりに心から笑顔になれた。たぶん、陽咲も。
俺は、久しぶりの陽咲との会話を楽しんだ。そしていつものようにじゃあ、また明日な。と言って帰る準備をする。すると、いつもとは違って、また…明日。という声が返ってくる。たったそれだけのことなのに、無性に嬉しくなって、胸が温かくなって、少し泣きそうになった。
自室に帰ると、今日のことを思い出す。また、少し涙ぐみそうだ。これで、やっと肩の荷が降りたんだと、達成感が俺を満たしている。でも、あと少し経って本当に元気になって俺の前に姿を見せてくれるようになったら、言わないといけないと決めたことがある。それまでは、また、いつものように…と考えて、謝らないといけない人物がいたことを思い出した。
そこから、火島に電話したのは10分くらい経ってからだった。火島は電話に出るなり、心配そうな声で、何があった。と聞いてきたが、俺が事情を説明して(陽咲のことはぼやかした)謝ると、なんだ、そんなことね、それより一旦区切りはついたんだよね。おめでとう。と褒められることになってしまった。でも、これで火島と仲直りできた。その温かい気持ちのまま電話を続け、そのまま寝てしまった。
今日は、あの悪夢を見ることはなかった。
あの日は夏真っ定中の8月中旬、まだ夏休みだったときだった。そして、俺が陽咲に俗に言う愛の告白をしようとした日でもあった。
偽デートの終わり、少し外が暗くなってきた頃前を歩いていた陽咲がもう帰ろっかと言う。俺はその言葉を聞いて、
「ちょっとまってくれ」と言った。無意識だった。
当然、陽咲は俺の方を向く。その、何かを期待しているような顔を見て、俺の心は決まった。
「あ、明日の夜、秘密基地の神社で伝えたいことがあるんだ。だから、来て欲しい」
「うん!いいよ」
花の咲いたような笑顔だった。
これが、昨日の話だ。
はあ、なんで俺はあんなこと言ってしまったんだ…
そして、今日の俺は激しい後悔に襲われていた。
せめて、明日なんて言わずに一周間くらいで言っておけば…いや、そもそも最後にヘタレて期限を伸ばそうとせず、そのまま告っとけば……ああもう!
よし、もう終わったことを考えるのはよそう。ここはひとまず告白について考えないと。まず、告白の場所にあの神社を選んだのは不幸中の幸いだ。あそこは昔よく一緒に遊んだ思い出の場所だし、小高いところにあるから夜景が綺麗で、何より人がいないのがいい。
でも、問題は告白するセリフだ。まだ何にも考えられていない。どうしたもんかな……やっぱり、ロマンティックなセリフとか入れた方がいいのか……?
そんなことを延々と考えているうちに時間が迫っていることに気づく。
「やべ、早く準備しないと」
一階の洗面所に降りた俺は、俺の顔に何かおかしなところがないか何度も確認する。
そして、大丈夫だと確信できたことでやっと家の外に出た。待ち合わせ時間まで、あと、30分ほどだった。
はあ、はあ、はあ、
俺は神社の階段を走って登りながら、腕時計を確認する。まだ、時間までは10分ある。でも陽咲はもう来ている気がして、結局急ぐのは変わらなかった。
そこから、神社に着いたのは1分もかからなかった。肩で息をしながら、陽咲を探す。
まだ、来てないのか……
心の中でそう落胆しながらも、疲れを和らげるために階段に腰をかける。すると、奥、つまり神社の裏手の森の方から声が聞こえた。切羽詰まった声だった。
俺は急ぎながらも、慎重に森の中に入っていき、声の主を探した。
……やめて、ください
近くから、声が聞こえる。右の方か?そう思った俺は、草木をかき分けながらも進んでいった。そして、見た。陽咲が複数人のチンピラと思われる人物達に囲まれているのを、声の主は陽咲だった。その光景に思わず呆然とした。けれども、陽咲を助けないと。そう思った俺は足を前に出そうと、陽咲を助けようとして、
…ぐっ!
