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また来てしまったのなら、今日も生きなくてはいけない。
と澪は諦めて、学校へ行くことにする。
とは言っても、車に乗ってボーっとしているうちに学校へは着いてしまう。
「行ってらっしゃいませ。」
と運転手がドアを開けてお辞儀をする。
こんなこと、澪が中学生の時まで…姉が倒れるまではありえなかった。
これは姉だけの特権だと、幼い頃から思っていた。
姉の特権はいろいろあった。
姉が倒れてからは、その姉だけの特権が澪にも与えられたが、
一つだけ、やっぱり姉だけの特権がある。
澪が最も欲した特権…。
それは、両親の笑顔…。
小さな頃から、
いや、澪の記憶がある中で、両親が澪に笑いかけた事は
一度もない。
家の柱の陰から、何度か、笑顔だけは見たことがある。
しかし、それは余計に澪を傷つけた。
両親が笑わない人間だったら、そういう人間なんだと吹っ切れる事ができる。
けれど、両親は姉には…澪以外には笑うことができる人間なんだと、知っていた…。
じゃあ、何故両親は自分に向けては笑わないのだろう。
きっと…私のせいなんだと、澪は思っていたし
今も変わらず、そう思い続けている。
だって、現に今だって両親は私には笑わない。
姉ばかりを見ている………。
そこで、ふっと辺りが騒がしくなったと思い
澪は自分が教室に着いたのだと知った。
女のキンキンした甲高い声は苦手だ。
ましてや、こんなネガティブな事を考えてしまった朝に聞くこの声は
きつすぎる。
始業まで、結構な時間がある事にうんざりして澪は鞄から
iPodも取り出し、外の騒がしさを少しでも遮断させようとした。
だから女子高は嫌だったのに。
音楽さえかき消す様な大声で、クラスメイトの何人かが
合コンの話をしている。
まったく、暇なやつらと自分だって暇なのに何故か澪は
思ってしまう。
フン、と馬鹿にしたように澪がその生徒たちを見つめていると
その生徒たちが澪によってきた。
さっき馬鹿にしたのが伝わってしまったのか、と澪が内心身構えていたが
そういうわけではないようだった。
「ねぇ、白石さんも、エスカレーターで合格確定者だったわよね。」
「…そうだけど。何?」
澪のその冷たい切り返しに何人かは怯む、がそのグループのリーダーらしき子は
気にせずに話をした。
「じゃあ、暇よね。」
「…だから、何?」
「私たち、合コンするんだけどね、一人足りないのよ。」
「…私に出ろって事?」
「そう。ダメかしら。」
「そうね、嫌だわ。」
そんなの嫌に決まっているだろう。
というより、私がこういうの絶対に参加しないことを彼女らは
解っているだろうに…。
合コンどころか、遊ぶことさえ断る澪はクラスでも浮いていた。
そんな澪に何故頼むのだろう。
「ねぇ、お願いっ!他の子たちは、受験で大変だし…」
「そうそう、白石さんにしか頼めないのよ。」
「別に、無理に話したりしないで、端っこに居てくれればいいから!」
あぁ、なるほど。
やっと彼女らの意図を澪は理解した。
つまり、澪をダシにするつもりなのだろう。
ブスの隣に居れば、自分が少しでも可愛くみえる
最悪、この子よりはましだ、と思わせるつもりなのだろう。
「…いいわ。行ってあげる。」
そう、澪が言った瞬間、彼女たちはキャー!
と歓声をあげた。
「ありがとう、白石さん!白石さん、美人だから相手のレベルもあがるわー!」
などと、澪からしたら、お世辞にもなっちゃいないことを彼女らが口ぐちにいっていると
始業のチャイムが鳴った。
「じゃあ、場所とかは後で連絡するわー!」
慌てて自分の席に戻りながら、グループのリーダー格が言った。
座った席から推測すると、リーダー格は織田彩香(オダサヤカ)という名前の子だった。
三年間、クラス替えは文理分けの時の一度しかなかったが、
澪は未だにクラスの人間の顔と名前が一致しない。
ときには、こんな顔の人間がいたっけ
なんてなるときもある。
要するに、クラスに興味はないし
むしろ嫌いといったほうが良い。
面倒くさい事になったな、と思いながら
澪はiPodをしまい先生を待った。
ありがとうございましたw