第23話 当面の目標
「……とりあえず、今後の方針を決めよう」
救済とは名ばかりの相手の都合全振り提案を閉じて、俺は呟く。
当面の目標は、茉莉ちゃんを元に戻すことだ。
こればかりは、変えるつもりはない。
俺のせいでゾンビになった茉莉ちゃんを見捨てる選択は取れない。
「だが、現実問題、その方法は不明、難易度も不明、どれくらいでそこまでたどり着けるかも不明」
現状は分からないことしかない。
そもそも、俺の持っている情報はダンジョンからもたらされた一方的なものだけだ。
外の人間がどうなっているのかも知らないし、政府がまだ存続しているのかも分からない。
被害状況も、世界情勢も、何も知らない。
完全な陸の孤島に取り残されているのが今の俺だ。
「だから、茉莉ちゃんを救うためにも、優先順位を決めよう」
ダンジョンの中で俺は頭をひねる。
考え事をするのなら家に戻ればいいとは思うのだが、茉莉ちゃんが隣にいると冷静な判断ができないかもしれない。
彼女を救うためには、彼女を置いて冷静に状況を整理するべきだ。
「とりあえず、やるべきことを書き出してみるか」
幸いマッピング用の筆記用具は潤沢なので考え事には困らない。
まず、茉莉ちゃんを救う前にするべきことを列挙する。
・生きる
→そのために必要なものは?
──食料
──水
──安全な寝床
──衣類は、いったん置いておく
・食料はどう確保する?
──当面は買い込んだ保存食がある
──それが尽きたら?
──尽きる前に調達するか、モンスターを食べるか
「モンスター食か……」
自分で書いていて、思わずゾッとする。
これが、兎や鳥が出るダンジョンなら良い。
狼だって心理的な抵抗はあるが妥協して構わない。
でも、このダンジョンにいるのは、ゴブリンとゾンビだ。
ゴブリンやゾンビを……食べる……?
「食料の確保は急務だな」
ゴブリンとゾンビを避けるとするならば、取れる選択肢は二つ。
一つは、家からゾンビ溢れる外に出て、彼らを避けながら食料を探す。
一つは、ダンジョンの奥に進んで、食べられるモンスターを探す。
前者は、そもそも外のゾンビの能力が未知数なのと、近頃のダンジョン騒ぎで保存食がどこでも枯渇気味だったのがネックだ。
ゾンビの攻撃にHPが効いてくれるのか分からないのも怖い。試せばわかるが、試す=ダメだったら感染の一発アウトだ。
そして、俺の直感は、攻撃を受けるのはやばいと告げている。
一応、ゾンビ臭でスルーできる可能性に賭けてみたいが、それもダメだったら外は丸っと危険地帯間違いなし。
相手がこっちを何で捕捉してくるのか分からないので、どうやって隠れたらいいのかも分からない。
それでいて、ちゃんと食料が残っている保証がない。
「相手がステータスを持っているって分かった時点で怖いんだよな」
俺が一番恐れているのは、ゾンビが走ることだ。
グールに追いかけられた経験から、走るゾンビの怖さは身にしみている。
見つかって、追いかけられて、俺より早かったら、もう相手を殺すしかない。
だけど。
そもそも、殺せるのか、俺に。
「お知らせを見る限り、ゾンビになっている人たちはまだ『生きている』んだよな……」
茉莉ちゃんを治したいと俺が思えた根本的なところはそれだ。
彼らは、ウイルスに侵されているだけの『人』なのだ。
ダンジョンが用意しているという救済措置でゾンビが治せると分かってしまったから、彼らを殺すことの心理的ハードルは、凄まじく上がっている。
「それでも、やらなきゃやられるとなったら……」
考えたくはない。
だけど、その覚悟は固めておくべきだ。
感染は、死とほぼ同義だと考えろ。
感染したら、二度と茉莉ちゃんを救えないと考えろ。
いざという時は、殺してでもその場を切り抜ける。
「また吐きそうで、やだな」
苦し紛れに笑って見るが、気は晴れそうになかった。
「それが嫌なら、ダンジョンの奥に潜るか」
食料確保案の後者は、このダンジョンの奥へと進むこと。
そこで、食用に適したモンスターの出現を願うというもの。
当然問題はある。
そもそも、奥で何が出るのか分からないこと、モンスターの強さが未知数なこと。
最悪、自分より強いモンスターなら、倒せず殺される危険があること。
脳裏にグールの恐怖が蘇る。正直10回戦ったら9回は殺されている自信がある。
「つまり、こっちも、死に直結ルートがあるんだよな」
食料を確保できる確実性が低い割に、危険性はしっかりある。
ただ、安全マージンを確保できるなら、ゾンビ感染のリスクを踏まずに食料が確保できるのも、こっちだ。
「端末さん。第三階層や第四階層で出てくるモンスターの詳細を教えてくれたりしませんか?」
