社会の赤ん坊
今、私は旅立とうとしている。
初めて、大人が敷いたレールではなく、自分でやりたいことを定め、選んだ道に行くために。
わくわくすることがいっぱいある。新しい住処、学校、友達、サークル。勉強だって、何の役に立つか分からない勉強じゃなくて、学びたいことを学べる。
なにより、強い意志で努力し続けて掴んだ新しい地点なのだ。
楽しみだね、楽しみだね、わくわくだね。わくわくだね。
あれ?
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、言い聞かせているようだ。
わくわく、わくわく、わくわく、わくわく、…やめてよ。
この場所が私の裾を引っ張っている。
空気を吸い、泥団子を作り、草に足を取られてこけ、自転車で風を感じたこの場所が。
方向音痴な私がショートカットの裏道さえ知っているこの場所が。
ーやめてよ。行くの、私は。自分で決めたから、自分で行くの。
それでも離してくれない。わくわくが不安なぞくぞくになってしまう。
そのうち、腕も掴まれた。はっきりと人間の手で。
そうか、場所だけじゃない。人にも、私は引っ張られている。
ーちゃんと自分を見てくれる人たちがいなくなる。
布団、食べもの、服、掃除の行き届いた家、全てが周囲の人の賜物だった。返す能を持たない私に、物から教え、言葉、時間まで、捧げてくれた。
そっか、腕をつかまれているんじゃなくて、支えられていたんだ。
自分で道を拓いて、立派に歩むつもりが、まだ自分の足で立ってすらいなかった。
そりゃ不安で当たり前だ。
先もよく見えない視力で、はじめて己の足で立とうとする赤ん坊なのだから。
無知で、だけど無垢とはいえない、無条件な可愛さを持ち合わせない、生きにくい赤ん坊なのだから。
もう一度ハイハイして、ベットに戻りたい気分になる。
でも、行かないと。
腕を握る手が弱くなる前に、裾を引くこの場所が荒れる前に。
行って帰って、今度はこの場所のそよ風になる。今度は誰かの杖になる。
じゃあね。
裾も腕も振り払った時、、
振り払えなかった。
そして、連れていけることに気付いた。
そうか、いいよ。いいよ、離さなくて。
私が立って、引っ張ってあげる。
おいで、おいでって、私が呼ぶ。
まだよちよちだけど、歩くから。
ころころなんてつけなくていいよ、引けるから。
だからさ、だからさ、
繋いでいて。
今、私は行きましょうと言っている。




