第7話 一人用のRPGを黙々とプレイしている女学生
心地よい眠りから不意に目覚めたのは、突然鳴り響いたインターホンのせいだった。
ピンポン、ピンポン、ピンポンと居留守を許さぬ硬い意思が感じられるほど、執拗に鳴り響いているインターホン。
俺の住んでいるアパートは大学生の男が一人暮らしをするための1kのアパートであり、来客を家の中で確認できるような気の利いた設備はない。
だが見なくても分かる。こういう鳴らし方をする人間は、一人しかいない。
インターホンに叩き起こされた俺は、寝ぼけたまま玄関へと向かう。
「と、やべ!」
流れで居間の扉を開けっ放しにしたまま、玄関を開けそうになったが、居間にはダンジョンの入り口がドーンと鎮座している。
このまま開けたら外から丸見えである。
それを隠すため、慌てて部屋の扉を閉めてから、俺は玄関扉を開けた。
果たして、玄関の外に居たのは、俺の想像通りの相手だった。
「どうしたの茉莉ちゃん」
夜柳 茉莉。
このアパートの大家さんである夜柳さんの、一人娘。
短めの黒髪で、やや背の低い健康的な印象の美少女。
年の離れた兄はすでに家を出て居るため、今はご両親の愛情を一身に受けて育っている女子高生である。
「こんばんは志摩くん」
「こんばんは?」
そんな少女の挨拶に、とりあえず返す。
そして今がもう夕方と夜の境目くらいの時間になっていることに気づいた。
俺、いったい何時間寝てたんだ。
「ええと、改めてどうしたの茉莉ちゃん」
「志摩くんの様子が心配だから見に来たの」
はて、俺は何か彼女に心配されるようなことがあっただろうか。
「志摩くん。家に引きこもってゲームするとか言ってたから、絶対まともにご飯食べてないでしょ」
割と真っ当に心配されていた。
「そんなことは、ないよ」
「じゃあお昼何食べたの?」
「…………」
答えは、何も食べていないだ。
だって、ダンジョンから帰って来てそのまま直で寝てしまったのだから。
だが、そう正直に言うと、何かよくないことが起きる気がした。
「カップ、焼きそばとか」
とりあえず、誤魔化しの言葉を発してみたが、茉莉ちゃんの目は鋭い。
同時に、俺の腹が抗議の声を上げるように、ぐぅううと唸った。
「嘘つき」
それ見たことか、と茉莉ちゃんは鼻を鳴らす。
俺は、体の思いがけない裏切りを恨めしく思うも、すぐに話を切り上げようと思った。
長く話して、ダンジョンに感づかれたら困る。
「悪かったよ。ちゃんと食べるから。安心して。心配してくれてありがとうね」
「あ、ちょっと待ってよ」
と、俺が玄関を閉めようとしたら、茉莉ちゃんの待ったの声がかかる。
「心配だから、私がご飯作って上げる」
「え゛」
本音をオブラートに包めず、拒否感強めの声が出てしまった。
俺の呻きにも似た声を聞いて、わかりやすく茉莉ちゃんは機嫌を悪くする。
「志摩くん。もしかして私の料理食べるの嫌なの?」
「い、いやいや! そんなことないよ! 茉莉ちゃんにはいつもお世話になってます!」
急降下した機嫌を立て直すため、俺は慌てて弁明する。
そう、実は茉莉ちゃんが俺にご飯を作ってくれるのは、珍しいことではない。
彼女はこう見えて俺のゲーム友達だ。
普段はオンライン上で一緒に遊ぶことが多いが、彼女が俺の部屋に普通に遊びに来ることも多々ある。
俺が実家から持ち込んだ、オフラインのレトロゲーに興味津々なのだ。
俺が大学に入ったころはまだ中学生だった茉莉ちゃんにとって、俺の家はレトロゲー博物館のようなものだった。
たまたま彼女が興味を持っていたレトロゲーを、たまたま俺が所持していたことをきっかけに、彼女はちょくちょくこの部屋に遊びにくるようになってしまったのだ。
最初は携帯機のアクションなんかをやっていて、ちょっとやって満足したら帰る感じだったが、次第に据え置き機のゲームも遊ぶようになり。
気づいたら男の家で一人用のRPGを黙々とプレイしている女学生の誕生である。
そんなにやりたかったら本体ごと貸すとも言ったのだが「詰まった時にいつでもヒントを貰える状況が一番快適にプレイできる」と俺の家で遊ぶことに慣れてしまった。
昔のゲームは難易度高めの割にヒントに乏しかったり、ネットに攻略情報があまり残っていなかったりするので、さもありなん。
油断すると簡単にネタバレも踏んでしまうしな。
大家さんには、彼女が遊びに来るたびに、決してやましいことはしていないと弁明をしていたのだが、大家さんは大家さんで娘の面倒を見てもらって申し訳ないみたいなスタンスだった。