『ダンジョンの攻略情報は、あなたの攻略進度に応じて解放されます』
「知ってたよ」
ダメ元で聞いてみたが、端末は何も答えてくれなかった。
救済措置とかドヤ顔で言うのなら、こういう細かい情報の解禁くらいしてくれてもいいのに。
いや、それは求め過ぎだな。
そもそも、ダンジョンは別に人類の味方ではない。
今はたまたまゾンビが溢れているから救済だのなんだの言っているが、思うように行かなかったらしれっとスタンピードとか起こすかもしれない。
ダンジョンも人類にとっては潜在的な敵と考えて行動するべきだろう。
「とはいえ、スローターボスのポップを中止するというのは、いい情報だ」
これはおそらくグールのような、おしおきボスを止めますということだ。
お知らせの書き方から察すると、長時間の階層滞在が特に引き金になっているようだったが、ここはダンジョンが譲歩した。
ダンジョンの中に人間を住まわせることを考えると、相性が悪過ぎたんだろうな。
そんなことしなくても、嫌が応にも戦ってくれるのならば、そのくらいの譲歩はすると。
「最悪、食料さえなんとかすれば、あのゾンビ狩りは公式に認められたと言うことになる」
正直に言えば、やっている時の辛さとグールの恐怖もあって二度とやりたくない。
だが、安全マージンを取ってダンジョンに潜るためなら、再度やることも辞さない。
俺はもう、二度と無謀な挑戦をするものか。
臆病に、慎重に、死なないように進むのだ。
「問題は、実質これも食料のタイムリミットがあること」
安全な狩りができるとしても篭れる時間は無限ではない。
結局、食料の問題は解決していない。
「一旦、食料はいい。次は水か」
食料の問題と分けて、水の問題もある。
食事は最悪、多少減らしてもいいし、数日なら抜きにしてもいい。究極的にはゴブリンかゾンビを食う覚悟を決めれば解決する。
だが、水は抜くことができない。
現時点では水道が生きているが、それがいつまで生きているのか分かったものじゃない。
「とりあえず、水道が生きているうちに水は溜めておく。あと、雨水か何かを集める装置も作ればいいのか?」
水道について詳しくはないが、いつまでも出てくると期待するのは良くない。
仮にずっと出てきたとしても、いつまでも飲める水とは限らない。
日本の水道水が飲めるのは、水道を管理している人たちのおかげなんだ、この状況でその管理が継続されると考えるのはありえない。
あとは雨水を集める装置を作るか。
と言っても、現状は空になった鍋を、アパートの天井とかベランダに置いておくくらいしか浮かばない。
外に出ることの危険性はまだ分からないが、そのくらいなら、警戒してなんとかなると信じたい。
雨水にも危険はあるだろうが、今更だ。
水道でも雨水でも、とりあえず沸騰させてみて、あとは自分の体ステータスを信じるしかないだろう。
「火炎魔法を取ったのが、ここに来て命綱になるとは」
ガスが止まっている現状で、自由に火が使えるのは大きい。
本当に自由に使えるかは試してみないと分からないが、コストを掛けるほど強力になるのなら、コストを極限まで削ればコンロ代わりくらいにはなるだろう。
とりあえず、水も沸かせば安全性は高まる、はずだ。
「最後に、寝る場所か」
食って飲んでができるとすれば、あとは寝る場所。
現状、候補は二つ。
いや、三つかな。
ゾンビが来ないことを祈って、鍵をかけて自室で寝るか。
安全性を最大限に考えて、二階層で腐臭の中寝るか。
もしくは、周囲を探索して安全な寝床を探すか。
「考えるまでもないな」
取るべき選択肢は、腐臭の中だ。
俺は、最初に安全性を取ると決めた。
鍵をかけて自室で寝ると言っても、ゾンビが寝ている間に鍵を破って侵入して来ないとは限らない。
周囲を探索して安全な寝床を探すといっても、そんなものがあるのか分からない。
もちろん、しっかり寝ることの重要性は把握しているつもりだ。
だが、何があるか分からない自室と、グールのポップが中止されてお知らせ的には絶対に安全なダンジョンでは、心の休まり方はどっこいだろう。
加えて、まだ寒さが残っている季節では、電気の使えない外よりダンジョンの暑いのか寒いのかよく分からない気温の方が寝やすい。
腐臭の中で寝袋にくるまる想像をしたら、げんなりするだけだ。
「さすがに、お知らせで伝えたことを無告知でやっぱやめますはしないだろう」
そもそも、ダンジョン内で寝るための救済措置なんだから、お目こぼしくらいはしてもらいたい。
とりあえず、まず重要な『ただ生きる』ための方策は、こんなところだろう。