チンピラの1人が陽咲のお腹に拳を入れたその光景を見て、逆上して殴りかかるでもなく、燃えるような正義感を持って助けようと決心するでもなく、俺は、音を消して近くの木の裏に隠れてしまった。
ただただ恐ろしかった。急いで警察を呼んで、事情を伝えて、もうこれ以上陽咲に何もないようにと勝手に祈って、がたがた震えていた。もう、助けようなんて気はなかった。
けれども、陽咲のことが気になって見てしまう。見てはダメだと知りながらも。…陽咲は、泣いていた。
…やめっ、やめて、誰か…助けて、水月……
懸命に、助けを、俺を呼んでいた。俺は……
だけどそんな俺の迷いも陽咲の助けも待つことはなく、あいつらは陽咲を組み伏せ、強引にキスをした。俺は…頭がどうにかなりそうだった。
……やめて!っやめてよ!誰か助けて!……っん
もうこれ以上陽咲の声を聞きたくなくて、あいつらが何をしているのか見たくなくて、目をつぶった。耳を塞いだ。でも、それでも、陽咲の悲痛な声が、捕まるとさえ思っていなそうなクズどもの笑い声が聞こえてくる。
そこからは、地獄だった。そこからも、地獄だった。
暴力をふられ、泣き叫ぶ陽咲。その胸を抉るような声が、時間が経つにつれ減っていった代わりに、泣き声と嬌声が増えていった。そういう単語が滝のように使われ、俺ですら今陽咲が何をされているのか、事細かにわかった。
その、許しを乞う声を聞きながら、その、明らかに感じている声に胸糞が悪くなりながら、1人、木の裏で自己嫌悪に陥った。
なんで、俺はここを選んだりしてしまったんだ。なんで、もっと早く来なかったんだ。なんで、なんで、なんで、陽咲がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。………………ああ、俺のせいか。俺が、俺が、俺のせいで、俺が、助けなかったから。俺が、告白なんてしようとしたから。俺が、俺が、俺が、陽咲と出会ってしまったから。だから、陽咲は、だったら、俺は、俺は、俺なんか、俺なんて、もう…
俺と陽咲は気絶していたらしい。警察に保護されて、話を聞いていくうちにわかったことだ。それと、あいつらはきちんと全員捕まったようだ。だったらそのままきちんと、全員死刑になってほしい。
俺は外傷もなかったため、陽咲より早く家に帰された。自宅療養ということらしい。
ここまでの話で、唯一安心できる点は陽咲が妊娠していなかったことだけだった。
俺はもう、一週間も自宅に引きこもっていた。そして、この日も、いつものように自殺しようとして、でも怖くてできなくて、そんなときだった。照さんが来たのは。
「っごめん、辛かったよね。ごめんね。もう我慢しなくていいから、泣いていいんだよ」
照さんは俺の、ロープで首を吊ろうとしていた俺の姿を見て、少し驚いた様子を見せたあと、抱きしめてくれた。
「うう、……あああ。うっあああああああ」
久しぶりの、人の温かさで、俺はダメだと思っても涙が溢れてきて、止まることはなかった。
落ち着いた俺に照さんは話してくれた。陽咲が俺と同じように引きこもっていること、一言も話してくれないこと、そして最後に俺に陽咲と話してみない?と誘ってきた。君がしたかったらでいいんだからね。なんて言っていたけれど、この時の俺にはこれしかなかった。これが、生きる目標になった。この時は本当に、終わったら死んでもいいと思っていた。罪滅ぼしになるかどうかもわかんないけど、今度は絶対に陽咲を助けたかった。
これが、俺たちの人生を変えた、あの日の話だ。
明日がクリスマスイヴということもあって学校、というか社会全体が盛り上がっている。
と、いうのに横にいる男は死んでいるような顔をしている。
「なあ、明日はクリスマスイヴだろ。きっととんでもなくおモテになる火島さんは明日ありとあらゆる女の子を侍らせるんだろうな〜」
「ははは、そうだったらよかったね……」
俺の軽口にも突っ込まない。これは相当重症だな
