第15話 魔術書と罠
ちょっとゾンビ狩りが楽しくてハイになってしまった。
マッピングはもちろん継続して行なっていたのだが、ゾンビが俺に襲いかかって来ないとなると、その足はゴブリンを警戒していた時よりもずっと軽い。
出会ったゾンビは、片っ端からEPへと変わってもらう。
不満は臭いくらいだ。
この二階層もスタートとゴールの関係は似たようなものだろうと目星をつけぐいぐい進んでいたので、今日の帰宅予定時間までに無事次の階層への階段を見つけることもできた。
二階層には、階段を守っているような配置のゾンビは居ないようだった。
とはいえ、今日もいきなり降りるつもりはなかった。
最初は本日のマップ埋めを終えたら、軽く偵察することも視野に入れていたのにだ。
ステ振りを一回失敗し、目星に助けられた俺なので偵察の必要性は分かっているつもりだ。
だが、そんな自称慎重派の俺でも思わず先走りたくなるものを見つけてしまったのだ。
それは、明らかに何らかの魔法が詰まっていることを予感させる、古めかしい魔術書?だった。
二階層のかなり奥まった行き止まりで見つけた、一階層で見つけたそれよりもちょっと豪華な宝箱に入っていたアイテムである。
そう。俺は魔法の書を見つけてしまったのだ。
俺は見つけた魔術書をストレージにぶち込んだあと、走りたくなる気持ちを抑えて静かに二階層の入り口まで戻った。
「すぅー、はぁー」
落ち着くために深呼吸する。肺に入ってきた空気はゾンビ臭かった。
だが、そうしないと、震える手でうまく魔術書をストレージから取り出せなかった。
帰りの道中で見つけたゾンビですら、遠くに居た奴は無視したのだ。
なにせ、今の所、世界で見つかったという報告を聞いたことのない、もしかしたら世界初かもしれない魔法への切符が、今この手元にあるのだから。
その場で即使ってしまう考えも過ぎったが、それで万が一、一回発動して『おしまい』なんて結果になったら悔やんでも悔やみきれない。
どうせ魔術書は逃げないのだから、端末にしっかり確認してから使おうと考えたのだ。
「た、端末くん! 質問があるんだけど!」
『落ち着いてください。伺いますので』
興奮が口からほとばしり、俺は機械音声にすら窘められた。
もう一度深呼吸をして、俺は震える手で魔術書を端末に向ける。
「魔術書を手に入れた。これで魔法を覚えられるのか?」
『おや。おめでとうございます』
「お、覚えられるの!?」
『ただいまアイテムの精査を行いますのでしばらくお待ちください』
今までもちょっとは人間臭かった端末くんだが、ここにきて初めて人格らしい人格を見せた。
お待ちくださいと言われて、俺は餌を前にした犬のように、そわそわと答えを待っていた。
『精査が完了しました。アイテム名称『【初級魔術・火炎】の魔術書』です。アイテムとして使用することで、使い切りで火炎の初級魔術を発動できるほか、納品することでスキルリストに『火炎魔術(初級)』のスキルを追加することができます』
俺はその答えを聞いて、心の中であぶねええええええええと叫んだ。
興奮のまま開いたりしなくて良かった! ちゃんと持ち帰ってきて良かった!
うっかり喪失していたら泣くところだった!
