9.村娘とフィーアの街
フィーアの街は活気に満ちていた。
「んー、なんか人が少ないな? どっかに集まってるのか?」
「残念だけどリース、この街ではこれで十分活気付いてるんだよ」
「えっ」
しかしそれは田舎者のメイナの主観だったようである。
知見の広いルジェルと、騎士業務で辺境の村に出向くこともあるスヴァイ。
この2人はともかくとして、ドッペルの出身でこの旅に出るまで一度も街の外に出たことがなかったというリースは、フィーアの街の状況に目を剥いた。
「街って夜でももっと人がいるものじゃないのか?」
「ドッペルはね。あの街、工業が盛んで夜も飲み屋が栄えてるから」
「あの街は王都の次に大きいからな」
軽く答えるルジェルと、苦笑いのスヴァイ。そんな2人にカルチャーショックを訴えるリース。
そんな3人の会話に、元王都の聖女候補で現田舎の村娘であるメイナは、愛想笑いをこぼすのみだった。
「これ……」
集めた素材を換金すべく、街の中央から少し東に位置するギルドの支部へ向かっていたメイナ達。
戦闘を歩くルジェルとスヴァイに付いていくようにして歩いていたメイナのすぐ後ろ。
きょろきょろと街を眺めながら歩いていたリースが、小さな声を上げて立ち止まった。
「どうしたんですか、リース」
とっさにメイナが振り向けば、リースはショーウィンドウに釘付けになっていた。
ウィンドウの中に飾られているのは、ふわふわのレースリボンや、色とりどりの鉱石がはめられたバレッタなど――ヘアアクセサリーの数々だ。
「や、何でもない!」
メイナに声をかけられたリースはすぐにそれらから目をそらして歩き出す。
そんなリースの後ろ姿とヘアアクセを見比べて、メイナは首を傾げた。
興味があったのだろうか。
リースは男性だが、髪が長い。
ここに並んでいるものは確かに女性がよくつけているデザインだが、今どきは男性でもこういったものをつけることはままある。
メイナはそっと、目の前の一つをつけたリースの姿を想像してみた。
「――似合いそうだな?」
ふりふりで装飾過多のものは戦闘の邪魔になるからリースも好まないかも知れない。
だが控えめにフェイクの鉱石が散りばめられたものぐらいであれば、オシャレの一環にいいのではないだろうか。
それこそ、リース自身が嫌でないのなら。いつかおそろいでつけてみてもいいのかも知れない。
一つ心の中の目標を決めて、メイナは頷いた。
「あっ、置いてかれてる!」
それから、メイナは仲間たちからの遅れを取り戻すため、駆けだした。
「メイナちゃん、どうしたの? オレたち早かった?」
追いついたメイナに、ルジェルは首をすくめて尋ねた。
一瞬だけ、メイナはリースの話をしようか考える。
「……いえ、すみません。少しあそこの店を見てたんです」
けれどなんとなくそれは自分だけの秘密にした方が良いような気がして、メイナは首を振った。
「へえ。やっぱり女の子だね」
言われて、メイナは曖昧な頷きを返した。
女の子じゃなくても、可愛いものが好きでいいのにと、ついさっき思ったばかりだったから。
ただルジェルだって別にそういう意図で言ったわけではないだろう。
メイナはそっと口を噤んで、リースとおそろいにするときには癖の強いルジェルの髪にも一つ装飾をつけてやろうと決める。
「おいルジェル、こっちに来てくれ!」
内心そんなことを考えながら、メイナとルジェルがいくつか会話を交わしていれば、先にギルド支部へ入っていたらしいスヴァイが入り口から顔を覗かせた。
手ぶらになっているところを見るに、どうやら先に受け付けへ向かっていたようだ。
「ん、手続き済んだ?」
「多分。後はそれを渡すだけだ」
「了解~。んじゃ、ちょっくら確認しに行きますかね」
軽く返事をしながら、ルジェルはスヴァイに自分の分の袋を渡し、ギルド内へ入っていく。スヴァイに対する付いてこいと言う合図なのだろう。
軽く笑って、スヴァイは後に続こうとした。
しかしふと、メイナに視線をうつしたスヴァイが首を傾げる。
「リースはどうしたんだ?」
「え?」
メイナが追いついたとき、リースは既に入り口にいなかった。
だから当然、中にいるのだと思っていたメイナは驚いて声を上げる。
その疑問に答えたのはひょいと一歩分ギルドの入り口から顔を出したルジェルだった。
「ああなんか、買うものあるんだってさ。別に換金終わってから行きゃいいのにね。どうせいつもの仕送りするんだろ?」
ルジェルの答えに、メイナは一つ得心を得る。
そうか、リースは家族の為にあの髪飾りを見ていたのか。
ほんの少し残念な気持ちをメイナは抱く。