「まあ、彼女と別れたからって気にすんなよ。おまえと別れるなんて見る目がないやつだぞ、逆にラッキーってくらいの気持ちでいろよ」
「……はあ。八木って慰めるのに向いてないよね」
「はあ?この4ヶ月慰め続けたこの俺が向いてない?」
「そうそう、よく元気になったよね」
「この〜言わせておけば!」
俺は火島の首に腕を回し、床に倒す
「ちょちょちょ、ギブギブ!ごめんって」
火島には、結局俺たちの関係をあの日のこと以外全部話した。というか自力で気づいていそうだったから、話した意味はあんまりなかった気がする。
「それよりもさ、そっちこそどうなんだよ。クリスマスイヴ、なんかするとかあるの」
「あーまあ、言いたいことはあるな」
「おお!告白ってことかい、ロマンチックだね」
「まあ、そんなかんじ。でも、まず直接会ってくれるようになってからだな。だから、イヴじゃないかも」
「まだ直接会えてなかったんだね……」
火島が呆れたように見てくる。
俺だって、会ってくれるなら会いたいけど、元々俺と話してくれるようになったことが奇跡みたいなものなんだ。だから、あと何年でも待つつもりでいる。まあ、照さんはあの子がリビングに来て話してくれたの。なんて自慢してたし、そう遠くないとは思うけど……
「そんな考えじゃダメだと思うよ、ほら、前に言ってたじゃない。本音で話したから、話してくれるようになったって。だから、言いたいことや、やりたいことがあるならそれをきちんと話して、実行したほうがいいよ。ほら、当たって砕けろってね」
確かに…そうだな、俺はいつのまにか現状に満足していたのかもしれない。現状を変えるには行動が必要だというのに
「ああ、そうだな。…ありがとな」
「わかったならさっさと行動だよ。ほら、今日は掃除サボっていいから行ってきなよ。代わりにやっておくからさ」
「いいのか…本当にありがとな」
「うん。あとよろしく伝えといて」
「おう」
本当に俺は、周りに恵まれているな。
いつものように車はなく、明かりもついていない家。今日も俺はその玄関を開ける。ちょっと前は入るだけでも怯えてたというのに…と1人で苦笑しながら。
家の中は薄暗く、異様な雰囲気に包まれている。けれども、俺の足は軽やかで一直線に陽咲の元へ向かった。
「よお、陽咲」
俺が声をかけると、中から何かが落ちる音が聞こえた。
「あー。ごめん、驚かせたよな。今日は火島が気を利かせてくれてさ、早く来れたんだ」
「いや、大丈夫だよ」
陽咲も大分喋るのに慣れてきたようだった
「ああ、そういえば、火島がよろしくだってよ」
「…よろしくされるよ」
「っはは。偉そうだな〜」
陽咲はこういうふうに軽口を叩けるくらい明るくなった。やっぱり、変えたくないって思ってしまうな。でも、火島が言ってたみたいに、変えないと俺はずっと言えないままだ。だから、覚悟を決めろ。
「…陽咲、聞いてくれ。明日の夜にここで待っていてくれ、直接伝えたいことがあるんだ」
この扉を隔てず、陽咲と会って話したい
「それが無理なら、別の時でいい。俺はいつまでも待つから」
俺は扉の前に立って、そう言った。
「……いいよ、会っても。明日ここでまってるから」
「わかった。ありがとな、めっちゃ嬉しい。……じゃあ、また明日」
「うん、また明日」
まさか、受けてくれるとは、驚きと喜びで口角が上がったまま、俺はこの家を後にした。
照さんの話を受けた俺は、その日のうちに陽咲の下に行った。そこからは、今まで見てきた通りだ。
陽咲のために人生をかけると決めて、照さんや火島に救われて、怖くなって、苦しくなって、逃げ出した。そして、ここまで来た。だから、だからこそ、俺は、俺の決めたことを、この4ヶ月で見つけた本音を、話さなければならない。
12月のイヴの日、この凍える夜の下、俺はイルミネーションの下で待ち合わせをしているカップルたちを尻目に陽咲の家の前に立ち尽くしていた。
ふう、何を言うのか覚えてるよな、よし。じゃあいくか
