世界樹の花
ヴァルシエル先生が部屋に入ってくる。
教材を机に置き、一つの地図を広げ壁に貼り付けた。
その地図はこの世界全土が書かれたもので、中心にエルヴァリア聖森国、それを囲むように東西南北と種族ごとの国が広がっている。
エルヴァリア聖森国の北側には、魔族の国ノクス魔王国、東側に獣人の国フェンリヴァリル帝国、南側に私の祖国アストレア王国、西側にドラグニル王国となっている。
ノクス魔王国はエルヴァリア聖森国を挟んでいるので、どんな文化があるのかやどんな国政状況なのかも分からない。
鎖国しているのが、一番謎めいている要因でもあるだろう。
「では、世界創造期の話をしましょう」
ヴァルシエル先生はある一つの国を指さした。エルヴァリア聖森国だ。
「この世界には5つの種族、そして国があります。それぞれ誕生した順番、時期は不明ですが種族ごとに国があります」
そして誕生して暫くしてから世界戦争へ発展した。
戦争の原因は、種族の優位を決めるなどの簡単な話ではない。
昔、他種族間で番になると魔力が増え国政も有利に働くと言われていた。
実際、その通りだった。
皆が他の種族と番ために、誘拐や他種族を奴隷にするなどやりたい放題を繰り返していた。
そんな状況が世界を巻き込んで、戦争へと至ったのだ。
いつの間にか皆なぜ戦っているのか分からなくなるくらい、戦争は続いた。
その間、一度も戦争に参加しなかったエルヴァリア聖森国は中立を保ち続けた。
そして各国奴隷制度も無くなり、他種族と番ことも無くなった頃、じわじわと終戦へ向かった。
それが約500年前の出来事だ。
当時、各国の王様の話し合いの元、世界共通の法が二つ作られた。
一つ この先未来永劫種族間戦争を禁ずる
一つ この先未来永劫種族間番を禁ずる
それ以来、各国は程よい距離感を保ち、ノクス魔王国は鎖国、それ以外の国は定期交流を選んだ。
しかし、今世界規模で魔力が無くなっている今、種族間の番をしなければならない状況に陥っている。
そして他種族と番にあたり、まずは王族として前例を作ろうと言うのが今回の目的だ。
先生は一通り説明した後、本題へ入りましょう。と私たちへ向き直った。
「ミュリエラ様、ルシェル様から報告は受けています。花に魔法をかけたけれど、効かなかったんですよね?」
「えぇ。何も反応がありませんでした」
まずは私の魔力が無くなったのかしら…
これから魔法が使えない……改めて考えてしまうと、不安が押し寄せる。
人は当たり前にあるものは信じて疑わない。
失った時に初めて大切さを知る。愚かだ。
「落ち込まなくても大丈夫ですよ。もし、魔力が無くなっていたら魔力欠乏症になっていますので。試しに火を出してみてください」
「はい」
不安に思いながら、手を前へかざし、呪文を唱える。
「イグニス」
手のひらからはいつものように火種が一つ出てきた。
良かった!魔法が使えなくなったわけじゃないんだ!
嬉しくて、笑顔がこぼれた。そしてみんなに見てみて!と見せて回った。
「良かったです。ミュリエラ様の魔力は無くなってません。原因はこの花にあります」
先生は近づいてきて、花瓶を手に取ると無詠唱で火を出し花にあびせた。
「先生!?」
私は驚いて先生を止めようと手を伸ばすと、先生は火を消して私の方を見てニコリと笑った。
「ご覧下さい。燃えていないでしょう?」
先生の手には、今朝と変わらず枯れている花が挿された花瓶。
あんなに燃やされていたのに、焦げてもいない。
「どうしてですか?」
「この花はエヴァリスの花と言って、とても珍しい花です。450年程生きて来ましたが、実物は初めて見ました」
先生でも見たことがないなんて…
「図鑑にも絵は載っていますが、名前の記載はありません。エヴァリスの花は、この国特有の花で詳しいことはあまり分かっていません。
分かっているのは3点だけで、魔法が効かないこと、摘むと半日で枯れてしまうこと、1日その場に咲いていても、次の日には跡形もなく無くなること。です。」
そんなに珍しい花だったなんて……
でも、この花を摘んだ場所から少し先にも同じ花が咲いていた。
それも等間隔に。誰かが植えたとしか思えない咲き方だった。
「ミュリエラ様、一度この花をお預かりしてもよろしいでしょうか?」
「はい。大丈夫です」
「ありがとうございます。では、今日の講義はここまでとしましょう。明日からは本格的に魔力枯渇の研究を始めます」
私達は先生に礼をして、その場を後にした。
私はエヴァリスの花について、気になる事があるので図書館へ向かった。
ガルドは難しい事に着いていけず、頭を抱えており、レイヴァルトは初歩の初歩だ。とでも言いたげに足早に部屋を出ていった。
ルシェル様は、今朝からずっと黙ったまま何か考え込んでいる様子だった。
───
「よろしいのですか?他の王子達はエルヴァリア聖森国にて、魔力枯渇の原因を突き止めようと動いておられます」
いつものように、侍従が口うるさくせっつく。
男はそれを聞いて、余裕綽々と口に弧を描き、手に持っている本のページを捲る。
「俺は面倒臭いのが嫌いだから、行かないよ」
「でも、協力要請は来ていたのでしょう?」
「うーん…そうだね。みんなが原因を突き止めたら、暇つぶしに行こうかな」
男は読んでいた本を閉じて、侍従に手渡した。
「10年ぶりに会えるかもね。あの子に」
───
図書館で本を読んでいると、名前を呼ばれた気がして顔を上げる。
しかし、周りには誰もいない。
私は不思議に思い首を傾げる。
その直後、ルシェル様が凄い勢いで図書館へ入ってきた。
「やっと分かった!!!今朝からずっと引っかかっていたんだ!」
「ど、どうかしたのですか?」
あまりの形相に驚いていると、ルシェル様は昨日の童話を取り出して、ページを捲り、ある絵を見せてくれた。
「ここだ。ここを見て」
息を切らしながら、ある箇所を指さして説明を続けた。
「これって!」
「そう。ずっとあの花を見たことがあると思っていたんだ。私は図鑑なんて見ない。だから、なぜ見覚えがあるのか分からなかった。だが、やっと思い出した。この絵に描かれていた」
世界樹となったユグルの近くに、一輪だけエヴァリスの花が描かれていた。
そして、最後のユグルを囲む人達が描かれている絵にも、ユグルの近くに二輪に増えた花の絵が。
「世界樹となったユグルとなにか関係があるのでしょうか?でも、これは童話だし…」
「昔、先生に教えてもらった。100年くらい前の話だが、世界樹は本当にあったかも知れない。と」
ただ、軽く言っていただけだから本当か分からない。と、確証はなく、不安気な様子だった。
「これ、先生に話に行きましょう!」
私は勢いよく立ち上がり、ルシェル様の手を握ると、先生の研究室へ駆け出した。




