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社会の赤ん坊

作者: 明日
掲載日:2026/03/31

 今、私は旅立とうとしている。

 

 初めて、大人が敷いたレールではなく、自分でやりたいことを定め、選んだ道に行くために。

 わくわくすることがいっぱいある。新しい住処、学校、友達、サークル。勉強だって、何の役に立つか分からない勉強じゃなくて、学びたいことを学べる。

 なにより、強い意志で努力し続けて掴んだ新しい地点なのだ。

 楽しみだね、楽しみだね、わくわくだね。わくわくだね。

 あれ?

 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、言い聞かせているようだ。

 わくわく、わくわく、わくわく、わくわく、…やめてよ。

 

 この場所が私の裾を引っ張っている。

 空気を吸い、泥団子を作り、草に足を取られてこけ、自転車で風を感じたこの場所が。

 方向音痴な私がショートカットの裏道さえ知っているこの場所が。

 ーやめてよ。行くの、私は。自分で決めたから、自分で行くの。

 それでも離してくれない。わくわくが不安なぞくぞくになってしまう。

 そのうち、腕も掴まれた。はっきりと人間の手で。

 そうか、場所だけじゃない。人にも、私は引っ張られている。

 ーちゃんと自分を見てくれる人たちがいなくなる。

 布団、食べもの、服、掃除の行き届いた家、全てが周囲の人の賜物だった。返す能を持たない私に、物から教え、言葉、時間まで、捧げてくれた。

 そっか、腕をつかまれているんじゃなくて、支えられていたんだ。

 自分で道を拓いて、立派に歩むつもりが、まだ自分の足で立ってすらいなかった。

 そりゃ不安で当たり前だ。

 先もよく見えない視力で、はじめて己の足で立とうとする赤ん坊なのだから。

 無知で、だけど無垢とはいえない、無条件な可愛さを持ち合わせない、生きにくい赤ん坊なのだから。

 もう一度ハイハイして、ベットに戻りたい気分になる。

 でも、行かないと。

 腕を握る手が弱くなる前に、裾を引くこの場所が荒れる前に。

 行って帰って、今度はこの場所のそよ風になる。今度は誰かの杖になる。

 じゃあね。

 裾も腕も振り払った時、、

 振り払えなかった。

 そして、連れていけることに気付いた。

 そうか、いいよ。いいよ、離さなくて。

 私が立って、引っ張ってあげる。

 おいで、おいでって、私が呼ぶ。

 まだよちよちだけど、歩くから。

 ころころなんてつけなくていいよ、引けるから。

 だからさ、だからさ、

 繋いでいて。

 

 今、私は行きましょうと言っている。

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