昨日しっかり考えてきたセリフを思い出しながら、俺は陽咲に伝えるために、扉を開ける。玄関の扉を、そして陽咲の部屋の扉を。
「陽咲、入っていいか」
「…うん」
その声を聞き、俺はついに足を踏み入れた。そして会った
「……やっと、会えたな」
「うん、ずっと…会いたかった」
そうやって、陽咲は泣いているような笑っているような顔を作った。
久しぶりに見た陽咲は痩せていた、やつれていた。その肌は白く、手足は簡単に折れそうなくらい細い、明るい髪色もさらに色素が落ちているように見えた。でも、その顔は明るく、目は前を向いている。とても、綺麗だった。
「こうやって俺を見てもどうもないか?怖いとか」
「大丈夫、どうもないよ」
よかった…ちゃんと、元気になれたんだな。だったら、もう
「そっか、よかった。…それで、聞いてくれるか」
「うん」
俺は…
「俺はあのとき、実は、ずっと隠れていたんだ。俺は、助けられなかった。ずっと見て見ぬふりをしてたんだ。陽咲がこんなに苦しんだのは、俺のせいだ。しかも、俺はあろうことか、助けたいなんて上から目線で見てた。一回、本当に話すのをやめようとした。そんなクズ野郎なんだ」
「本当にごめん。謝って許されることじゃないし、許してもらおうとも思ってないけど、本当に申し訳ないと思ってる」
「だから。俺はもう、陽咲と会わない方がいいと思っている。こんなやつ、陽咲にふさわしくない。何より、俺自身が陽咲と過ごすのを許せない。だから…「私は、水月のこと恨んでなんか、ないよ。それに、もともと知ってた。見てたって。だから、いなくなったりしないで」……やっぱ、そうだよな「え」」
俺は、本当にもう陽咲といるべきではないと思っていた。でも、それは俺がしたいことじゃなかった。それを教えてもらった。
俺は顔を上げ、陽咲の目を見て、口を開く。
「さっき言ったことは俺がすべきだと思っていることだ。俺が、陽咲と会わない方がいいと思ってるのも、本当だ。…でも、俺のことを許してくれるなら、俺は、俺は、陽咲とまだずっと過ごしていきたい。そうやって生きていきたい!俺には陽咲がいないとだめなんだ!」
「俺が陽咲と釣り合わないなら、釣り合わせる。ふさわしくないなら、ふさわしい男になる。信用できないかもしれないけど、約束する。俺はどんなことがあろうと絶対陽咲を守る、今度は絶対見捨てない!だから、付き合ってくれ!俺は陽咲のことが出会ったときから好きなんだ!」
やっと、言えた。告白しようと思って4ヶ月、その想い全てを伝えれた。
「……私、前みたいに明るくないよ」「俺は陽咲のことを性格で好きになったわけじゃない」
陽咲が口にする
「………体重も落ちて、醜いでしょ」「そんなことない。どんな姿でも、俺は好きだ」
自分の欠点を、見せびらかすように
「…………見てたでしょ、私の体、穢れてるんだよ」「そんなの関係ない」
俺を突き放すように
「……………私、私で、本当に、いいの?」
だからこそ、俺は何度でも伝える。俺の本音を俺の想いを
「ああ。俺は陽咲のことが好きだ。どんなことが起きても、どんな姿になっても変わらない。俺は陽咲が、天戸陽咲っていう人物の全てが好きなんだ」
「…私、私も、好き。ずっと水月のことが好きだった。少し、水月を恨んだり、責めたりしたこともあったけど、もう気にしてない、許してる。だから、ずっと一緒にいて!」
陽咲が俺を抱きしめてきた。俺も、割れ物を扱うように背中に手を回す。
このイヴの日、イルミネーションが煌めく夜に、この薄暗い部屋で1組のカップルがいつまでも抱きしめあっていた。
初投稿ということもあって、キャラクターの感情がわかりにくかったり、文章が拙いところもあったと思いますが、読んでくれて幸いです。
気づいて人も多いと思いますがこの物語は、アマテラスの天戸岩の物語がモチーフです。陽咲の名前はアマテラスモチーフで、水月の名前は八岐大蛇モチーフです。




