(2)
ダンジョンは深度を深めるにつれ、殺意を増していく。
合成獣。この世界に存在する動植物を出鱈目につなぎ合わせたような姿の魔獣。ある程度の定型はあるが、それから外れたものもいて、そういったものほど何か生命に対する侮辱、当てつけのようなおぞましい姿で始末に負えない。
今回はシュモクザメの頭に大蛇の首、体、その途中から牛の体を天地逆・横向けに7体ほど串刺し状に連ね、最後にはヤマアラシの棘を巨大にしたものを数十本生やしている。鮫の口からは巨大なサソリの尾が、これも数メートルの長さでうねりながら冒険者の隙を窺う。仮に名付けるなら、蛇のキメラ。
もちろんヨランタは、サメだのサソリだのヤマアラシだのには知識がない。とはいえ、本能が避けさせる厭わしい姿を前に、ピャッと叫んで回れ右して逃走を開始。その弱そうな背に向けて蛇のキメラがうねりながら、牛の背と棘で地面をえぐりながら想像に倍する速度で這い寄る!
立ちふさがるのは両手持ちの大剣を手に、どっしり構えるリュメイ。
ここまでは狭いダンジョン向けに刃渡り40cmほどの頑丈なだけの短剣と、フライパンにもなる小盾を装備していたが、大物の敵のナワバリはそれなりに広い。また、敵にふさわしい武器もある。背負ってきた150cmの大剣の出番だ。
剛剣が唸りを上げて横薙ぎに蛇の顔を襲う。が、口から生えたサソリの尾に弾かれ、サメの片目を斬り飛ばすにとどまる。しかしこれで、敵の憎しみはヨランタからリュメイへ向かう。
巨大で頑丈、素早い敵との戦いは長引くかと思えたが、転機が訪れたのは3度目の突進。ギリギリで躱させたところを尻尾の棘で襲うのは敵の手の内ではあったが、あえて乗ったうえで、下半身の牛の体の継ぎ目に大上段から大剣を振り下ろし、断ち切る!
両断された上半身と下半身は苦痛に悶えながら別々に動き、なおも襲い来るがバランスを失った不用意な動き。リュメイは冷静に、サソリの尾を踏みつけざまに斬り上げ、キメラの頭部を破壊。
キメラの頭部的な部位がこちら側の生き物と同じ役割かどうかなどアテにはできないが、今回は都合よく、敵は動きを止めた。
と、気を抜いた瞬間! 残ったキメラの下半身が跳ねるように逃走を開始した。運悪くその逃走路に立っていたのが、ヨランタ!
「ギャッ!」
身を守ろうと反射的に突き出した両手を、実に嫌な角度で棘が深く貫いた。そのまま、リュメイなら踏ん張って敵の動きを止められただろう。が、ヨランタの体重では刺されたまま軽々と持ち上げられて、流されるように運ばれていく。
まさに絶体絶命。リュメイも慌てて後を追うが、敵の動きが素早い。
ついには見失ってしまうか、と思われたとき。「結界!」の叫びとともに、空間に光が満たされ、下半身キメラの体はグズグズと塵になって消えていった。
「痛いよぅ、痛ぁーい、いだぃ…」
刺されて引きずり回された腕を自前の回復魔法で速やかに治療しても「まだ痛い気がする」と、塵にした魔物の上にへたり込んでベソベソ泣いている女を前にして、男は今回初めて恐怖を覚えている。
魔法とは驚くべき奇跡の力だが、それほど便利なものではない。なかった、はず。自分もかつて憧れて、かなりの修行をしたが結局モノにならなかったので知識は相当にある方だ。
彼女とて動き回る敵を塵に浄化はできなかった。皮肉にも、磔にされて自他の相対速度が無くなったから普通にはできない大技が使えたのだろう。それにしたって、人間技ではないのだ。
「おお、俺は小休憩を、とる。お前はか、帰るなり好きにしろ。」
「まだ帰らないよ。それより、キメラ上半身を解体して魔石を探そう。売れば、2人で分けても半年は遊んで暮らせるお金になるよ☆」
泣いたふりをケロリと収めてカネの話を始める女にも構っていられない。
「いらん。ほ、欲しければやる。」
「私は解体用の装備なんて持ってないし、血まみれのグチョグチョに手を突っ込んで宝探しやる趣味はないです。えぇー、やってよぉ、解体。」
「お、(俺は)メシを食う。いるか?」
「ください。結構、時間経ってるよね。外はもう夜かな。小といわず、大休止でもいいんじゃない? 寝るなら見張りするよ?」
「迷惑だな。」
「なんたる言い草。」
*
大物に勝って高揚する心をクールダウンするために、荷物に腰掛けて食事の準備を始めるリュメイ。簡易の焚き火台に火を起こし、パンと豚脂身の塩漬けを炙り、燻製肉も一切れ添える。
今回のキメラはあまり戦闘向きの姿でなかったためか、かすり傷一つ負わず仕留められた。が、本来は大勢で苦労して狩るべき敵だ。感情の起伏を表に出すことがすっかり苦手になっているので騒ぎ立てる発想も出ないが、内心ではそれなりに浮かれているのでヨランタには心持ち燻製肉を厚めに切って渡す。
その肉の残りも、あと一食きりだ。
「あら、ありがとう。上等の燻製ハム、回復役の仕事ができてないから心苦しいけど。…むふーっ、役得だわ。」
「……」
「……」
言葉少なに食事を済ませ、無言のままだが少々くつろいだ雰囲気に。
視界の隅には、塵にならなかったキメラの上半身が残っていて、あれが食肉にできるものなら浴びるほどの肉が得られるはずだが、さすがに2人ともそんな気分にはならない。
こういうときでも、まず口を開くのはヨランタからだ。
「あなた、魔力はかなり持ってるのに魔法は使わないの?」
「……。」
「無視? …じゃあせっかくだから、夢の話をもうちょっと詳しく聞かせてよ。雪が降る立派な街で女の子やってたんでしょ。それで?」
「…で?」
「ほら、ここに何かあるなら、ダンジョンの中で寝たら夢の続きとか、もっとスペシャルなのが見れるかも。夢を誘うには、そういう内容を詳しく話したりして、強く意識することが一番だからさ。」
「お、お前は、よく喋る。」
「そりゃ、喋るよ。人間は喋る生き物だもの。あなただって女の子だったときはよく喋ってたんじゃない?」
「そったごどァね!」
「……なに、今の?」
「い、いま、今のはくしゃみだ。」
「いや、それは無理がある。聞いたこともない訛りで意味はさっぱりだけど、どもらずに喋れたよね!」
「かちゃくちゃねぇ、すんずがに! アンタには関係ないことよ、面倒になる前にホントに帰りなさい。」
ヨランタとしては普通に調子よく会話していたつもりだったが、いつの間にやら眼の前の男の様子が変わっている。
見た目には何も変わっていない、違っているとしてもあくまで雰囲気の問題だ。が。明らかにさっきまでのリュメイじゃない。その違いを説明するなら、彼の身にまとう空気がなんだか女っぽい。
微妙な表情、姿勢、話すときの目線の向きや口の歪ませ方、そういった事どもから総合して、少し考えて、答えが出るわけがないことを把握して再び口を開く。
「…誰? ひょっとして、夢の中の女の子とやらが出てきた?」




