第223話 お前が言うなと返して良いですか?
ゆらゆらと揺れる篝火が、集落の入り口を煌煌と照らしていた。
時刻は夜の11時過ぎ、静かな森の中にぽつんとたたずむ『ホブゴブリンの塒』は、パッと見た限りだと60くらいの家と、一つでかい屋敷が佇む村のようだ。
集落の地面は乾いた土で覆われている。昼になっても同じなのかはイマイチわからない。スケルトンのフィードバックをした時はそこまで意識できなかった。
家屋は丸太を組んだだけみたいな木製だが、作りはしっかりしている。
なにより、中央にある屋敷は人間の家と並べても遜色ないくらい立派だ。
大工かそれに準ずるスキル持ちがいるのか、ここ自体もダンジョンに作られたものなのか。まぁどちらでも良いか。
俺とクミンは、その様子を集落から少し離れた枯れ木の後ろから見ている。
入り口の篝火の下には、見張りと思しきゴブリン──おそらくゴブリンスカウトとゴブリンマジシャンのセットが、二組立っていた。
集落の入り口以外のところには簡易な柵が建てられており、いったいどこからそれほどの木材をかき集めたのかと疑問に思ってしまう。
また、暗くてやや分かりづらいが、集落の中央の屋敷には見張り台があって、夜目の効く何者かが入り口との二重態勢で見張りを行なっているようだ。
(中央の奴が、厄介か?)
(かもしれませんね)
ざっと見た限りだと、練度としては入り口の四体を合わせたよりも、中央の見張りの方が上な気がする。
とはいえ、俺の危機感がビリビリ来るほどの力は、感じない。
あくまで斥候に特化したタイプか、斥候技能さえ捨てて見張り特化のタイプの可能性も考えられた。
集落の中で動く以前に、集落の外から柵に近づいた段階で発見されそうな不安がある。
むしろ、入り口の連中こそが見張りではなく罠で、本命はそこを避けて柵に取り付いて来る侵入者を見つけることなのでは?
並みの斥候では中央の見張り台の目に気付けなさそうだし、見落として入り口以外から入ろうとしたら、逆に罠にかけられそうな気がする。
(一度離れよう)
(了解です)
声を出さずに念話で話して、俺とクミンはホブゴブリンの塒から遠ざかった。
といっても離れすぎるとグールとの遭遇率が上がるので、ほどほどに。
どうやら、この塒はグールの巡回?徘徊?ルートから外れた位置に作られているらしい。
ここに近づくにつれてグールとの遭遇率が下がったのは、体感ではあるが確かだった。
(さて、どう思う?)
(少なくとも、正面からやりあいたいとは思いませんね)
(同感だ)
まず、俺たちの共通認識として、真正面からの殴り合いは避けたかった。
連中の規模は正確には分からないが、少なくとも60ほどの家があるのなら、60体はいると考えるのが正解だろう。
それよりちょっと大きな屋敷に何体潜んでいるかは分からないし、家に一体ずつという保証もない。
聞き耳を立てていた感じ、騒がしくはなかったので寝静まっているとは思うのだが、それで却って数の総数は分かりにくくなった。
(昼の時間に監視でもできれば、もうちょっと総数に近づけるかもしれないが)
(時間がなかったですし、上杉さんは間違いなく蝶に集られますよ)
(それなぁ。グールでもだめだったし、やっぱりフルプレート必須だよな)
昼の間の探索は、とにかく吸血蝶対策が必須なのはもう理解している。
集られたらその都度払えば良い、という考え方は虫を舐めすぎている。
ちょっと夏場にでも藪の中に突入してみれば、間断なく襲って来る蚊やハエの嵐にどれほど辟易させられるものか。
これが命に関わるとなれば気が気じゃない。
あるいは魔術の達人であれば、自身を中心とした結界みたいなので防げるのかもしれないが、俺にはちょっと難しい。
火炎魔術でも土石魔術でも衝風魔術でもなんとかなりそうだけど、それはそれ。
そもそも、昼の探索を捨てたのだから今は考えないようにしよう。
考えが横に逸れた。
今は、ホブゴブリンの塒の攻略だ。
(総数が不明な以上は、正面突破は避けたい。潜入からの暗殺や破壊工作、それにボスorリーダーへの暗殺ないし奇襲を考えたいよな)
正面切って戦うアイデアは、ひとまず捨てておく。
それは最終手段だ。
とはいえ、そうなる可能性は考慮して、塒の外にT君とゴーレムのための簡易ステージくらいは作っておくべきか。
潜入工作が失敗したら、走って逃げてきてそこでガチンコする用に。
(ただ、集落の中で動き回るには、屋敷の物見台の見張りが邪魔だと思いますよ)
(俺もそう思う。あいつは、俺たちの隠密を見破れそうな気配を感じる)
確証はない。ただ、そういう空気を肌で感じただけだ。
スキルによらない直感のようなもの。
危機感スキルは命の危険を主に教えてくれるが、こういう部分だとイマイチ働いてくれないからなぁ。
(ただ、逆に言えば、最初にあいつを仕留められれば、集落での動きがかなり自由になるってことでもある)
厄介だという感想の他に、そういう思いもある。
最初に目を潰せれば、集落は眠れる盲目の巨人だ。
いかに巨人が強かろうと、眠っているならいくらでもやりようはある。
問題は時間くらいなものだろう。
(……ウチが、仕留めてきましょうか)
そして、物見台の見張りをどうにかすると考えた時、真っ先にクミンがそう提案した。
