世界樹の童話
「ミュリエラ嬢」
「ルシェル様。どうも」
本を読んでいると、ルシェル様がやってきて隣に座った。
私は広げていた本を軽く片付けて、ルシェル様のスペースを作る。
ルシェル様は持ってきた本を置いて、私の方へ身体を向けた。
「今朝はゆっくり話せなかったから。会えてよかった」
「そうですね。ガルド達がうるさいから…あの二人は顔を合わせると、いつも喧嘩をしてしまうんです」
「そうなんだね。君たち三人は幼馴染なんだよね?羨ましいな」
彼はそう言うと、少し微笑んで本を開いた。
その本は他の本より古い年代の装丁がされていて、私の興味を引いた。
気になって横目で見ていると、ルシェル様は視線に気付いて本を少し私の方へ向けた。
「気になるかい?これは2000年前に書かれた童話集なんだ。その中でも私はこの話が好きでね」
ルシェル様はそう言うと、好きだという童話の朗読を始めた。
「昔、あるところに」
ユグルという青年がいました。彼は死ぬ事も、老いることもなく、何万年、何千年もの間一人で生きて来ました。
ある日、森を歩いていると一人の女の子と出会いました。
その女の子は、産まれて200年、ずっと一人で過ごしてきました。
ユグルと少女はやがて、共に過ごすようになりました。
時間が経つにつれ、少女に変化が訪れます。
腕に緑と金色の蔦の模様が浮かび上がってきたのです。
二人は不思議に思いながらも、毎日を静かに暮らしていました。
そんなある時、少女は森へ行ったきり帰って来なくなってしまいまったのです。
ユグルは森の中をくまなく探しますが、少女は見つかりません。
ユグルは思い切って、森から出ることにしました。
森の外には、悪魔が沢山居ます。
ユグルは悪魔に少女を見なかったかと尋ねると、悪魔は笑いながら答えます。
あいつなら、魔王様が連れて行った。
魔王様の番になる為に。
ユグルは怒りを覚え、魔王様の元へ向かいます。
が、もう既に時遅し。少女は無理やり魔王様の番にされ、殺され、この世には居ませんでした。
寂しい。悲しい。一人は嫌だ。
ユグルは初めて、孤独を知ったのです。
そして絶望を、知ったのです。
ユグルは少女と過ごした森へ帰り、自らの姿を樹へと変えました。
少女が再びここへ戻れるように。大きな目印になろう。
少女と同じ子が来ても孤独にならないように。木漏れ日で照らしてあげよう。
そうしてユグルは何百年と待ち続けました。
そこへ再び一人の少女が現れます。
ユグルは、感じました。
彼女だ。彼女が生まれ変わったのだ。
少女は毎日ユグルの元へ来て、祈りを捧げます。
ユグルもそれに応えるように、葉を揺らすのでした。
そうした日々が続き、少女は一人の青年と番になり、子供が産まれました。
少女はユグルの傍に村を作り、沢山の民を受けいれ、自らを世界樹の民と名乗るようになりました。
ユグルは嬉しくて、世界樹の民たちへ祝福を与えます。
すると、あの時の少女のように、みんなの腕に蔦の模様が浮かび上がったのです。
そうしてユグルは世界樹の民と共に、永遠の時を過ごすのでした。
めでたしめでたし。
「最初は一人だった彼が、最後はみんなに囲まれるのが好きで、よく読んで貰っていた」
「とても素敵なお話ですね。私の国では、冒険やお姫様と王子様の恋物語が多いので、新鮮でした」
綺麗なお話で、思わず聞き入ってしまった。
ユグルがどんな形であろうと、少女と再会して、最後は孤独から解き放たれる。
すごく素敵だ。
「そうなんだ。君の国の童話も見てみたいよ。あと、これは秘密なんだけど、私は小さい頃ユグルがいると信じてよく森へ出かけていた。その度に迷子になって皆を困らせていたよ」
「ルシェル様にもそんな時代があったのですね」
こんなに大人なルシェル様からは、想像も出来ないやんちゃな一面。
見てみたいかも。と、思わず笑みが溢れる。
そんな私を見て、ルシェル様も微笑む。
「君は、他の人達とは違う、なにか特別なものを感じる」
「そうですか?もしかすると、ルシェル様方エルフからすると、他の種族との関わりはあまり無いので、興味深いだけかと」
そうだった。これは研究会という名の国家間のお見合い。
ルシェル様も結婚を強要されて、私を口説きに来たに違いない。
私は急いで本をまとめ、全て持ち席を立った。
危ない。あの絶世の美男フェイスに騙される所だった。
結局は異種族の私を娶って、魔力増量が狙いなのよ。
ダメダメ。私は愛し愛される結婚がしたい。
そう、人魚姫のように泡になることも、白雪姫のように毒林檎を食べる事も、眠り姫のようにただ、眠って待つこともしない。
私は、自分から好きな人を見つけるの。
「ルシェル嬢、待って」
「どうかしましたか?ルシェル様。私、もう部屋へ戻ります。手を離して頂けますか?」
「すまない。そう言うつもりで言ったんじゃないんだ。誤解しないでくれ」
「誤解?何も誤解などありません。では、また明日」
私は笑顔で返し、ルシェル様の手が離されると、振り向くことはせず、部屋へと歩いた。
番って何よ。獣人も竜人も、エルフも。
みんな、みんな番なんてものに拘って。
私たち人間みたいに、自由に人を愛すればいいのに。
怒りを抑えられないまま、暫く歩いていると視界の端に大きな白い塊が見えた。
まさか……嫌な予感がして、白い塊へ目を向けると、それはこちらに向かって猛スピードで駆けてくるガルドだった。
ガルドは私の目の前で止まり、獣化を解くと私へ勢いよく抱きついた。
「ミュリエラ!森の中すっげー楽しいぞ!久しぶりに遠乗り行こうぜ!」
「え、いや今そんな気分じゃ……」
断ろうとすると、ガルドは再び白狼へ姿を変え、私を口でつまみ上げ、背中へ乗せた。
相変わらずふわふわでサラサラな毛並み。
どれだけ気分じゃなくても、一度ガルドの背に乗ってしまえば、降りたく無くなる。
ガルドは私がしっかり捕まったのを確認して、森へ続く道へ走った。
「一人で行けばよかったじゃない」
「ミュリエラが悲しんでる気がして」
……何も言い返せなかった。
ガルドは昔から、私の気分が落ち込むと、そう言ってすぐ私を慰めてくれた。
今みたいに。
「変わらないね」
「なんか言った?」
「ううん。何にもない」
今はただ、ガルドの不器用な優しさに。静かに甘えていよう。