『挑戦者は、アイテムの納品をお望みですか?」
「イエス! イエス! イエス!」
『切り札として所持しておくこともできますが本当によろしいですか?」
「良いってば!」
俺の元気が有り余ったような返事に、端末くんはやれやれといった雰囲気をにじませながら答える。
その後すぐに、魔術書はいつものEPに似た赤い粒子となって端末へと吸い込まれる。
『【初級魔術・火炎】の魔術書の納品を確認しました。一部スキルが解放されます』
ドロップアイテムではないので、EPへの変換はされないらしい。
だが、そんなことは今は良くて、俺は逸る気持ちをなんとかこらえながら、自身の習得可能スキルリストを確認した。
そして、絶望した。
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火炎魔術(初級):400EP
初級の火炎魔術が発動できるようになる。
魔術は発動者が任意に開発、登録し、セットした中から選択する。
魔法のセット数、及び性能は魔のステータスの影響で変動する。
魔法の性能に応じて消費CPは変動する。(初級魔術の場合最大30まで)
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「400EPってなんだよ……買えねえよ……」
単純計算で、ゴブリン200体分、ゾンビにしても50体分のEPが必要であった。
いや、ゾンビは効率的に狩れる感じではあるけど、それでもゴブリンよりは時間かかるよ?
今日半日使って、どうにか13、4体だよ?
途中で効率上がったとはいえ、あまりにも、あまりにも遠い。
どうやって1日で50体もゾンビを狩れと言うんだ!
一回のダンジョンアタックで400EP貯められるようになるのは何階層くらいなんだよ!
『挑戦者は現在EPを130ポイント所持しています。どうしますか?』
「取れないってわかってて聞いてるよなぁ?」
俺は盛大に嘆き散らかしていた。
もちろん、魔術書を持ち帰ったことには意味があった。
だが、さっきの犬の例えでいえば、ようやく手に入ると思ったご褒美が、想像できないほど高い場所に置かれているのだ。
こんなの許されるわけがない。
『焦らず地道に攻略を進めることを推奨します』
端末からの慰めにも似た言葉が返ってくる。
普段の俺だったら、その言葉に気を取り直し、また慎重に探索を進めていくことだろう。
何の因果か、ちょうどレベルアップに良さそうなEPは溜まっているのだ。
だが、俺の中では今、むくむくととある感情が渦巻いていた。
今の俺の状況は、世界的にも恵まれているのではないか、と。
一階層がゴブリンの階層で、俺はそこで運良くドロップアイテムもゲットして、そこから悪臭を習得できた。
二階層がゾンビの階層で、運良く悪臭を使った安全な狩りが行えてしまった。
三階層以降がどうなるのか知らないが、少なくとも俺は、ほかの誰よりもダンジョン内で安全が確保できる男になっている。
「質問したいんだけど、悪臭のパッシブスキルって、眠ったら効果切れるとかあるかな?」
『パッシブスキルは、原則的に装備者の意思と関係なく発動します。そのため、特殊な条件がなければ意識のない状態であっても継続します』
端末からの答えで、俺は理解した。
つまり俺は、ダンジョンの二階層で寝ててもゾンビに襲われたりしないのだと。
「決めたぞ」
そう。
俺は覚悟を決めた。
この先、ずっとソロでダンジョンを攻略することは難しいだろう。
いつかは、自分の役割をはっきりと決めなければいけない日が来る。
そして、俺はその足がかりを、こんな早くに見つけてしまった。
はっきり言えば、冷静さを欠いていた。
「レベルアップだ」
俺は、迷いを振り切ってレベルアップに進む。
必要なEPは50。そしてその次のレベルアップに必要なのは70だった。
一気に2レベルも上げられてしまう。
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レベル6
HP84/84
CP40/40(使用中42/82)
力:10
魔:10→16
体:7
速:15
運:9
──────
「へへ、やってやったぜ」
俺は、自身のステ振りにやりきった声を出した。
もう後戻りはできない。
父さんな、これからは魔法使いで食っていこうと思うんだ。
『…………ステータスの割り振りを確認しました。次のレベルに上がるために必要なEPは90です。レベルアップを終了します』
端末のいつもの報告も、心なしか呆れが混ざっているように感じたのは、きっと気のせいだろう。
そう俺は覚悟を決めたのだ。
400EP貯めて魔法使いにジョブチェンジするまで、二階層に泊り込んでやるという覚悟を。(なお、レベル10までは魔法が使える無職である)