(ウチ一人なら、柵に近づかないままに集落に侵入し、そのまま見張り台の下にたどり着けます。そして直接台を登って、無音で見張りを暗殺可能だと思います)
(…………)
クミンの発言を精査する。
彼女の言っていることは分かる。
クミンには掘削スキルと壁歩きスキルがある。
もともとの種族がアリなので、地面の中を掘り進めることができるし、階段やはしごなんかを使わなくても、垂直の壁を登ることができる。
故に、中央の見張りに気づかれない位置から穴を掘って集落の内部にまで侵入し、見張り台の真下に出てそのまま見張り台を登って暗殺を実行できる。
スキル的に考えれば、十分に可能な範囲に思える。
(それに、万が一ウチの侵入が露呈しても、作戦が失敗したら上杉さんに口寄せして貰えれば逃げられますし。最悪死んでも、復活が可能です)
(それは、そうなんだがな)
(多分これが一番合理的な作戦ですよ。これでウチが暗殺に成功したら、上杉さんは内部で動き放題です)
クミンの言うことには一理も二理もある。
現状、あの見張りに気付かれずに侵入できる可能性が一番高いのはクミンだろう。
ホブゴブリンの塒は、全面コンクリート張りなわけでもないただの土だから、クミンの行動を阻むものはない。
仮にコンクリートでも、石すら砕けるクミンからすれば誤差だろうが。
(懸念点は二つある。一つはあの見張りが何人いるのか分からないところ。つまりは交代制の可能性があり、その場合は何時に交代が来るのか不明なところだな。クミンが暗殺を決めた直後に交代がきてご破算という可能性がある)
(でも、それを言い出したら今日一日監視に費やさないと、何も分からないかもしれませんよね)
(ああ。だから、これに関しては決め打ちでいこうと思う)
現在時刻は夜の11時──23時過ぎ。
この五階層は6時と18時ぴったりに昼と夜が入れ替わる構成になっている。
となると、二交代制なら24時。三交代制なら22時と2時が相場か。
何があるか分からないので、最低でも5時には五階層の入り口に戻れるよう時間を残したい。そうなると3時には作戦を終えたいところ。
攻略に最大3時間かけるとしたら、良い時間は24時か。
(24時に見張りの交代が入るものと決め打ちして、そのあたりに奇襲ができるように準備を進めたいな。仮に2時交代だったとしても2時間は動けるわけだし)
今動き出したところで、先に言ったT君オンステージの準備はできていないし、掘削で進むなら流石にある程度の時間はかかるだろう。
そうなると、見張りの暗殺はどのみち24時前くらいになる。
それで急いで準備を終えて突入したところで、24時すぐにこちらの侵入がバレたら面白くない。
だったら、少し待って24時の見張り交代がある前提で動くで良いだろう。
その辺りが完全にランダムだったりしたら、どのみちおしまいだ。
(一つ目の懸念点はわかりました。もう一つの懸念点は?)
(単純な話だ。クミンが本当に奴を無音で暗殺できるかってところ)
(挑発です?)
クミンは心外そうに言った。
無論、ダブルアントという見るからにレア種族に進化したクミンの実力を疑うところはない。
ただ。
(ただ心配なだけだ。作戦の成功が、というよりクミンのことが)
(その言葉に、お前が言うなと返して良いですか?)
(…………)
返す言葉は無かった。
ということで、俺たちは『ホブゴブリンの塒』襲撃作戦の概要をまとめる。
第一段階の準備では、もしもの時用に塒の外にT君が暴れられる舞台を作っておく。基本的にはグール大戦争の時の簡易版だ。
ちょっとした高台を選んで、少し掘って形を整え、背後からの襲撃に備えて壁や塀を設置する。
万が一、正面からのガチンコになった時用の、決戦舞台だな。
第二段階の潜入では、クミンの掘削と壁登りで見張り台の監視役を潰す。
それが成るまでは俺は柵の外で待機し、成功したら柵を越えて内部に侵入、失敗したらクミンを口寄せしてガチンコだ。
第三段階の工作では、クミンが連中に代わって見張りを務め、俺は家屋一軒一軒を巡って暗殺を繰り返す。
一番神経を使う作業になるが、とにかく焦らず急いで敵の数を減らす。ここでもし見つかってしまったら、クミンと俺で合流して、とにかく全力で作った決戦舞台まで逃げる。
暗殺がどれくらい成功したかで危険度が変わるので、一番気が抜けない。
もしもの脱出用に適当に自動起動型のマインもばらまいておきたい。
もう、手動型のマインを使う場面はこないかもしれないな……。
そして最終段階ではボスの暗殺を狙う。
でかい屋敷は最後にターゲットにするということだ。
ちなみに、この最後の作戦に関しては侵入してからの暗殺か、焼き討ちかでまだ決めていない。
他の暗殺の手応えを見て、最終的に判断するつもり。
暗殺ができそうなら暗殺。手強そうなら焼き討ちで確実にダメージを狙う感じ。
(さて、上手く行けばいいんだけどな)
(こればかりは、相手の警戒心や能力、それに運が関わりそうです)
(……運は、自信がないんだよ)
ステータスの運はそれなりに高いつもりなんだけどな。
どうにも悪運ばかりに偏っている気がして仕方ない。
見張りの交代を考えて襲撃のタイミングは24時に合わせるという話で落ち着いた。
それまで、決戦舞台の構築はクミンを中心に任せつつ、俺は頭の中でイメージトレーニングを行った。
眠っているゴブリンの首を落とすのは、どういう気持ちになるんだろうか。