それから茉莉ちゃんは、俺のことを第二の兄のように慕うようになって、俺の家でゲームを遊ぶ対価に、たまにご飯とかを作ってくれるようになったのである。
最初はぶっちゃけ美味しくなかったが、俺の反応を見た茉莉ちゃんは対抗心を燃やしたのか、今では手放しで褒められる美味しい料理が出て来るようになった。
……のだが、今はそういう問題ではない。
「い、今はちょっと、部屋がアレで、入れられない感じなんだ」
そう。いくら茉莉ちゃんの料理が美味しかろうと問題はそこじゃない。
家の中には、ドンとダンジョンの入り口が鎮座しているのだ。
こんな家に人を入れたら、一発で俺がダンジョンを隠しているのがバレる。
「別に散らかってるくらい気にしないよ?」
「き、気にしないのが不可能なくらい、アレなんだよ!」
とはいえ、茉莉ちゃんも流石に通い慣れた俺の部屋だ。
ある程度のことには動じない。
「あ、でももしエッチな本とか散らかってるなら、隠すくらいの時間は待ってあげるよ」
「そういうレベルじゃないんだ!」
「ええ……」
女子高生にそんな気遣いをされる男子大学生の存在が悲しすぎる。
だが、なんにしても彼女を家に入れるわけにはいかない。
いっそのことダンジョンのことをバラしてしまって、その上で口止めを頼むという考えもあるが、秘密を知る人間は少なければ少ないほど良い。
そもそも、遊びに来られると困るからしばらく引きこもる宣言をしたのに、どうして彼女はそれでも遊びに来てしまうのか。
珍しく頑なな俺の態度に、訝しげな表情をしていた茉莉ちゃんが、ふっとその目を暗色に染める。
「もしかして、彼女、とか?」
殺意とは違う、どこかじっとりとした敵意を感じた。
何も悪いことをしていないのに、まるで裏切り者と責められているような感触に、背筋が少し凍る。
落ち着け俺。
ここが集中力スキルの使い所だ。
「そんなわけないじゃん。うちの大学だったらまだ彼氏のが可能性あるよ」
出て来た言い訳がこれである。俺の集中力はアホらしい。
だが、この間抜けな言い分が功を奏したのか、茉莉ちゃんは俺を睨むのをやめて、ため息を吐いた。
「なんでも良いから、入るね」
「だ、だからダメなんだってそれだけはダメ」
「だからなんで?」
「あ、アレだから」
くそう。上手い理由が出て来ない。
そもそも、俺は今までも色々と世間体を気にして断りを入れてきたのに、結局それを押しのけて遊んでいるのが茉莉ちゃんだ。
下手な言い訳で納得してくれるはずがないのだ。
構わず入ってこようとする茉莉ちゃんを制しようと俺は手を開く。
カランコロンと、手の中から何かが落ちた。
「なんか落ちたよ。宝石?」
それは、うっかり握りしめたまま眠っていたEPの結晶だった。
見た目は水晶か何かに見えるそれを、茉莉ちゃんは拾って不思議そうに見る。
そこで俺はとっさの言い訳を思いついた。
「……実はさ、今ちょっと手作りのアクセサリーとか作ってるんだ」
「ええ? 志摩くんが!?」
EPの結晶を見つめたまま、茉莉ちゃんが驚く。
だが、俺はもうこれで押し切ることに決めた。
「それで、ちょっと色々試行錯誤してるところだから、あんまり見られたくないんだよね」
「……ふーん?」
茉莉ちゃんの目が訝しそうに細められる。
今までそんな趣味を一切持ってなかった俺だから、怪しまれているのは分かる。
だが、俺はこれで押し切る!
「それでさ、茉莉ちゃんにはちゃんと完成したら見てもらいたくて」
「! ふ、ふーん?」
「だから、今日はその……」
善意で来てくれた相手に、もう帰ってくれと口にするのがちょっと抵抗がある。
が、俺がその葛藤を超える前に、茉莉ちゃんの方が一歩引いた。
「それって、完成したら、私にプレゼントしてくれたりする?」
「もちろん!」
「ふーん」
完成する予定は今の所ないが、完成したらいくらでもプレゼントしよう。
そう心を込めて言うと、茉莉ちゃんは露骨に機嫌を直した。
「わかった。じゃあしばらく邪魔しないから、ちゃんとご飯食べてね」
「約束する」
「ん。じゃあおやすみ!」
茉莉ちゃんはそれだけ言うと、踵を返して隣の家へと帰って行った。
俺は彼女の姿が消えるまで見送ったあと、ふぅーと息を吐く。
「とりあえず、時間稼ぎはできたな」
いずれ、彼女が遊びに来るのを断れなくなった時が、ダンジョンが露見する日なのだろう。
そう思いつつ、俺はこの場を切り抜けられたことを心中で安堵していた。
これから起こる未来のことなど、何も知らずに。




