禁じられた童話
「先生!ヴァルシエル先生!!お聞きしたいことがございます!」
緊急の用事のため、私は王族らしからぬ作法で扉を開け放ち、部屋の中央にある先生の机まで駆け寄る。
ヴァルシエル先生は何か筆記作業をしていたようで、普段は掛けていない眼鏡をしていた。
「ルシェル様が気付いた事があるのですが、今お時間よろしいですか?」
「えぇ。構いませんが。ミュリエラ様、ルシェル様のご様子が……」
ルシェル様の方を見ると、少し息苦しそうに顔を真っ赤にしていた。
どうしたのだろう。走ったとはいえ、ここまで息が上がる距離でもないのに。
私が突然走り出したから、驚いて息が上がってしまったのだろうか?
「ルシェル様、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。運動不足で、いけませんね。ここ30年くらい、運動をしていませんでしたから」
ルシェル様はそう言うと深呼吸して、落ち着きを取り戻した。
先程からルシェル様のサラッと長寿発言。
私達とは時間感覚が違いすぎて、突っ込もうか突っ込まないようにしようか悩みどころだ。
「ヴァルシエル先生、この童話なのですが、もちろんご存知ですよね?」
ルシェル様は何事も無かったかのように、説明を始めた。
世界樹の童話を開き、エヴァリスの花が描かれている部分を指さした。
「えぇ。もちろん。話の内容だけ軽く。絵をしっかり見た事はありませんでしたが」
ヴァルシエル先生は、眼鏡のレンズを拭き、再び眼鏡をかけ指さされた場所を見やる。
「これは……」
先生は少し驚き、私達の顔を見た。
「先生は昔、世界樹は本当にあったかもしれないと仰ってましたよね?」
「えぇ。そうですね」
「その根拠は一体?」
ヴァルシエル先生は、少し目を泳がせた。
そして何か考え込んだ後、覚悟を決めたように頷き、本当の事をお教えしましょう。と、重い口を開いた。
そして部屋全体に防音魔法と認識阻害魔法をかけた。
「先程の講義で、私は5つの種族がおり、それぞれ誕生した順番、時期は不明ですとお教えしましたよね」
「はい」
「しかし、それは本当の事ではありません。今からする話は、世界から消された真実のお話です。そして、この先誰にも話してはならない、禁忌のお話です」
先生はそう言うと、一呼吸置いてとある話を始めた。
講義の中で、先生は“それぞれの種族が誕生した順番は不明”だと言ったが、それは大きな間違いなのだそう。
実は、昔から誕生した順番はわかっていたという。
まず、魔力について、一番詳しい種族はエルフではなく、魔族。
その理由は、竜人、獣人、人間は大昔に、魔族から派生して出来た種族なのだと言う。
これを教えられない理由は、戦争に関係していた。
この事実を公開してしまうと、再び戦争となってしまう為、教えることを禁じられたのだとか。
唯一、エルフだけがどの種族から派生していないので、どこから来たのかも、どの種族と1番近しいのかも、全くの謎。
「でほ、本題の世界樹についてお話します。この世界では、魔族に関する本などの取り扱いが禁止されています。それ故に、図書館には魔族関係の本が一切ないのです」
たしかに、言われてみれば自国でもこの国でも、魔族に関する書籍は一冊も無かった。
鎖国を機に、魔族側が世界へ魔族に関するもの全てを禁止したのだそう。
「今回の研究、ダメ元ではありますが、ノクス魔王国にも協力要請は出しています。もちろん、来てくれはしませんでしたが」
ヴァルシエル先生は、そう言うと空間魔法を発動させ、防音魔法、認識阻害魔法をより一層強めた。
「これから私がお話することは、他言無用でお願いします」
先生は手を伸ばすと、どこからか一冊の本が現れた。
世界樹の童話と同様に、古い装丁で所々色が落ちている。
何度も読み返したのだろう、数箇所に付箋が貼られて居た。
「これは、ノクス魔王国に伝わる童話をまとめた書籍です。そしてその中の一つに、世界樹が出てくるものがあります」
先生はそう言うと、付箋のひとつに手をかけ、件の童話のページを開いた。
「むかし、あるところに一人の王様がいました」
彼は魔族の国を束ねている、とても強く正義感に満ち溢れた勇ましい人でした。
ある日、彼はエルフの国の国境近くで一人の少女の噂を聞いたのです。
その少女は、とても美しく、番の申し入れが毎日のように来ていました。
しかし、少女は誰の申し入れを受け入れることなく、数年の時が経ちました。
魔王様はその間、少女の元へ足繁く通い、2人は心を通わせました。
そして魔王様は、ある事に気付いてしまったのです。
彼女の腕に金と緑色の蔦の模様が、浮かび上がっていて、世界樹は、彼女の寿命を吸い取って居ることに。
そして、彼女の寿命と引き換えに、世界へ魔力を分け与えていることに。
魔王様は、少女を助けるために、世界樹を切り倒すことを選びました。
しかし、少女はそれを嫌がりました。
「私の唯一の友人なの。私から友人を奪わないで」
仕方が無いので、魔王様は彼女の望みを尊重しました。
しかし、それも長くは続きませんでした。
日々弱っていく少女を見ていた魔王様は、少女を助けるため、世界樹と離す決断をしたのです。
そうして、少女は魔王様に連れられ世界樹から離れることになりました。
しかし、時すでに遅く、少女は魔王様に助けられてすぐ、魔王様の腕の中で永遠の眠りに落ちてしまいました。
魔王様は、愛した少女が居なくなってしまい、毎日毎日悲しみに暮れました。
「そして、その童話の中にもエヴァリスの花が描かれているのです」
ヴァルシエル先生は、童話を読み終えると、挿絵を見せてくれた。
そこにはたしかに、世界樹の近くに一輪だけエヴァリスの花が。
「魔族側と、エルフ側では話の内容がかなり違っていて、これがもし史実ならばどちらが正しのか分からないな……」
ルシェル様は最後まで聞き、腕を組み、俯き考え込む。
「確かなのは、どちらの話にも世界樹が出て来ている事だな」
「そうですね。そして、注目して欲しいのがこの一文です。“ 彼女の寿命と引き換えに、世界へ魔力を分け与えていること”」
先生は童話の一文を読み上げながら指でなぞる。
そこに私とルシェル様は驚き、顔を見合せた。
「もし、これが本当なら!もし、この世に世界樹があるとすれば!魔力が減ってきている原因は、世界樹にあるということですね!」
「そして、その世界樹が今、危機に瀕しているかもしれない…」
私達は再び分からなくなり、頭を抱えた。
流石に童話の話を鵜呑みにするのは違うと思う。
だか、否定しきれない部分もある。
ふたつの全く異なる童話。しかし、魔族視点と世界樹視点のひとつの話だと言われたら、納得がいく。
というか、視点の異なるひとつの話としか思えない。
「世界樹を探してみる価値はあるかもしれませんね」
ヴァルシエル先生は、そう言って童話を手元から別次元へ飛ばし、空間魔法を解いた。