存外メイナはあの少年を気に入っていた。
おそろいの髪飾りをつけてみたかったのに。
「それで言うなら先に金を渡したぞ。俺が持ち込んだ袋の分からいくらか」
メイナがそんな妄想に心を飛ばしている間に、スヴァイがしれっと告げた言葉にルジェルは大きな声を上げた。
「はぁ? 待て待て。確認済んでないんだろ! ぼったくられてたらどうすんだ!」
自身の肩を掴み、ゆさゆさと文句を言うルジェルに、スヴァイはきょとんとして答える。
「ギルドって、一応政府管轄の施設だろ? ルジェルが心配するからいつも確認はしてもらってるけど……」
その答えにルジェルはがっくりと項垂れた。
はあ、と小さくため息も聞こえる。
「お前ね、とりあえず人を信じるのはいいことだけど。この世の中、特に金が関わってくるとみんな悪い事ばっかり考えるものなんだから」
「だが、それは生きるために必要だからで」
「必要なくても悪い事する奴はいるの!」
頭を抱えたルジェルに引きずられて、スヴァイはギルドの中に姿を消す。
それを小さく手を振って見送ったメイナは、ふと空を見上げた。
生きるために必要だから、人から奪う。
生きるために必要なくとも、人から奪う。
人の悪意、人の善意。
形に見えないそんなものに振り回されて、生きていた聖女候補時代のこと。
遠い昔の様に思える苦い記憶を振り払うように、メイナは頭を振った。
二度と、そう言うものに振り回されなければいいだけの話だ。
「あれ、アンタ一人?」
「リース。仕送り? は済んだんですか?」
気がつけばリースが戻ってきていた。
手には小さな袋を持っていて、どうやら噂の仕送りがてら本当に買い物をしに行っていたらしい。
メイナが尋ねれば、リースはげっという顔をした。
「ルジェルの奴が喋ったのか?」
「すみません、忘れた方がいいですか?」
ルジェルはああ見えて綺麗な石を拾って喜ぶ、少年みたいな人。
リースの言葉を受けて、メイナは咄嗟にいつぞやの暗示を心の中で繰り返す。
「いや、いいよ。どうせ一緒に旅をするならいずれ分かることだ」
そんなメイナを見て、リースは小さくため息をついた。
そしてため息ついでにリースはいくつか話を始める。
「僕がドッペルの出身だって話はしたっけ」
「はい。大きな工業の街なんですよね」
「そう。そしてあまりにも光と影が濃い街だ」
いいながら、どこか悲しそうにリースは自身のつま先に視線を落とした。
ざりざりと数度地面をつま先でかく。
「僕はね、あの街のスラムに住んでたんだ」
「スラム、ですか」
その言葉に、ドキリとメイナの心臓が音を立てる。
「そ。スヴァイ達からは王都やドッペルにしかないって聞いたから、珍しいかな?」
その反応に、メイナが同情して驚いたと思ったのだろう。
そんなに深刻な話じゃないんだよ、空気を切り替えるようにぱたぱたと両手を振るリース。
メイナはその心遣いに、複雑な笑みを浮かべた。
「でな。俺があの二人と出会ったきっかけが、あの二人からサイフをスろうことなんだよ」
「えっ」
「――両親がいなくてさ。弟と二人で生きてくには、それしかなかったんだ」
人から盗むことは悪いこと。
そんなごく当たり前の常識が通じない世界があることを、メイナは身をもって知っている。
「ドッペルは良くも悪くも工業の街で人も金も多かった。だからもう少し僕たちが大きかったら、まっとうに生きていくことも可能だったかもしれない」
あと少し。ほんの少しだけずれていれば全く違う人生があったかもしれない。
それはメイナ自身にも言えるもしかしたら、だ。
「だけど小さな傷すら死に直結するようなあの状況で、手段なんて選んでいられなかったんだよ」
「…………」
何を言っても同情や嘘にしか聞こえない気がして、メイナは言葉を失ってしまった。
自分と似たようでいて、全く違う境遇を生きてきたリース。
もしもその頃に自分が一緒にいれば、リースに何かしてあげられたかも。
そんな傲慢な思いまで浮かんできて、メイナはきつく拳を握りしめる。
「だから、スヴァイ達に出会ったのは幸運だったんだ。あの二人は、僕を警邏につきださない代わりに役に立てと言い訳して、こうして仲間に入れてくれた。命の恩人だよ」
「そうですか。そうですね」
調子のよい喋り方をするルジェルと、少し真面目過ぎて空回ることもあるスヴァイ。
どん底で育ち、そこから引き上げてもらったリースとメイナ。
「ならリースは私と同じなんですね」
すべてを伝える勇気はまだないけれど、それでも一言。メイナはそう言った。
「そうだな」
そのリースの笑顔が、メイナの行動を肯定してくれた。




